6話 目前
(何してんだよ。)
突然、重低音が志吹の頭の中に響いた。すると志吹の腕から何かが這い出してきた。
(な、なんだよこれぇ!)
それはあの腕のあざとよく似た、トカゲのような怪物だった。しかし、大きさはあのあざよりはるかに大きかった。
「な、なんだお前は!?」
黒いものは驚いたようにそう言い放ち、ひるんだ。
「お前に言う必要はない。」
その怪物はその問を一蹴し、黒いものを喰らった。
「うがぁぁぁ!!き、貴様ぁ!!・・・ただで済むと思うなよ!!!」
その後も間髪挟まず黒いものを喰らっていき完全に消滅した。志吹は目を丸くし、震えながら動けずにいた。何が起きたのか理解できず呆然としている。あの男は倒れ、怪物はまだ口をもごもごさせていた。まだ震えの止まらない志吹は怪物に向かい聞いた。
「おい・・怪物、さっきの・・さっきのは何なんだ!?なんで・・なんで俺だけに見えるんだ!?なんでお前は俺の中にいる!?」
怪物は口の中の物を飲み込み、口を開いた。
「あれはEmotionってんだ。人間の感情に巣くう化け物だ。あの男の心の闇につけこんだんだろう。なんでお前だけに見えて俺がお前の中にいるのかは知らない。」
怪物は全身に響き渡るような口調で答えた。
「Emotion・・・」
志吹はそうつぶやいた。
「俺はまだ眠いんじゃ。まだ(・・)寝かせてもらうでぇ。」
そう言ったかと思うと怪物の体はみるみるもといた志吹の腕へと吸い込まれるように帰っていく。
「待て怪物!まだ聞きたいことがあんだよ!」
と、吸い込まれていく怪物の尻尾を掴み引き留めた。
「き、貴様!何をしとるかぁ!俺は眠いんじゃぁ!」
怪物はそう言い目いっぱい抵抗した。志吹も対抗したが、だんだん力が入らなくなっていった。
「じゃあ、せめて・・お前の名前を・・!」
志吹はそう言って最後の力を振り絞った。
「・・・八森だ。覚えとけ。どちくしょうめぇ。」
と言い残すと志吹の腕の中へと完全に収まった。気が付くと昨日と同じように腕のあざのようにじっとしたまま動かなかった。さっきまで忘れていた寒さが一気に志吹のもとへ押し寄せ、現実世界へと戻ってきたような感覚だった。
「大丈夫ですか!・・・大丈夫ですか!」
少し離れた所から女性の声が聞こえた。暗がりに目を凝らしてみると。それは香名子だった。
「か、母さん!」
志吹は我に返り、大きな声で香名子に呼びかけた。その瞬間、香名子はビックリしたようにこちらの方を見た。
「あんた・・・いつからそこに・・?」
「え・・?ずっとここにいたけど・・?」
志吹は香名子の言っていることがよく理解できなかった。
「そんなことより人が倒れてるの!早く救急車を呼んで!」
よく見ると倒れているのはあの男だった。志吹は悴む手で119番通報をした。
「・・では今日はもうお帰り頂いて結構です。人命救助のご協力感謝します。」
警察官からの事情聴取を30分ほど受け、帰宅の許可をもらった。あれだけのことがあったのに時計はまだ11時15分を回ったところだった。あの時のことを思い出し疲れがどっと押し寄せた。
「あら、お疲れのようね。早くかえりましょ。」
志吹の疲れ具合を察し、香名子は声をかけた。
「うん、早く帰ろ。」
志吹は今日起きたことで頭がいっぱいで上の空の返事だった。