8話 訪
病院までは歩いて15分ほどだった。受付であの男の部屋を聞くと、7階の705号室であると分かったのですぐにエレベーターで向かった。
「そういえば君は一体何を聞くんだ?」
エレベーターの中で太一が聞いた。
「お気に入りの看護師とかだろ?」
奏也が手帳をぺらぺらと確認しながら割り込んできた。
「あぁ、昨日俺と会った後のことを何か覚えてないか聞きに行くんだ。でもあの人、気を失ったみたいにまるで動いてなかったからなぁ。あと奏也帰れ。」
7階に着くと部屋はすぐに見つかった。部屋の前にまで来るとさすがに少し緊張した。前日のことがまだ頭に残っていた志吹は躊躇していた。
「おい、早く開けろよ。」
太一がせかした。
「分かってるよ!」
分かってはいるが心の準備が出来ていなかった。再びドギマギしていると今度は奏也がツッコんだ。
「ビビっているなら僕が開けてあげようか?この左手で!」
「自分で開けれるわ!ってかなんで左手にこだわんだよ!お前右利きだろっ!」
「お箸は左手だよっ!」
「偶然だね。僕もお箸は左だよ。」
「だーー!うるさいっ!ほんとお前らはいっつも・・・・」
「あの~」
話を遮るように男の人の声が聞こえてきた。
「なにっ!!!」
志吹はつい強い口調でそう言い放った。
「ひぃ!!」
男は少し顔を引きつらせ、そう叫んだ。よく見るとその男は志吹の目的の人物だった。思いがけず出会った志吹はかなり焦った。あんなに会うのに勇気を必要としていた人物が目の前に突然現れたからである。
「あぁ!すいません!あ・・あのっ!昨日・・・!」
「分かってますよ。ささ、中に入って。」
その男は生野勝という男だった。歳は50歳手前というところだった。普段は木工所で働いているそうだ。前日の事件の時に会ったときのような黒黒しさは無く同一人物とは思えなかった。生野の顔には何か吹っ切れたような雰囲気がにじみ出ていた。生野は部屋に入ると志吹達に椅子を用意し、着席を促した。志吹達が恭しく座るのを見ると、ベッドに腰かけた。
「あの、おからだの調子はどうですか?」
志吹が聞いた。
「ええ、おかげさまでだいぶいい調子ですよ。本当にお世話になりました。」
生野はそう言うと深々と頭を下げた。
「い、いえ、そんな大したことじゃないですよ。」
志吹は照れ臭そうに答えた。
「おい、単刀直入に聞いちゃえよ。」
奏也が小声で志吹に促した。
「ばか、そんなにすぐに聞けるわけないだろっ。」
「どうされましたか?」
生野が不思議そうにそう聞いた。
「私志吹君の同級生の城石奏也と言います!昨日の志吹君に会ったことは覚えてますか!!」
奏也は身を乗り出し、そう尋ねた。急に失礼だ、と志吹は思ったが話を切り出してくれてよかったとも思った。
「ああ、途中までしか覚えてないけどねぇ。確かあの時は事故のことでかなり沈んでたんだけど、志吹君に会ってから急に意識が遠のいて気がついたら病院にいたって感じかなぁ?」
生野が語る言葉を奏也はいつものように必死でメモに取っていた。太一は何か考え事をしているようだった。志吹はその合間に勝に尋ねた。
「あの、ラーメン屋で会った時に比べて随分元気になられたようなんですけど・・・」
「そうなんだよ。病院で目が覚めてから妙に気分がすっきりしてるんだよね。なんかあいつらのために頑張らないとなって・・・」
そう語る生野の目はどこか寂しそうだったが新たな決意もにじんでいた。Emotionというのは不思議なものだと志吹は思った。害でもあり利でもある。そういうものなのかもしれない。




