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打ち出の小槌

作者: 姶良 守兎

「ズキン!」


 金曜日の朝、サトシは痛みとともに目を覚ました。頭が割れるように痛い。胃はムカムカするし喉はカラカラ。完全に二日酔いだ。固いフローリングの床で寝てしまったらしく、背中も腰も腕も痛い。

「あいたたたたた........」

 上半身を起こして周りを見渡すと、電気もテレビも付けっぱなし。昨夜は飲み過ぎて、いつの間にか寝込んでしまったようだ。潰れたビールの空き缶やら、空っぽのウイスキーボトルが転がっている。時計を見ると朝の八時。


 こんな酷い気分の時でも、彼は何かと時計を見るのが癖だった。それは普段、会社で分刻みの激務をこなしていたから........ではなく........

「早くお昼にならないかな」

「早く五時にならないかな」

 ただそればかり考えていたからだ。そんなわけで彼の会社でのあだ名はウォッチマン。


 さてウォッチマンはタバコをふかして咳き込み、オエッとえづきながら、ここ数日のことを思い出していた。

「はぁ........飲み過ぎた。しかしこのところ最悪だ........まさに厄年だよ」

 まだ頭がズキズキする。


「お主、どうしたのじゃ」

 一人しかいないはずの部屋で、誰かの声が聞こえた。声の方を振り返ると、そこには、こびとがいた。身長は一メートルにも満たない、ふっくらした体型の、にこやかな老人だった。口ひげとあごひげを生やし、ふっくらとした大きな福耳が印象的なその姿はまるで........

「あなたは、もしかして........七福神の大黒さん?」

「そうじゃな、わしのことをそう呼ぶ人もおる。ところで、浮かぬ顔をして、どうしたのじゃ?」

「いや、じつは........」

 彼はここ数日の出来事を話した。恋人に振られ、仕事を首になり、ギャンブルで大ばくちを打ったがボロ負け。ショックのあまり、帰り道の運転で集中力を欠いてうっかり交通事故を起こし、レッカー移動の世話になった。手元には電車賃すら残っていなかったので、そのまま一時間歩いて帰宅し、ヤケ酒。酔い潰れて床で寝込んでしまったというわけだ。交通事故でケガをしなかっただけマシとも言えるが。


「そうか、それは大変じゃったのう。ではこれを授けよう」

 大黒天は小さな木槌をサトシに手渡した。

「これは........もしかして、打ち出の小槌、とか言うやつではないですか........?」

「そうじゃ。なんでも望みのものが出てくるのじゃ」

「使ってみていいですか?」

 大黒天はニッコリと微笑んだ。

「どうかこのオレに元気をちょっとだけ........いや、山ほど、分けて下さい。お願いします!」

 そう願って小槌を振ると、頭痛も背中の痛みも嘘のように消え、まるで嵐が去ったかのように心が鎮まった。それどころか、何とも言えない幸福感すら感じる。色々あったが、この際どうでもいい。生きていれば何とかなるさ。そう思えた。

「あ、ありがとうござ........」

 お礼を言おうとしたが、大黒天はもういなかった。


 打ち出の小槌だけが手元に残った。色々試してみても良かったが、すっかり元気になった彼は、手に持った小槌を置いて、近所を歩いてみることにした。普段、平日の朝の街を、ゆっくりと歩くことなんてない。あたりの風景は、いつもとはまた違って見えた。

「オレを首にした会社のやつら、今ごろ、あくせく働いているんだろうな」

 そう考えると、何か優越感のようなものさえ感じた。こうして彼はその日を、のんびりと過ごした。


 *  *  *


 土曜日の朝。


「はぁ........」

 大きなため息をついて、サトシは目を覚ました。時計を見ると十時前だった。

「無職か........冷静に考えれば、オレは、これと言って得意な分野もないし、根性も体力も、人並みかそれ以下だ。資格は運転免許ぐらいしかない。なんだか新しい仕事が見つかる気がしない........このまま無職で、食う金もなくなって、ガリガリにやせ細って、孤独死するんだろうな。きっとそうだ」

