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次の日の金曜日の朝、何気なくスマホをチェックしてみると、穂高さんからメッセージが届いていた。
「体調よかったから、学校行ってもいいって。鈴成君に会えるのが楽しみ」
という文面にどきりとした。
少し経ってからミステリー小説の件があるからだろうと思いなおした。
そう考えると残念な気もしたものの、火照りかけた頭はクールダウンできた。
「一度家に帰ってから持っていくことにするよ」
メッセージを送ると意外なことにすぐに返事が届いた。
「了解。でもいいの? 二度手間になったりしない?」
心配そうだったのでさっさと種明かしをすることにした。
「実は穂高さんの家と僕の家、歩いて十五分くらいの距離なんだよ。だから全然平気だよ」
「えっ、そうだったの!?」
よほど驚いたのか「!?」マークがついていた。
まあ実はクラスメートと近所だったと言われたらびっくりするかな。
徒歩で来ているのに五時半くらいまではいられるのだから、そんなに遠くはないと分からなかったのだろうか。
そこまで考えたところで、そもそも彼女は僕が徒歩だということさえ知らないんじゃないかと思い当たった。
「うん、だからそんな心配しなくても大丈夫だよ」
そうメッセージを送ったところでそろそろ家を出たほうがいい時間がやってきた。
スマホの電源はまだ切らなくてもいいからそのままにしていたのだけど、彼女からの返事はこなかった。
学校についたとかだろうと考え、気にせず家を出た。
空は昨日と同じように雲がほとんどなかった。
それでも今日のほうが青く、風や日ざしが気持ちよく感じられるのだから不思議だ。
理由は明らかだと自分でも思うのだけど、たとえ心の中でも言葉にするのはちょっと照れくさかった。
足どりも昨日よりは少し軽かった。
肝心の彼女は体調を見ながらの登校だというのに、自分だけ申し訳ないという気持ちもあった。
それでもやはりうれしさを否定することはできなかった。
せめてあまり表に出さないようにしようと注意した。
事情を知らない人には何が何だかさっぱり分からないだろう。
教室に行ってみると穂高さんはすでに来ていて、心配そうな顔をしたクラス委員の女子に話しかけられた。
今は話しかけないほうがいいだろうな。
坂木先生以外には僕らの接点なんて分からないのだろうし、変に勘繰られてもつまらない。
学校では話しかけないほうがいいだろうか。
それとも一切話しかけないのも不自然かな?
だいたい、彼女のほうはどう思うだろうか。
学校で僕が話しかけないのはショックだったりしないだろうか?
いろんな考えがポツポツと浮かんで大きくなった。
こういう時、ラポールでこっそり相談できたらいいのだけど、電源を切っておけという校則が恨めしくなった。
守っていない子は実はそこそこいるのだけど、見つかり次第スマホを取り上げられていた。
正直を言うとスマホを取り上げられるのは怖かった。
全ての事情を知っている坂木先生ならば、その場では取り上げても早めに返してくれるかもしれないという期待はあるのだけど、先生にも立場があるのではないかと懸念していた。
さんざん迷ったあげく、不自然ではないタイミングで声をかけてみようというチキンハートな決断を下した。
しかしながら、僕がひとりで勝手に期待したタイミングというものはなかなかやって来なかった。
まだ四月だからというのもあるかもしれないけど、男女が交流する機会自体があまりないのだ。
男女の両方に積極的に話しかけているのは二、三人くらいで、他のメンバーは何となく同性同士で固まっているというのが現状だった。
僕自身にそれを変える力などあるわけがなく、誰か何とかしてくれないかなと願っていた。
この学校での昼休みは家から弁当を持ってくるか、それとも購買で何か買ってくるかの二択に分かれる。
僕は母さんが寝坊してしまったため、購買の日だった。
「お、鈴成も購買か?」
近くの席の痩身の坊主頭の男子生徒に話しかけられたので、「うん」と答えた。
「お前が購買なのは珍しい気がするな。まだ四月だけど」
「うん、二年になってからは初めてだよ。いつもは弁当だからね」
まだお互いのことをよく知らない時期だと承知していたので、きちんと説明しておいた。
「なるほどなぁ。今日はどうしたんだ? おばさんが面倒くさくなったとか?」
「いや、ただの寝坊」
男子の問いに正直に答えた。
別に言ってしまってもかまわないだろう。
男子は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「でも普段は作ってくれるならいいじゃないか。うちの親なんて最初から作る気なくて、一年の時からずっと購買なんだぜ」
男子はちょっと不満げに言った。
彼の表情を見ていると、ありがたいことなんだなと思わざるを得なかった。
「せっかくだから一緒に行くか」
「うん」
話している相手がお互い購買に行くと分かっているのに、わざわざ別れる必要もないだろう。
僕と男子は肩を並べて歩き出した。
僕らの教室は東校舎の三階で、購買は南校舎の一階だからけっこう距離はある。
空腹に耐えられないというわけでもないのなら、急ぐ必要はないだろう。
園田君は黙って僕の歩く速度に合わせてくれているので、彼も似たような考えの持ち主なのかもしれないと思った。
「名前って園田君であってたっけ?」
僕はふと不安に思って男子に聞いてみた。
突然の質問に驚いた男子はすぐにうなずいた。
「ああ、合っているぞ。いきなり何だと思ったけど、名前ド忘れしちゃったのか?」
「うん。僕の記憶が正しければ、まともに会話したって今日が初めてだよね」
「そうだな。俺も以前にお前と仲良くしていた記憶はない」
園田君は笑いながら言い返してきた。
僕は百七十二センチほどあるのだけど、彼の身長はそれより五、六センチほど高いだろう。
なかなか茶目っ気があり、けっこう話しやすい相手だと感じた。
購買に行くと、一年から三年までが五、六人ほど並んでいた。
「意外と混んでないんだね」
「そりゃゆっくり来たからな」
僕の言葉に園田君が答えた。
「人気の高いパンは売り切れてしまっただろうが、それが平気ならゆっくり来たほうが楽なんだぜ」
彼は購買の常連らしいことを言った。
「ちなみにどんなパンが人気あるんだい?」
「やっぱり焼きそばパンとコロッケパンだろうなぁ。人気ないのはタマゴサンドと野菜サンドかな」
僕の疑問に彼は答えてくれたのだけど、正直タマゴサンドが人気ないのは意外だった。
しかし、残っているメニューを見てみれば、たしかにタマゴサンドはまだいくつも売れ残っていた。
「おばちゃん、あんぱんとジャムぱんとカレーパンと野菜ジュース」
園田君は慣れた様子でスムーズに注文した。
三つのパンはあまり大きくなく、ジュースはスーパーやコンビニで見かける紙パックタイプのものだ。
それだけで足りるのかなと思いながら、僕も注文することにした。
「タマゴサンドみっつと野菜サンド」
「あいよ。四百円だよ」
サンドイッチ四つ買って四百円は安くてありがたい。
購買さまさまだ。
「あれ、飲み物はいいのか?」
脇に寄っていた園田君が不思議そうに尋ねてきた。
「うん。お茶を持ってきているから」
飲み物代くらいは節約しようと思ったのだ。
「そっかー。どこで食う?」
園田君はあっさり流し、次の質問をしてきた。
「教室でいいんじゃないか?」
こだわりはないと言うか、いつも教室で弁当を食べていたので、食べるのにいい場所を知らないのだ。
「じゃあそうするか」
園田君のほうも別に行きたい場所がなかったらしく、僕につき合ってくれた。




