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 僕が初めて穂高摩耶ほだかまやという少女のことを知ったのは、進級時のクラス替えだった。

 まっすぐに肩にかかる髪はカラスの濡れ羽色のようで、日本人形のような顔だちは美しい。

 そんな彼女をどうして一年の時知らなかったのかと最初は不思議だったが、時間が経つにつれて多少は納得できるようになった。

 彼女はおとなしく万事ひかえめで、目立ちにくい。

 集団でいるとなればどこにいるのか分からなくなるほどだ。

 もっとも僕だって似たようなものだと言われたら否定できないが。

 彼女をよく見かける場所と言えば放課後の図書館だった。

 彼女はその性格らしく、隅のほうでひっそりとひとり本を読んでいることが多い。

 そのことを知ったのは僕も本を読むために図書館を何度か利用するからだ。

 最初は偶然かと思ったが、本を借りに行く時も返しに行く時も彼女は必ずいたので、常連なのではないかと推測した。

 美人だけど影の薄い、本好きの同級生という僕の認識が変わったのは、彼女が読んでいる本のタイトルが「死」に関するものが多いと気づいた時だった。

 見たことあるのは「死を受け入れること」、「余命宣告をされてから」、「たとえ生まれ変わっても」、「人はいつか死ぬ」である。

 四回見て四回ともとなると偶然では片づける気にはなれなかった。

 いったいどうしてという興味をかき立てられ、ついつい僕は彼女に話しかけたのである。


「同じクラスの穂高さんだよね?」


 と声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。

 幸い僕の顔を覚えていてくれたらしい。


「ええ。たしか岩屋くんだったよね」


 そのことに少しほっとしつつ尋ねてみる。


「死に興味があるの? そういうタイトルの本を読んでいることが多いみたいだけど」


「ええ、まあ」


 彼女は視線を落としてあいまいな返事をした。

 美しい顔には影が差したところで、ようやく僕は自分が不躾すぎる質問をしてしまったと気付く。

 

