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大団円ハッピーエンド企画 「私の勇者様」

作者: 山口みかん

 老女の膝に手をかざす少女から放たれた白い光が眩しく輝いている。


「こんなに眩しい治癒光を見たのは初めてだねぇ…… 評判通りだわ」

 驚きに目を丸くしている老女に少女はにっこりと微笑んだ。


「もうすぐですからね」

「ああ、どんどんと痛みが引いていくわ…… こんなに早いなんて…… 私の国の治癒師だと毎日施術しても一ヶ月はかかるって言われたのよ? それも、治療期間はずっと膝を添え木で固定したままにして動かしたら駄目だって言うし。なのにそこまでしても、若干の痛みは残るというお話しでね」

「そうなんですか? はい、終わりました」

 少女がそう言うと老女の膝を包んでいた光が消えた。


「たいしたものだわ、あちらでの一日分の治療時間より短い時間で終わるなんて…… もう動いても大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫ですよ」

 そう言われて老女はすっと立ち上がり部屋をぐるりと一周歩いた。


「凄いわ! 全然痛みが無いの。介添えや杖無しでは全く歩けなかったのに」

「良かったですね」

 老女のはしゃぎっぷりに思わず頬が緩む。


「でも、無理はなされないで下さいね。また同じ箇所を痛める可能性もありますよ?」

「ええ、気をつけるわ。でもまた痛くなったらここに来れば大丈夫ね」

「駄目ですよ、そのような事を言われては。それに隣国から来られるだけでも大変でしょう」

「ほほほ、冗談ですよ。でも、あなたみたいな若いのに超一流の治癒師もいて、魔王を倒した勇者様もいらっしゃるこの国が羨ましいわね。後は勇者様がシャルロッテ王女様と結婚なされたらこの国の次代も安泰ね」

「…………そう……ですね……」

 少女の僅かに沈んだ表情に、はしゃぐ老女は気付かないまま座ったり立ったりを繰り返していた。


「ああ、本当にすっかり良くなったわね、とても嬉しいわ。それじゃ、これ、とっておいて」

「……あ、はい」

 手渡されて、思わず受け取ってしまったそれを見ると、綺麗で大きな宝石の付いた指輪……


「…………え? これ、受け取れませんよ。お代はもう頂いてますよ?」

「受け取って頂戴。貴女への溢れる感謝をどうしても形にしたいの。老い先短い私の我が儘を満足させて助けると思ってどうか受け取って頂戴」

「………………」

 縋るような顔でそこまで言われてしまってはどうにも受け取らないわけにもいかない空気になってしまった。

「はい、ありがとうございます」


 そして老女はニコニコと微笑みながら待合室に待たせていた執事を伴い、少女の治療院を後にしていった。


「……超一流……か……」

 そう言って手のひらに意識を集中させると、先ほどよりも更に大きく強く輝く青白い光の球が現れる。

「今更出来たってなー」

 平生の治癒にここまでの力は正直必要ない。

 これだけの力が役に立つ局面と言えば……


 もう一年早くこの力に到達出来ていればなぁ…………


「……お兄ちゃん」


 魔王の脅威が世界を席巻し始めたのは今から一年ほど前。

 わずか一週間で小国とは言え二つの国が壊滅し、次はいよいよ我が国だという時、隣の家に住んでいる幼馴染みのお兄ちゃんに神の啓示が降りた。




 お兄ちゃんは幼い頃から剣術と魔法に精通し、国内でも早くから将来を嘱望される存在として知られていた。

 そんなお兄ちゃんは、ずっと間近で見続けてきた私にとって憧れの存在で、これが恋なのだと気付くのにも時間はかからなかった。

 私はお兄ちゃんと一緒に冒険が出来れば恋の成就に繋がると考え、自分もお兄ちゃんが学んだ冒険者アカデミーへと入学を決めた。

 そこで、戦闘に秀でたお兄ちゃんに必要とされるなら治癒能力だよね!ということで、難関とされる治癒師コースを選択。

 幸い私には治癒の適性があったらしく、五年コースで一般的に四級取得で将来安泰、三級で国選治癒師にもなれると言われるランクを上回る、我が国でも数名しか居ない二級の資格を得て、後は卒業後にお兄ちゃんの冒険に同行しながら好感度のついでに実践経験を積み、一級を取得すると同時に告白だ!と思っていた矢先、魔王が現れた。




