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 目の前に相手がいるのにラポールばかりやるわけにもいかず、僕らは雑談に戻った。

 

「よかったら何か借りていく? 好きな本をどうぞ」


 穂高さんはそう言った。

 

「え、いいの?」


 びっくりして尋ねると彼女はこくりとうなずいて、視線で本棚へ誘った。


「鈴成君が好きそうな作家は高木彬光とか、松本清張とか、後は鮎川哲也とかどう?」


 確かにどちらも好きで、なおかつ自分ではあまり持っていない人たちだ。

 どうやらだいぶ僕のことを把握されたようだった。


「お、いいねえ。夏樹静子とか小池真理子は持っていないの?」


 ふと疑問に思ったので質問してみた。


「持っているけど。鈴成君、好きなの?」


「あ、いや、穂高さんが好きそうだなって」


 本心だった。

 別に女流作家だからという理由だけで名前を出したんじゃない。


「ええ、好きよ。よく分かったわね」


 穂高さんはうれしそうに笑った。

 自分が好きな作家を予想されるってくすぐったいような、それでいてうれしい気がするのは彼女も同じようだ。

 分かり合えた喜びみたいなものがあると言えば大げさだろうか。

  

「鈴成君が持っていて、私が好きだけど持っていないような作家の本はある?」


 彼女に聞かれた時、僕はすぐには答えられなかった。

 持っている本の中からまず彼女の好みに合いそうな本を思い出さなければならない。

 その次に彼女の本棚の中にないタイトルだけを探す必要があるからだ。

 たっぷり時間をかけてようやくひとつのタイトルを思い浮かんだ。


「今邑彩はどうだろう?」


「あっ、知っているわ」

 

 彼女は目を輝かせ、すぐ残念そうな顔になった。


「好きなんだけど、持っていなくて。買おうとしたらこれ以上は増やさないでって叱られてしまったの」


 そうだろうなと僕は内心思った。

 まだ床が抜けそうなレベルには達していないけど、時間の問題と言えそうな量があるからだ。

 言うまでもなく僕も同じような理由で怒られた経験があった。

 きっと本好きの人たちは似たような経験を持っているだろうと思うのだ。

 金持ちの家に生まれていれば、本の千冊や二千冊を買ったところで叱られないのかもしれないけれど。


「僕もそうだよ。うちは本屋じゃないって父さんと母さんのふたりがかりで怒られた」


 今となってはいい思い出だと肩をすくめてみせた。


「ふふふ」


 彼女は顔を隠すようにうつむいて全身を震わせた。

 恐らく光景を簡単に思い描けただろう。

 あるいはシンパシーのようなものも感じてもらえたかもしれない。


「お揃いだね」


「お揃いと言うか、似た者同士と言うか」


 僕らは声を出して笑い合った。

 ここまで似たような経験を持っていると、すがすがしい気持ちにすらなれた。

 彼女は二冊の本をとり出した。


「ペトロフ事件と呪縛の家か」


 タイトルを確認すると彼女は不安そうに首をかしげた。


「読んだことあった?」


「いや、どっちもまだだよ」


 呪縛の家は神津恭介シリーズでいいのだろうか。

 神津恭介シリーズ、実は未読だったりする。

 魅力的なミステリー小説が多くて、読んでいくのがものすごく大変なのだ。


「じゃあ持ち帰って楽しんで。よかったら感想を聞かせてね」


「うん、ありがとう」


 人からミステリー小説の本を貸してもらったのは初めてだ。

 うれしいけど、感情が追いついてきていなくて、淡々とした感じになってしまった。

 もらうばかりじゃ申し訳がないので、僕も何か彼女に貸し出したほうがいいと感じた。


「僕も何か持ってくるよ。今邑彩でいい?」


「ええ。そして誰もいなくなると少女Aの殺人しか読んだことなくて」


 彼女の問いに僕は一瞬考えて、確認のために聞いた。

 

「じゃあルームメイトと金雀枝荘の殺人を持ってくるよ。いつがいいだろう。明日でも大丈夫?」


 と質問をしたのは深い考えがあったわけじゃなかった。

 

「ええ、毎日ごめんね」


 彼女のほうは僕が三日連続で訪問することに罪悪感を持ったようだった。

 顔をくもらせてうつむいてしまった。


「気にしなくていいよ。読みたい本を貸してくれたお礼なんだから」


 僕では彼女の病気を治すことはできないし、心を救う力もないだろう。

 だからせめてと、可能なかぎりうれしそうに話した。

 

「そう。ならいいんだけど」


 その甲斐あってか、彼女はちょっと安心したようだった。

 これくらいしかできない自分が恨めしかったけど、態度に出さないように注意する必要があった。

 

「そうだよ。穂高さんは初めてできたミステリー好き友達だからね」


「私も鈴成君が初めてよ」


 僕らはそう言い合い、どちらからともなく笑いあった。

 彼女とこうして過ごす時間はとても楽しくて、いつまで続けられたらいいなとさえ思うほどだった。

 けれど、そんなわけにはいかなかった。

 時間というものはいつも流れていて、どうすることもできないのだ。

 僕らの会話を中断させたのは、遠慮がちなノックの音だった。


「鈴成君、五時半回ってしまったけど大丈夫?」


 本当は大丈夫なのだけど、彼女の体調の問題もあって粘る気にはなれなかった。


「そうですね。そろそろ失礼します」


 彼女のお母さんにそう答えてから彼女に向きなおり、借りた二冊の本を鞄に入れて軽く叩いた。


「ありがとうな」


「ううん、こっちこそ」


 微笑みを交わして別れの言葉を告げ、僕は部屋の外に出た。


「何かあったの?」


 不思議そうに、そして少し不安そうな彼女のお母さんの問いに正直に答えた。

 どうせ彼女に聞かれたら同じだと思ったからだ。

 

「本を借りたのですよ。読みたかったミステリー小説を」


「ああ」


 彼女のお母さんは合点がいったとばかりにうなずいた。


「ふたりとも、本当に好きねえ」


 階段を先に降りる僕の背中に、お母さんの言葉が投げかけられた。

 

「ええ」


 どう答えようか迷った末、普通に返事だけした。

 そこで会話は終わって僕は靴をはき、あいさつをする前に聞いてみた。


「よければ明日にでも、僕のほうでも本を貸そうと思うのですけど」


「それはかまわないけど、鈴成君は平気なの?」


 心配そうに聞かれたので笑顔を作って答えた。


「ええ、大丈夫ですよ」


 まだ友達ほとんどいないし、とは言わないでおいた。

 

「それじゃ失礼します」


「気をつけて帰ってね」


 僕は見送るお母さんの視線を感じながら、穂高家を後にした。

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