「ごめん。失礼だったかな」


 謝ると彼女はゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、大丈夫」


 そう言ってくれたものの、彼女の表情は優れないままだった。

 どう挽回してもいいのか分からず、逃げるようにそそくさとその場を後にする。

 帰り道に買って飲んだミネラルウォーターはちょっとほろ苦かった。

 次の日、教室で顔を合わせるのは気まずく思っていたけど、それは僕だけのようで彼女のほうはいつも通りだった。

 肩透かしを食らった気分になったものの、ほどなくして「デリカシーゼロの男」だと言いふらされなくてよかったという気持ちが勝つ。 

 ただ、どんなふうに接すればいいのかという疑問はぬぐえないままでいた。

 関わり合いにならないという道もあるとは分かっていたのだけど、何となくそうしようという気持ちにはなれなかった。

 ……もしかすると、大人しい和風の美少女が死を題材にした小説ばかり読んでいるというギャップに惹かれていたのかもしれない。

 放課後になって図書館に行ってみると、やはり彼女はいた。

 いつもの場所に、まるでそこが年間指定席であるかのように。

 読んでいる本にはブックカバーがかけられていて、タイトルが分からなくなっていた。

 図書館においてある本にカバーはかかっていないから、家から持ってきたのだろうか。

 そう言えば家から持ってきた本を読んではいけないというルールはなかったなと思い出す。

 原因は明らかに昨日の僕の質問だろう。

 はっきりとした対処を取られてしまうと続けて話しかけるのはためらわれる。

 結局、その日はぐずぐずしたままで声をかけられずに下校時刻が来てしまった。

 二日連続で声をかけるのはどう思われるのかと考えれば、かけられなくてもよかった。

 そう自分に言い聞かせて下校する。

 また次の日がやってきたけど、穂高さんは休みだった。

 四月の段階で早くも病欠なんて珍しいなと思ったものの、体はあまり丈夫そうなイメージではないのも事実だった。

 何となくもやもやとしたものを抱えたまま一日を過ごし、放課後を迎えて図書館に行ってみる。

 彼女が読んでいた本はどのようなものなのだろうと思ったからだ。

 ……よくよく考えてみればけっこう気持ち悪い行動だったのだけど、当時の僕はそんなこと一秒たりとも考えたりしなかったのだ。


 「死を受け入れること」と「余命宣告をされてから」はすぐに見つかった。

 おそらく借り手がほとんどいないのだろうと漠然と考えた。

 僕も訳もなく積極的に借りたいタイトルだとは思えない。

 前者を試しにページをめくってみると、老夫婦の体験日記のようなものだった。

 八十歳を過ぎて体力の衰えを実感するようになったので、いつ死んでもいいようにと準備を始めるという。

 とてもじゃないが僕には想像できない心境だ。

 最後はお爺さんのほうが先に亡くなり、お婆さんが次は自分の番だと思いながら看取るという結末だった。

 年代が違うせいなのか、若いころの回想がほぼないせいなのか、正直あまりピンと来なかった。

 僕ってけっこう薄情な奴なんじゃないだろうか。

 それとも想像力が乏しいのかな?

 自分に疑問を持ちながら、次に「余命宣告をされてから」を手に取ってみる。

 三十代の男性が余命一年の宣告をされたあと、家族とともに闘病生活を続けるという内容で、こちらはフィクションのようだ。

 両親に奥さん、まだ小さい自分の子どものことを想う男性の心境が胸を抉ってくる。

 

「まだ死にたくない。息子と一緒に酒を飲みたい。息子の嫁さんと会いたい。孫の顔が見たい。嫁と旅行にも行きたい」


 という言葉は何だかとてもリアルに僕の琴線に触れたのだ。

 老夫婦は死を受け入れていたのに対して、こちらの男性は死にたくないと強く思っていたからだろうか。

 こちらのほうがずっと共感できるのだ。

 最後まで読み終えてからふと思う。

 どうして穂高さんはこれを読んでいたのだろう?

 ……正直なこと言えば、当初は家族か親しい人の誰かが、闘病生活でも送っているのかと思ったのだ。

 次の日、穂高さんは登校していて、クラスの女子に話しかけられている。

 何を話しているのか聞こえるような位置ではないし、聞き耳を立てようという気にもなれない。

 いつの間にか彼女のことをよく考えるようになっているなと思い苦笑する。

 放課後、図書室に行ってみると彼女は所定の位置でいつものようにブックカバーがかかった本をひっそりと読んでいた。

 それを見た僕は四回くらい深呼吸をして、そっと彼女に近寄る。

 気配を感じたのか、彼女は本から目をこちら側に移す。

 怪訝そうな顔をしているのは当然だろう。


「ごめん」


 開口一番謝ると、彼女は困惑したように桃色の唇を動かす。


「どうしたの、いきなり?」


 敬語を使われなかったあたり、おそらく顔は覚えられていたか、それとも彼女がしているリボンと同じ色のネクタイをしていることに気付いたからだろう。

 それよりも「どうしたの?」という切り返しは想定していなかったので、僕のほうが困る。

 

「ほら、ブックカバー、僕がデリカシーのないことを言ったからじゃないかと」


 まごまごしながら何とか理由を説明すれば、彼女はようやく理解できたらしい。


「ああ。単に読みたいものがなかっただけよ」


 彼女は笑うのをこらえるような表情で答える。

 何だ、そうだったのか。

 僕の無神経な発言で傷つけたわけじゃなかったらしいと分かり、安どのあまり脱力する。


「……たしか同じクラスの鈴成すずなり君よね?」


「そうだよ」


 鈴成春人だとわざわざ名乗らなくてもいいようだ。


「私の名前、分かる?」


「名前は一応。クラスメートだからね」

 

 彼女のほうも少し安堵したようなそぶりを見せる。

 まだ四月だから、顔と名前が一致できなくても不思議ではないだろう。

 

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