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 家に帰り、手洗いうがいをすると母さんがやってきた。


「……どうしたの、ひどい顔をして」


 心配そうな目を向けられたあたり、本当にひどい顔をしていたのだろう。

 

「何でもない」


 僕は打ち明けたいような、勝手に打ち明けてはいけないような、そんな気分に頭をシェイクされていて、思わずぶっきらぼうな返事が口から飛び出た。


「そう」


 母さんが何も感じなかったはずはないのだけど、今は何を聞いても無駄だと直感したのだろう。

 それ以上は何も聞いて来なかった。

 階段をドンドンと力強くのぼりかけたところで、どうにか自制心を取り戻した。

 部屋について鞄を置き、服を着替えるとベッドに寝転がった。

 僕の頭の中で穂高さんのお母さんの「そんなに長くは」という言葉がずっとリフレインしているのだ。

 そんなに具合が悪いというのか。

 確かにしんどうそうではあったけど、ただ体調のよくない人にしか見えなかったというのに。

 クラスメートの秘密を知ってしまい、さらに口止めまでされた僕はこれからどうすればいいんだろう。

 穂高さんの口ぶりからすると、なぐさめや励ましは下手にしないほうがいいことは分かったんだけど……。

 消化しきれないものがずっと胃のあたりに居座っているような、ムカムカした気分に襲われていた。

 どうして穂高さんが、まだ高校生なのに……。

 友達にも言っていないことを考慮するなら、きっと同情もされたくないのだろうなと思った。

 穂高さんのために何かをしたいと思うものの、僕の出来の悪い頭なんかじゃ妙案は出てこなくて、だけど誰かに相談することもできなくて……。

 僕ってどうしてこんなにも無力なんだろうか。

 自分で自分にイライラしてきた。

 黙って寝転がっているだけじゃ気が滅入ってどうにかなってしまいそうだったので、気をそらすために本を読もうとした。

 大好きなクイーンを読み始めたけど、五ページくらいめくったところで限界が来てしまった。

 今日は何もできないかもしれないとくじけそうになった。

 再び何にもせず黙って天井を見ていた。

 疲れてしまったのか、それともただ逃避しはじめただけなのか。

 穂高さんのことをあんまり考えられなくなっていた。

 頭をからっぽにしたまま、時間の流れに身をゆだねていると、少しずつ落ち着かない気持ちになってきた。

 これは僕自身にとってもあまりにも意外だった。

 なぜこのようなことになったのだろうと、思考の意識が向きを変えた。

 そして少しして分かった。

 穂高さんが原因だと気づいたのだ。

 彼女は余命いくばくもないと宣言され、それでも精いっぱい生きていた。

 僕が見たかぎりではあったけど、決して自暴自棄にはなっていなかった。

 それと比べれば、僕はあまりにも情けないじゃないか。

 女の子がいつ終わるかもしれない命を受け入れているのに、ただそれを知っただけの男がこんなにもオロオロしているなんて、滑稽なんじゃないだろうか。

 自分自身を奮い立たせるために、何度もくり返し言い聞かせた。

 すると少しずつではあったけど、体に力が戻ってきた気がした。

 正直、自分のことがよく分からなかった。

 色々と悩んだものの、穂高さんが普通にしているのだから、僕もひとまず普通にしようと思った。

 正直彼女を前にしてやり続けるのは簡単じゃない気がしてならないのだけど、やらなければならないことなのだ。

 彼女のために何にもできない僕だけど、せめてそれくらいはしたかった。

 なんて思うのはダサいだろうか。

 割り切るのは容易じゃなかったけれど、とりあえず体を起こしてルーチンワーク化している宿題という作業に取りかかろうと思った。

 あんまりはかどらなかったものの、ゼロのままでいるよりはマシだろう。

 夕飯を食べに行くと、母さんが口を開いた。


「ちょっとは落ち着いた?」


 この人は本当にエスパーか何かなんだろう。

 ただ、この人がそう思うなら、他の人にはもっと落ち着いて見える可能性は非常に高かった。

 母さんの反応がまさかこんな形で役に立つとは……なんて思っていると、続きの言葉が飛んできた。

      

「ひとりで抱え込まないで。爆発する前に相談するのよ」


 今はこれ以上聞かないという意思表示とともに、僕を気遣ってくれる内容だった。

 思わず黙って頭を下げた。


「馬鹿ね」


 複雑そうな表情といっしょに短くも愛情が感じられる一言が返ってきた。

 何だか穂高さんのお母さんが見せた顔と似ている気がした。

 母親ってこういう生き物なのかもしれないなと感じた。

 とても照れ臭かったので、黙ってうなずいただけで止めておいた。

 晩ご飯を終えて部屋に戻ると、またしても穂高さんのことを考えた。

 お腹がいっぱいになったからか、それとも母さんの言葉で気が楽になったのか、さっきまでよりは多少の余裕が生まれていた。

 普通に過ごせたらいいと思っているけど、僕にもできることがあるとひらめいた。

 彼女はミステリー小説について語り合える相手は、僕が初めてだと言っていたじゃないか。

 そう、それこそが僕にでもできることなんだ。

 もちろん彼女が嫌がるなら止めておくべきなんだろう。

 けれど、確かめるだけ確かめてみればいいんだ。

 そこまで考えたところで、彼女の連絡先を知らないことに気づいた。

 聞いておくべきだっただろうか?

 いや、まだ見舞いに行ったことを驚かれるような段階だったのだから、聞かなかったのは間違いじゃないはずだ。

 明日、もしくは今度会えた時に、タイミングを見計らって聞いてみよう。

 何ならチャットアプリなんかでやりとりをしてもいいだろう。

 穂高さん、スマホは持っているかな?

 持っているなら話は早いんだけど。

 おっと、あくまでも彼女の負担にならないように注意しなきゃいけないよな。 

 ……何だか自分ひとりで舞い上がっているようで、ちょっと恥ずかしかった。

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