 サトシは、どういうわけか昨日の朝よりも落ち込んでいるような気がした。


「あ、そうだ」

 ふと思い出して小槌を手に取る。

「オレに仕事を下さい、できれば、楽して給料が一杯貰えて、残業も余りなくて、なおかつ安定した仕事を、お願いします!」

 サトシはこの期に及んで身勝手な願いを唱え、小槌を振ると、ほどなくして電話が鳴った。


「ようサトシ、久しぶり。元気だったか?」

 友人からの電話だった。

「おお、アキラじゃないか。何年ぶりだろう?いや元気どころか、もう全然だめだよ」

 サトシはここ最近ツイてないことを話した。

「そうか........そりゃ大変だったな........あ、ところで電話したのは頼みがあるんだ。実は人が足りなくってさ........」

 アキラは最近自分で会社を立ち上げたとのこと。なんでも凄く上手く行ってるらしく、あまりに上手く行き過ぎて人手不足なんだとか。

「まあそんな感じで、忙し過ぎて、猫の手どころか、サトシの手も借りたいんだよ」

「なるほど、お前上手いこと言うなあ........って、おいコラ!」

「アハハごめんごめん。まあそう言う訳で来てくれないか。給料は弾むよ」

「そうだな、ちょうど仕事を探してたところだし、アキラに頼まれちゃ断れないよ。オレでよかったら手伝うよ」

「じゃあ月曜日の朝九時に事務所へ来てくれ。選考で落とすつもりはないが、一応、履歴書は持ってきてな。出来たらその日から働いてもらうつもりだけど大丈夫かい?」

「もちろん」

 サトシは電話を切ると、小さくガッツポーズ。打ち出の小槌に感謝した。


 履歴書を書き終え、何気なくテレビのスイッチを入れると、お昼のワイドショーが流れていた。なんでも、結婚間近と噂されていた有名芸能人カップルが、破局したそうだ。それを聞いて別れた彼女を思い出し、また落ち込んだ。

「リエ........いい子だったのにな。オレより一回りも年下だけど、しっかり者で、気が強いけど優しくて、それよりも何よりも美人でスタイルが良くて........ああ、なんで振られてしまったんだろう。やっぱオレがこんな感じだからな........」

 テレビなんか見なきゃ良かった、と彼は後悔した。


「そうだ、あれがあったんだ」

 ふと、打ち出の小槌を思い出した。

「リエと恋人同士に戻りたい。もう一度、付き合い始めた頃のように!」

 願いを込めて小槌を振り、彼女に電話を掛ける。

「もしもし........オレだけど」

「いま、サトシのこと考えてた。なんで分かったの?」

 凄い効き目だった。

「あ........当たり前じゃないか、恋人同士なんだから。ところで明日の日曜日、デートしてくれるかな」

「うん。当たり前じゃないの、恋人同士なんだから」

「じゃあ、お昼の十二時に迎えに行くよ」

「おっけー」


 電話を切ると小さくガッツポーズ。ふと、車が修理中なのを思い出し、金額を唱えながら小槌を振ると、小槌から現金が数万円出てきた。

「よしこれで........いや待てよ、いいことを思いついた。レンタカーなんか借りるよりも........」


 サトシは自宅のすぐ近くに借りている駐車場へ向かった。あたりに人がいないのを確認すると、ある車の名前を唱えながら小槌を振った。次の瞬間、イタリア製の真っ白な高級スポーツクーペが出現。

「か........カッコイイ」

 サトシは憧れの名車を目の当たりにして思わず呟いた。鍵は付いていたので、そのままドアを開け、革張りの運転席に乗り込みエンジンを掛ける。

「キュキュキュキュキュキュ........ブォン........」

 美しい車はエンジンの始動音さえ美しかった。否が応でも気分が高揚する。アクセルペダルを軽く煽ってみる。

「フォン!フォン!」

「うわースゲー!!」

 サトシ、快音に感動。そして革張りのインテリアを眺めた。美しく、そして精悍な佇まい。ステアリングホイールの中央には歴史と伝統を感じさせるエンブレム。ダッシュボード中央、運転席と助手席のちょうど真ん中の位置にはアナログ時計が据え付けられ、時刻は午後一時過ぎを示していた。車から降り、ニヤニヤしながら、車の周囲を回り、美しいスタイリングを鑑賞する。すると光の角度により自分の姿が窓ガラスに映る。その普段着の姿を見て、違和感を感じた。

「この車に乗るなら、ジャージとかじゃなくて、それなりの服がいるな」


 自宅の部屋に戻り、なにやらブツブツ唱えながら小槌を何度も振ると、高級イタリアブランドのスーツ上下、ワイシャツ、革靴、ネクタイが出てきた。着替えてみるとネクタイはイメージと違ったので、クローゼットから別のを取り出してきた。よし、明日のデートはこれでいこう。その後、再び駐車場へ。さっき手に入れたばかりの高級車で近所を試運転してみる。今度ばかりは事故を起こさないよう慎重に。信号待ちでふと横を見ると、商店の大きな窓ガラスに車が映り込む。何度見ても美しい。そこに座る自分の姿をみてニヤニヤ。終始、頬の筋肉が緩みっぱなしのサトシだった。


