2話 違和感
志吹は近くのラーメン屋でバイトをしている。ラーメンが好きだったこともあるが、昼食代が浮くと思ったからだ。父の遺産や保険金があり、そこまで切羽詰まっているわけではないが、またいつ香名子の入退院の日々が始まるか分からない。その時のためにとできるだけ節約しておきたいのだ。
「志吹君!そろそろ休憩しようか。」
「はい。」
時計は既に2時15分を回っていたが、それはいつものことだった。
ラーメン屋の店主の崎本修司は30年以上ラーメン屋を続けている。その人当たりの良さから地元の人たちに愛され続けており、地域の人のたまり場のようになっている。いかがわしい漫画も大量にあり,店の座敷には麻雀が置かれ、子どもたちにとってはあまり健全ではない環境を30年のうちに作り出してしまったようだ。ただどこか懐かしさを感じさせる場所でもあり、志吹自身子どもの頃から通っており店長ともすっかり顔なじみで、お気に入りの場所でもある。父との思い出の中にはこの場所も含まれている。
「今日は何にする?」
「じゃあ、味噌ラーメンで。」
「はいよ。ちょっと待ってね。」
ラーメンはいつも店主が作る。志吹はラーメンが出来上がるのを眠たげに待っていた。そのときガラガラというドアを開ける音が聞こえてきた。
「まだやっているかい?」
1人の客が入ってきた。志吹は少しうとうとし、客に気づかなかった。
「いいですよ。」
店主が快活に答えた。
「志吹君、お客さんだよ。」
と肩をトンと触られた。
「あっ、はい。」
と慌ててお絞りと水を客に出そうと準備をした。
「お待たせしました。ご注文がお決まりにな・・・」
パリンッとグラスの割れる音が店内に響いた。
「あっ、すいません!すぐ片付けます!」
志吹はすぐに厨房へと戻っていった。志吹の心臓はまだドキドキしていた。
(い、いまのは今朝の黒いのと同じ・・・!)
志吹はそれが客から染み出しているのを見た。頭の整理がつかなかった。なぜあれがまた現れたのか、なぜ自分しか気づかないのかなど疑問が絶えなかった。何分経ったか分からないくらいその場で立ち尽くしていた。
「志吹君。片付け、片付け。」
店主の声で我に返った。
「は、はい。今行きます。」
志吹は自分に何が起きているのかよく分からなかった。
バイトが終わり、志吹は一旦家に向かった。あの客の黒い雰囲気は特に志吹に害を及ぼすことはなかった。ただ彼の黒い雰囲気は彼の暗い表情と見合ったものであるとは感じていた。確かに朝のテロのニュースも暗いニュースではあったが、それが黒いものと何の関係があるのかはよく分からなかった。




