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 今度は本とノートを持ってくる約束をして、穂高家を後にした。

 いろいろのことがありすぎてパンクしそうになっている頭を抱えて、ゆっくりと自分の家に帰った。 

 母さんは帰ってきた僕を見て何も言わなかった。

 いつもなら何か言ってくるところだから変に思ったけど、やぶ蛇になることを恐れてこちらから話しかけるのは止めておいた。

 部屋に戻るとまず新しく借りてきた本を取り出して机の上に置いた。

 次に各教科のノートをかき集めて、机の上に広げて並べてみた。

 果たしてこれを誰かに見せてもいいのだろうかと不安になったのだ。

 勉強したくてもできない穂高さん……摩耶ちゃんのためにと思ったのだけど、他の人に頼んだほうがよかったのではないだろうか。

 けれども、彼女の事情を知っている人はほとんどいない。

 そして彼女が頼んだのは僕なんだ。

 勝手に他の人のノートに変えてしまっていいのだろうかという疑問もあった。

 いったいどうするのが最善なのだろうか。

 誰かに相談したいところだけど、摩耶ちゃんの病気を勝手にしゃべってしまうのはまずすぎる。

 どうすればいいのだろうとさんざん悩んだ結果、坂木先生に聞けばいいと思いついた。

 先生ならば摩耶ちゃんのことを知っているし、僕のノートを見せても大丈夫かの判断だってできるだろう。

 そう考えると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 逃げ出すつもりなんてないけど、ひとりで抱え込むのはきついという思いもぬぐえなかった。

 ひとまずノートを選び、明日貸す予定の本の準備もやってから、日常に戻った。

 時々ラポールをチェックして摩耶ちゃんからメッセージが届いていないか気になったけど、一度も反応がなかった。

 今頃彼女はどうしているのだろうか。

 親御さんに相談しているのだろうか。

 親御さんの許可はとれるのだろうか。

 会った時の印象を考えれば、お母さんは許可をくれそうだけどなと思った。

 お父さんは同じとかぎらないし、ご両親の許可が出ても医者が許してくれるかは別問題なのかな。

 こればかりは待つしかできない。

 彼女のために、許可が下りることを祈ろうと思った。

 結局、その日彼女から連絡はなかった。

 次の日起きてみると彼女からの連絡が届いていて、医者の許可が降りればかまわないと両親に言われたと書かれていた。

 一歩前進だなと思いホッとした。

 土曜日で学校は休みだけど、病院は空いているところも多いはずだった。

 まあ確認のためだけに行くのかどうかは、僕には分からないのだけど。

 とりあえず待とうと思ったものの、一つだけ確認しておきたいことがあった。

 それは借りた本を返し、またノートを持っていく日についてだった。

 いつがいいのか聞いておかないと動きようがなかった。

 三日連続でお見舞いというのは、摩耶ちゃんの体調的にはどうなのか疑問だったからだ。

 朝食をすませて部屋に戻ったころ、返信が届いていた。

 それは今日は病院に行くから会えないということ、もしも体調がよければ明日来てもらいたいとのことだった。

 夜の九時くらいまでに返事がなければ、無理だということだと承知してほしいと最後に書かれていた。

 危うく忘れかけていたのだけど、ラポールでメッセージを送れないくらい調子が悪い場合もあるのだ。

 恥ずかしいかぎりだけど、たっぷりの冷や水を背中に浴びせられた心地だった。

 どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろうと思い、すぐに考えたくなかったのだと気づいた。

 彼女が突き付けられている残酷な現実から僕は目を背けようとしていたのだ。

 卑怯者なんじゃないのかと下唇を強く噛んだ。

 彼女のためだなんて思いながらも、結局は利己的だったのではないかと思うと、胸がムカムカしてきた。

 自分のことが嫌いになりそうなのは久しぶりのことだった。

 頭を抱えてうなりながら、ベッドの上を転がりまわりたくなった。

 そんなことしても根本的な解決にはならないと冷静な自分が言っていたけど、嫌悪感からくる衝動が勝っていた。 

 ひとり悶えていたものの、ある程度発散すればこれからどうしようかという考えが首をもたげてきた。

 下手に彼女に謝るのもよくない気がする。

 ではどうすればいいのかと言うと、彼女に寄り添うことを考えればいいのではないかと思った。

 だけど、彼女に寄り添うって具体的に何をすればいいのだろう?

 そこで行き詰まってしまった。

 再び頭を抱えて叫びたくなってしまった。

 しばらく悶々としていると、突然ひらめくことがあった。

 学校の図書館で彼女は本を読んでいたじゃないか。

 ブックカバーがかかっていなかったものは、おそらく彼女の私物じゃなくて学校の図書館にあるものだろう。

 たしか「死を受け入れること」、「余命宣告をされてから」、「人はいつか死ぬ」だったか……?

 どれも思い出してみればなるほどと思ってしまい、馬鹿な質問をしてしまったと自分を呪いたくなるばかりだ。

 学校の図書館に行ってみれば、どれか置かれているだろうか。

 以前パラパラと読んでみた覚えがあるけど、もう一度読んでみたいと思った。

 今なら少しは彼女の気持ちを想像できるんじゃないだろうか。

 彼女が読んでいた本を貶すわけじゃないけど、どれもそんなに借り手がいるようなタイトルだとは思えないし……。

 少々迷ったものの、ダメで元々だと行ってみることにした。

 運が良ければ坂木先生に会えるかもしれない。

 先生に会えばとりあえず僕の心境を話すことはできるだろう。

 いいアイデアを出してもらえたら最高だけど、いきなり押しかけてそこまで期待するのは勝手すぎる気がした。

 そうと決まればと制服に着替えて一階に降りた。

 母さんに連絡しておかなければいけないからだ。

 この時間ならたぶんテレビを見ているか、新聞を読んでいるかだろう。

 そう思ってみると、珍しく父さんと母さんが向かい合っていた。


「おはよう」


 グレーのスーツを着た父さんは、ちらりと見て僕に無愛想なあいさつをした。

 久しぶりに息子に会ったからと言って何も変わらないのは、いかにもこの人らしかった。

  

「おはよう。父さんがこの時間帯にいるのは珍しいね」


「顧客の都合で早く行っても仕方なかったからな」


 父さんはそっけなく言うと、立ち上がった。


「ご馳走様」


 そう言い残すと食器を流し台に持っていった。

 母さんが決めたこのルールは父さんにも適用されているし、父さんはきちんと守っていた。

 もっとも、この人がルールを破るなんて想像すらできないのだけど。


「いってらっしゃい。で、どうしたの?」


 母さんは父の背中に声をかけると、次に僕に目を向けてきた。

 この時間帯ここに来るのは自分に用事があるからだと、母さんはよく理解していた。

 

「学校の図書館に行きたいんだ。借りたい本があるのを思い出して」


 何もうそを言わなかったからか、母さんは特に怪しまずに許可をくれた。


「いいわよ。昼はどうするの?」


「……考えてなかった」


 何せついさっき思いついたところだったのだ。

 困って頭をかく僕に母さんは笑いながら言った。


「だったらご飯を食べに一回戻ってきたら?」


「うん」


 代案は思いつけなかったので、素直に従うことにした。


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