 *  *  *


 日曜日の朝。


 サトシは遠足の日の小学生のようにウキウキと起床。鼻歌を歌いながらシャワーを浴び、身支度を整える。昨日手に入れたスーツを着て、財布と車のキーをポケットに入れる。スマホを充電スタンドから取り上げると、着信履歴があるのに気付いた。シャワーを浴びていて、着信音に気付かなかったらしい。履歴を見るとアキラからだった。

「なんだ、リエじゃなかったのか。アキラだったら後でいいや」

 サトシはそのままスマホをポケットに放り込んだ。


 真っ白いイタリア製スポーツクーペを走らせ、リエの家の前まで到着。車を停めて中で待っていると、彼女がびっくりした様子で、小走りにやってきた。

「うそ!?これで来たの?カッコいい車!」

「そうだろう?」

「どうやって手に入れたの?高かったんでしょう?」

「ま、まあ........色々あってな........とりあえず乗ってよ」

 サトシは言葉を濁し、助手席のドアを開け、リエを車に乗り込ませた。それから二人はドライブデートを楽しんだ。付き合いはじめた頃の新鮮な気持ちが蘇ってきた。


 今日の第一の目的地は、昼食を予約していたレストラン。そこへもうすぐ到着するころ、突然、リエの表情が険しくなった。

「ねえ、サトシ!」

「え?な........なに?」

「なに、じゃないわよ、車停めてよ!」

「ちょっと待ってよ、どうしたんだよ」

 サトシは語気に押されて、とりえず路肩に車を停めてエンジンを切った。

「今まで、何してたんだろ........アタシったら、別れたのを忘れるなんて、あり得ない........じゃあね!」

 リエは助手席のドアを開けて車を降り、乱暴にドアを閉めると、ハイヒールの音をカツカツと響かせて歩いて行ってしまった。呆然とするサトシ。しんと静まり返った車内に、ダッシュボードのアナログ時計の音だけがコチコチと響く。時計の針は午後一時を示していた。


 メールの着信音が鳴った。ドアポケットに置いたスマホを手に取る。

「なんだ、携帯電話会社からのお知らせか」

 その時「着信あり」のアイコンが表示されているのに気付く。

「そうそう、今朝、アキラから電話があったんだっけ」

 改めて見ると、着信があったのは朝の十時だったらしい。留守電メッセージが吹き込まれていたので再生する。

「サトシ........ごめん。会社潰しちゃったよ........不渡りで........本当にごめん........また会社立て直したら、いっしょにやろうな」

 メッセージはそこで終わっていた。もう一度再生して聞き直すが、内容が変わる訳でもなく。

「........嘘だろ........」

 サトシはしばらく呆然とする。事の経緯を確認したくて、アキラに電話を掛けてみたが、話し中で、つながらない。しばらく待ってからもう一度。今度もだめだ。恐らく各方面からの問い合わせが殺到しているのだろう。三回目に挑戦しようとしたその瞬間、あろうことか、革張りのインテリアとステアリングホイールとその中央のエンブレムとダッシュボードとその中央のアナログ時計が、突然、消えた。


 もっと簡潔に言えば、乗っていた車が忽然と消えた。当然、サトシの体を支えていた、座り心地の良い革張りのシートも消え、彼は宙に放り出された。

「あいたたたた........」

 彼は車道に尻餅をつき、その勢いで背中の方へゴロンと転がってしまった。


「どういうことなんだよ........これは........」

 サトシは立ち上がって歩道へ避難し、動揺する気持ちを押さえ、つとめて冷静になろうとした。

「さっきのアキラからの着信履歴は、朝の十時だ。昨日の朝、アキラから仕事の話があったのも十時頃だ。起きたのが十時少し前」

 ブツブツと呟きながら、これまでの経緯を整理する。

「だよな。で、次に、リエをデートに誘ったのが、昨日のお昼過ぎ。急に帰ったのも、ついさっき、お昼過ぎだった」

 事の次第が分かるにつれ、冷や汗が出てきた。

「車を出現させたのは昨日の午後一時。今も午後一時。て言うことは、打ち出の小槌は、何でも出せるけど、二十四時間しか持たないってことか」

 慌てて財布の中身を確認すると、空っぽだった。レンタカーを借りるつもりで出現させた現金が入っていたはずなのに。

「くっそー大黒天め!オレを騙しやがって!何でも取り出せるとは聞いてたが、二十四時間しか持たないなんて、聞いてないぞ!」


 彼は、ふと、あることに気付き、慌てた。

「大変だ、計算通りだとすると、もうすぐ、スーツとワイシャツと革靴が消える。ワイシャツの下には何も着ていないから、上半身はハダカになる。パンツは自前だから残るだろう........まあ、最悪の事態は回避できるな」

 だがしかし、嫌な予感がした。

「待てよ、ネクタイも自前だから残る........いやいや、ハダカにネクタイって、それは困る!」




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