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家に帰ると手洗いをうがいをすませ、さっそく自分の部屋に入った。
着替えてから彼女から借りた本をとり出して机の上に置いた。
どちらも楽しみで読む前からワクワクしたけど、宿題を先に済ませようと思った。
先に本から読むと、宿題のことを忘れかねないからだ。
本を読みたい一心でいつもより早めに宿題を終えて、呪縛の家をまず手に取った。
やっぱり神津恭介だろう。
読み終えてたっぷり読後感にひたっていると、夕ご飯の時間がきてしまった。
ここでちゃんととっておかないと色々と面倒なことになってしまうので、仕方なく立ち上がって階段を降りた。
今日はとんかつにキャベツに豆腐のみそ汁という献立だった。
格別美味いわけじゃないと言ったら叱られたことがあるので、それ以降は美味いとしか言わなくなった。
「何だか楽しそうね」
みそ汁をひと口飲んだ母さんにそう言われて素直にうなずいた。
別に隠すようなことじゃない気がしたし、そもそも隠そうとしてもすぐにばれるだろうと思ったのだ。
「ミステリー小説好きの友達ができてね、今日は本を借りたんだよ」
「あら、そうだったの。よかったじゃない」
母さんは当然僕のミステリー小説好きを知っているし、友達がなかなかできないことも把握していた。
この流れでもどんな本を借りたのか聞いてこないのが証拠のひとつだ。
僕がミステリー小説のことを話し出せば、三十分は止まらないとよく理解しているのだ。
「明日はお礼に僕の本を持って行こうかと思っているんだ」
「ふーん。あんたが誰かに本を貸す日がくるとはねえ」
母さんはそんなことを言った。
誤解をされそうな言い方だったけど、僕は別に貸すのが嫌だったわけじゃない。
貸せるような相手がいなかっただけなんだ。
「そのうち家に遊びに来るのかしら。だったら一言言いなさいよ」
母さんがそういうのは当然なんだけど、僕はちょっと言葉に詰まった。
穂高さんは果たして僕の家に遊びに来れるんだろうか。
ひとりで考えていてもらちが明かないから、今度タイミングを見て聞いてみようか。
黙ってしまったのをどう解釈したのか、母さんはニヤニヤといやらしい笑みを作った。
「へえ、もしかして女の子なのかな、その子?」
何で分かるんだよとびっくりして、みそ汁が変なところに入りかけてむせてしまった。
「動揺しすぎでしょ」
母さんは薄情なことに心配してくれず、それどころか呆れたようにながめていた。
「何で分かったの?」
ようやく落ち着いた僕は、母さんに理由を尋ねた。
「何でって、あんたが連れてくるのを渋る理由なんて他に考えられないじゃない」
どうだと言わんばかりの笑顔で言われたけど、こっちとしてはなーんだと肩の力が抜けた。
穂高さんを誘えるかどうか分からないのは全く別の理由があるからだ。
いくら何でもそこまで見抜けるほどぶっ飛んではいなかったようだ。
当たり前と言えば当たり前なんだけど、この時僕はやっと思い至ったのだ。
僕の表情を見ていた母さんは自分の推理が外れていたことに気づいたらしいけど、それ以上は詮索してこなかった。
よく分からないけど、詮索してほしくないオーラでも感じとったんだろうか。
こういう時、母さんの距離の取り方は上手いのでとても助かる。
「もし、連れてくることになったら、その時はちゃんと連絡するよ」
「きっとよ」
母さんはそう言ったが念を押すと言うよりは、ただ単に返事をしただけだった。
この点において僕は信用されているのだろう。
最後に残っていたキャベツを口に放り込み、ゆっくり咀嚼して飲みこんで最後にお茶を飲んで立ち上がった。
「ごちそうさま」
そう言って食器を流し台に持っていく。
ここまでが僕の役目と言うか食べた人の役目だった。
部屋に戻ったところで本の続きを読むことした。
読み終えてからさっそくラポールを起動させ、穂高さんに感想を送った。
「面白かったよ、どっちも」
返事はすぐには来なかった。
定期的に通知チェックをする習慣がないかぎり、しばらくは気づかれないだろう。
それにあまり考えたくはないのだけど、スマホを見ることができないコンディションという場合もありえた。
じっと画面を見つめて待つというのは止めておいたほうが無難だろう。
僕はとりあえず机の上にスマホを置いて、明日穂高さんの家に持っていく本を本棚からさがし出した。
二冊分、彼女から借りた本と合わせて四冊になると、少しためらいが生まれた。
たかが四冊とは言え、鞄のスペース的にも重量的にも馬鹿にはできないのだ。
そこで面倒だけどいったん家に帰って来てから、本を持って行こうと考えた。
続いて適当に本をとり出して読み出した。
二十ページくらい進んだタイミングで、ラポールの通知音が鳴った。
他に連絡先を交換した人は両親くらいしかいないし、この時間帯にラポールは使わない。
母さんが部屋に来ればすむからだ。
したがって穂高さんだろうと容易に想像できたし、ちょっと心が軽くなっている気がした。
アプリを操作して、届いたメッセージを確認してみた。
「そう、よかった。……使い方、これでいいの?」
という内容だった。
不安そうだけど、穂高さんらしいなと思ったのでふっと笑ってしまった。
「大丈夫じゃないかな。細かいこと気にしなくていいよ」
というメッセージを送り返した。
すぐに送ったら彼女が困るかもしれないと思ったものの、不安そうにしているのにわざと返事を遅くするほうがよくないだろうと判断したのだ。
「ならいいのだけど……」
彼女はメッセージでも歯切れがあまりよくなかった。
使っていくうちに気にしなくなるだろう。
「慣れたら分かっているよ。大丈夫」
と一応はげましのような文面を送っておいた。
「うん。ありがとう」
今度のメッセージの返信は早かった。
彼女に慣れるまでの時間は残されているのかという疑問は、お互い分かっていても言及しなかった。
「穂高さんは今何をしているの?」
話題に困って質問を送ってみると、数分後くらいに返事が届いた。
「明日は登校できそうだから、早めに寝ようと思ってベッドの中にいるのよ」
まだ八時半前なのにと思ったけど、登校できそうというほうがずっと重要だった。
「そうなんだ。よかったね」
無理に学校に来なくてもいいんじゃないかというのは僕の勝手な考えで、彼女は学校に行きたいのだろう。
「ええ。楽しみだわ」
という返事はあまり時間がなかった。
うれしいけど、何だか彼女に無理をさせているんじゃないかという疑念がふつふつとわいてきた。
「ごめんね。そろそろ休んでくれ」
そうメッセージを送ると、また数分後に返事が届いた。
「ええ。そうさせてもらうわ。おやすみなさい」
この文面を見た時、残念な気持ちが少しもなかったと言えばうそになってしまうのだけど、それ以上にホッとした。
「うん、おやすみ」
と返してスマホを机の上に置いた。
これには返事がなくてもかまわないのだ。
大きく背伸びをすると、お風呂に行くために立ち上がった。




