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翌日の木曜日、穂高さんは来ていなかった。
まだ体調が戻らないため、大事をとると連絡があったと坂木先生がホームルームで説明していた。
心配そうな顔をしてひそひそ話を始めたのは数人だけだった。
薄情のようだけれど、まだ顔と名前が一致しないクラスメートもいる時期だから、気持ちも分からなくもなかった。
僕だって顔も名前も知らない誰かが休むと知ったところで、「ふーん」と思うだけですませてしまうだろうから。
今日もお見舞いに行くべきだろうか。
それとも二日連続は止めたほうがいいんだろうか。
普通ならば止めておくべきかもしれないけど、穂高さんの場合は特殊じゃないだろうか。
事情を知っているクラスメートは僕くらいしかいないということだったのだし。
いろんな考え、気持ちがグルグルと脳内を駆け巡っていた。
出口のない迷路に入り込んでしまったようだった。
他のことに気を取られていたせいか、まったく授業には集中できなかった。
そのことを指摘する友達はまだクラス内にできていないのは、よかったのかダメなのか。
放課後、僕は坂木先生にまたしても呼ばれた。
「鈴成さえよければ、また見舞いに行ってやってくれるか」
と頼む先生の表情はただ単純に体調の悪い生徒の心配をしているものではなかった。
学校には伝えてあるということだから、先生は把握しているのだろう。
「はい」
先生に頼まれて断るような理由もなかったので素直に引き受けた。
先生が今日も僕に頼んだのは、あまり知っている人間を増やしたくなさそうな穂高さんたちへの配慮だろう。
昨日行ったばかりの家に向かうのは足取りも気持ちも重かった。
彼女は日常を望んでいるのに僕がこのざまなのはよくないとは思っていた。
でも、気持ちのほうがついてこなかった。
普通に接するってじつはかなり難しいことなんじゃないかと真剣に考えていた。
せいぜい態度に出さないようにして、穂高さんに気を遣わせないようにしたいものだけど、果たして上手くできるだろうか。
そういう点に関してみじんも自信がなかった。
引き受けた以上、できないなりにやってみなきゃ。
昨日往復したとは言え、一回で道を覚えてしまえるほど記憶力も方向感覚もよくないので、今日もスマホのマップ検索のお世話になった。
インターホンを鳴らすと彼女のお母さんらしき声が出迎えてくれた。
「はい、どちらさまでしょう?」
「昨日お邪魔した鈴成です。今日も見舞いに来ました」
緊張していたが、案外すらすらと言葉が出てくれてほっとした。
「鈴成君? 今日も来てくれたの?」
インターホンから伝わってきたのは驚き、とまどいと若干の喜びだった。
男子生徒が二日連続で来るのは想定していなかったのだろうし、来てくれてうれしいという気持ちもあるのだろう。
不安を抱えていて緊張しているのにも関わらず、不思議とこのような分析はできた。
「ちょっと待ってね」
お母さんはほどなく姿を見せた。
「こんにちは」
礼儀として頭を軽く下げると、うれしそうに微笑んでくれた。
「いらっしゃい。どうぞ中に入って」
やはりと言うか疲れているように見えた。
こういうケースって親御さんが一番つらいのかもしれない。
「今日はどうして?」
靴を脱いでいると尋ねられたので、二、三秒迷ったのち正直に答えることにした。
「先生からよかったら行ってやれと言われまして」
「そう。てっきりあの子と約束したのかと思ったわ」
答える彼女のお母さんはとても複雑そうだった。
安堵しているようにも見えるところが、切ないところだ。
「すみません」
反射的に謝ってしまった僕の肩にそっと手を置きながら、彼女のお母さんは笑った。
「謝る必要ないわよ」
恋バナ好きそうな人なのにあの子どう思う? なんて聞かれないのは、やはり彼女に残された時間が関係しているのだろうな。
昨日と同じようにキッチンに通され、麦茶とクッキーを出してもらった。
「あの子を呼んでくるからクッキーでも食べていてね」
よその家でじっと待っているのも落ち着かないので、お言葉に甘えてクッキーに手を伸ばす。
つかもうとした直前に手を洗っていないことを思い出し、先に流し台で手を洗うことにした。
流しのところにかかっている白いタオルではなく、ポケットに入れていたハンカチを使った。
クッキーのふたつめを口に入れたところで足音が大きくなってドアが開いた。
穂高さんはネズミ色のトレーナーと黒のズボン、それもどちらもサイズが合ってなくてだぶついているという女の子らしからぬ服装だった。
「こんにちは」
彼女は僕にそう言うと恥ずかしそうに目を逸らした。
「こんにちは。昨日ぶり」
急いでクッキーを飲み込んであいさつを返した僕の前に彼女は座った。
「今日はどうしたの?」
彼女に改めて聞かれてはさすがに正直に言う気にはなれなかった。
そこで何とかもっともらしい理由をひねり出そうと、必死に足りない知恵を絞った。
「いや、どうしているかなって……迷惑だったかな?」
迷惑じゃなかったらいいなという気持ちにうそはなかった。
昨日は楽しく会話できたけど、気づかないうちに不愉快にさせていたかもしれないのだし。
「ううん、来てくれてうれしい。でも……」
穂高さんははにかみ笑いを一瞬浮かべた後、すぐに表情をくもらせてしまった。
同情されたくないということなのだろうなと直感した。
どういう言い回しをすれば彼女を説得できるのだろう。
今までにないくらい必死に脳を働かせ、何とか回答をひねり出した。
「ただ普通の日常を過ごすだけだよ。ダメかな?」
長々としゃべれば言い訳になりそうだったから、短く要点だけ言ってみた。
これが幸いしたのか、彼女は虚を突かれたように目を丸くした。
「そうね。普通の日常こそ、私が欲しいものだもの。言った覚えはないけど、分かっちゃった?」
彼女は泣き笑いを浮かべて聞いてきた。
ここではぐらかすのはよくないだろうから肯定しておいた。
「うん、何となくそんな気がしていたよ」
「そっかぁ……」
彼女は顔をあげて天井の蛍光灯を見た。
その際、目のあたりから光るものがこぼれ落ちた。
「日常、いいじゃない。今の摩耶にでもやれることがあるじゃない」
彼女のお母さんは目尻を服の袖でぬぐいながら言った。
「そうだね」
彼女は小さくうなずいた。




