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「今日も私の部屋に来る?」


 穂高さんのお誘いに僕は少し迷ってからうなずいた。

 特殊なケースだと分かっているけど、それでも女の子の部屋に呼ばれる照れ臭さに変わりはなかったのだ。

 お母さんはちょっとうれしそうにしていたけど、今日はからかったりしなかった。

 昨日僕が帰ってから何かあったのだろうかと根拠もなく思ったりした。

 

「後でお茶を持っていくわね」


 というお母さんの声が背中に投げられた。

 部屋に入ると昨日と同じように、勧められたピンク色の座布団に腰を下ろした。

 

「今日はどうして来てくれたの?」


 突然質問を放ってきた穂高さんの表情は真剣だった。

 うかつなことは言えないと思い、僕は正直に打ち明けた。


「何となく、来ちゃった」


「何となく……?」


 彼女は唖然としたようだった。

 てっきり無難な答えか、それとも優等生的な答えが来ると思っていたのだろう。

 この子はそういうのをあまり好きじゃないし望んでもいないと、昨日の時点でうすうすと分かっていたので、見えた地雷を回避したつもりだった。

 

「ダメだったかな」


 バツが悪そうに頭の後ろを右手でぽりぽりとかきながら聞けば、彼女はふるふると首を横に振った。

 

「てっきりミステリー好き仲間だからと言われるかと思っていたから」


 彼女が予想していたのはそっちだったのか。

 一応、ミステリー関連の話と、心配だったからという理由は思いついたのだけど、何となく言わないほうがいい気がしたのだ。


「それも正直あるんだけど、それだけじゃないし。何て言えばいいのか……」


 自分でも自分の素直な気持ちがよく分かっていなかったことに気づき、腕組みをして考え込んだ。

 少しの間ウンウンとうなってみたけど、やはり上手く説明できる気がしなかった。

 すると彼女はぷっと吹き出した。


「鈴成君ってうそがつけない人なのね」


 そういうわけじゃないのだけど、否定しても信じてもらえないと思った。

 それに信じられてしまえば、それはそれで困った展開になりそうだったので、小さくうなずいておいた。


「昨日の今日でミステリーの話しても平気?」


 彼女はそんなことを言ってきた。

 心外と言うか予期せぬ展開だったものだから、まじまじと彼女の顔を見つめた。


「あれくらいじゃウォーミングアップと言うか、小手調べみたいなものですらなかったと思うけど」


「そうね、同感よ。鈴成君も同じ考えみたいでうれしいわ」

 

 彼女は本当にうれしそうに微笑んだ。

 太陽と言うよりは雲に隠れてよく見えない月のような笑顔だ。

 

「今日は日本のミステリー作家にする?」


「江戸川乱歩、横溝正史あたりからかしら?」


 僕の提案に彼女はすぐに乗ってくれた。

 そのふたりは入門編のような気がしたのだけれど、賛成することにした。

 だって僕らはお互いのことをまだよく知らない者同士だったからだ。

 散々しゃべってのどが渇いてきた頃、彼女のお母さんがひえた麦茶を持ってきてくれた。


「どう? 楽しんでる?」


 からかうような一言に、穂高さんはニコニコとして答えた。


「うん、鈴成君はミステリー作家をよく知っているから、話していてとても楽しいわ」


 そう言う彼女の頬は興奮からかやや紅潮していて、目も輝いていた。

 お母さんはそんな彼女の様子に一瞬顔をくしゃくしゃにした。

 泣きだしそうになったのをこらえたのだろうと僕にも分かったけど、何も言わずにじっと見守っていた。

 

「よかったねえ」


「ええ」


 母と娘の会話はそれで終わった。

 お母さんのほうは逃げるようにそっと立ち去った。

 その後ろ姿を見ているだけで僕は胸が痛くなった。

 あの人はいったいどういう思いで穂高さんのことを見ていたのだろうか。

 聞くわけにもいかないし、穂高さん本人がすぐ近くにいる状況で考えごとに意識を割き続けるわけにもいかなかった。

 さて何を話そうと考えていると彼女と目が合った。

 彼女のほうもすぐに話題が思いつかなかったらしく、目を逸らしてお茶をひと口飲んだ。

 僕も彼女の真似をして唇を湿らせると、ふと思い出したことを言葉に出した。


「突然だけど、穂高さんはスマホを持っている?」


「ええ。もしもの時にって。……連絡先交換する?」


 彼女はこちらが何を言いたいのかすぐに分かったらしく、先回りして聞いてきた。

 

「穂高さんさえよかったら」


 腰が引けた回答をした僕に彼女は微笑みかけ、立ち上がって枕の近くに置いてあった赤い機体を手に取った。

 赤外線で交換を済ませると彼女はさびしそうな顔で言った。


「両親と学校と病院以外では、鈴成君が初めて」


 そうなんだろうなとうすうす思っていた。

 彼女の生活じゃ連絡先を交換する友達だってできにくそうだったし、僕以外に見舞いに来る子がいる気配がなかったのだから。


「僕は女子と交換したのが初めてかも」


 と言ったのはうそじゃなかった。

 小学校のころは一緒に遊んだ女子は何人かいるものの、中学に入ればすっかり疎遠になってしまった。

 あいさつや世間話をするような子はまだいるけど、連絡先を交換するほど親しい子はいないのだ。


「そうなんだ? ちょっと意外かもしれない」


 彼女は少しだけ不思議そうだった。

 僕に女っ気が全くないのを怪訝に思う人がいることにびっくりだ。


「うん。実は今もドキドキしているんだよ」


 変に意識されないようにおどけてみせると、彼女はくすりと笑った。

 笑顔は可愛いなと思ったけど、口に出して褒める勇気がなかった。

 

「ラポールってアプリ使っている?」


 代わりに自分が使っている無料アプリの名前を出した。

 

「名前は聞いたことあるけど……」


 彼女は眉を動かして情けなさそうな顔を作った。


「無料でチャットもメールもできるんだよ。まあインターネットに接続する料金はかかるけど、Wi-Fiを使えばいいし」


「そうね。どうやるの?」


 彼女が興味を持ってくれたので、僕はダウンロードとインストールの仕方を教えた。

 そして彼女と相互フレンドになった。

 これでいつでもやりとりができるようになったのだ。


「試してもいい?」


 彼女は積極的に聞いてきた。

 うれしかったけど、確認しておきたいことがあったので、彼女に聞いてみた。


「いいけど、この部屋でWi-fiは使えるの?」


「大丈夫よ」


 彼女はそう言ってさっそくスマホを操作し始めた。

 僕は自分のスマホのWi-Fiをオフにして、アプリを立ち上げた。


「届いてますか?」


 というメッセージが通知音からちょっと遅れて届いた。

 古典的な気はするけど、分かりやすくてよかった。

 僕はクスリとしながら届いたよと返した。

 特別なことは何もないというのに、何だか心が躍るような気分だった。

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