 元々期待されていた上に神の啓示まで受けたお兄ちゃんは一気に勇者として祭り上げられた。

 そして、魔王討伐へ旅立つにあたって勇者を支える治癒パートナー選定の際、国の存亡の前には人選に特例など無く、むしろ国民から国を預かる王家の一員たる自らが勇者様と共に戦いの先頭に立って責任を果たすべきと、その時点で我が国唯一の一級治癒能力を持っていた王女様が名乗りを上げた。


 そして二級治癒師の私は最前線で魔族の侵攻を食い止めて戦う騎士団に同行する事となり、お兄ちゃんとは別行動になってしまった。

 こうして約一年もの間、お兄ちゃんが魔王を倒すまで血で血を洗うような激戦の最前線で治癒師として働き続けた私は、今では一級以上の力を持っている自負がある。

 それが先程の青白い治癒光……

 出来るようになったのは魔王討伐直後で、実践で使う機会は無く誰にも見せた事は無い。

 私以外では、勇者と共に戦い続けた王女様だけが持っているとされるこの力。


 でも、私は一級試験も受けてないけどね……

 一級を取得してしまうと宮廷治癒師として召し上げられてしまう。

 公的には二級の今ですら、最前線で治癒し続けた実績のある私を宮廷治癒師へという話があったくらいだ。

 それが一級ともなれば嫌も応も無くなってしまう。

 宮廷治癒師への就任…… それは将来、お兄ちゃんと王女様の夫婦生活を間近で見続けなくてはいけなくなるという事に他ならない。

 それ、なんて拷問?


 今朝、お兄ちゃんは王宮へと招かれた。

 きっとこれで王女様との婚約が決まるのだろう。

 魔王討伐最大の立役者…… 勇者であるお兄ちゃんと王女様の婚約……

 それは、今、全国民が一番望んでいるであろうニュース。

 いつそれが発表されるのかという話題を街で耳にしない日は無い。

 婚約が決まればもうお兄ちゃんは王宮住まいになるだろうし、これでお兄ちゃんともお別れかぁ……


「はぁ……」

「なんだ、大きなため息だな」

「仕方ないでしょ、お兄ちゃんとのお別れなんだから……」

「え? それは困ったな」

「でしょ? ………………は?」

 慌ててその声がした方にくるりと振り返ると、そこには入り口のドアを開けたまま、お兄ちゃんが立っていた。


「お兄ちゃん? なんでそこにいるの?」

「なんでって王宮から今帰って…… ん? ちょっと待て、それ、なんだ!」

「はい?」


 お兄ちゃんの目が、私の目の前に置いてある指輪へと釘付けになっていた。

「お前、結婚するのか!? だからお別れなのかっ! 相手は誰だ!? 近衛騎士団のジェームズか? それとも辺境守護隊のローランドか?」

「え? なに? なんなの?」

「お前、俺の為に治癒師になったんじゃ無いのか?」

 え? そうだけど、なんで知ってるの?


「くそっ! ちょっと目を離してる隙に…… あーっ、やっぱり魔王討伐は断るんだった!!」

「ま、待って、待って。何のこと?」

 お兄ちゃんが魔王討伐断っちゃ駄目でしょ!


「お兄ちゃんが魔王倒さなかったら世界が終わってたよ」

「大事なのは世界よりお前だろう、常識で考えて」

「嬉しいけど、どんな常識よ!」

「俺にとっての常識だ!」

「駄目でしょ!」

 どうしよう、お兄ちゃんが壊れた?


「くっそぉ、屋敷なんか要求してる場合じゃ無かった。まずお前を娶るのが先だっただろう! 俺は馬鹿か!!」

 お前を娶る? お前って誰? 話の流れ的にひょっとして私? 私なの!?


「待ってお兄ちゃん、確認したいんだけど」

「なんだ」

「お兄ちゃんは王女様と結婚するんじゃないの?」

「え、なんでシャルと? あいつ、近いうちにファンと婚約だぞ」

「えっと…… ファンって誰?」

「ああ、ファンってのは隣国のファーエル王子の事だ。魔王討伐で一緒に戦った仲間だよ」

「え? 魔王討伐ってお兄ちゃんと王女様だけで戦ったんじゃ無いの?」

「確かに旅を最後までずっと一緒に続けたのはシャル一人だけど、途中途中で協力してくれた奴らは何人も居たんだよ。ファンもその一人で、魔王城突入時に魔王側近部隊に一人で挑んで俺達の体力温存に露払いを買って出てくれた奴だ。その男気にシャルが惚れたんだよ」

 王女様は、その隣国の王子様と結婚するって事?


「それじゃ、今日お兄ちゃんが王宮に行ったのってなんで?」

「俺が魔王討伐に出ている間に街外れに作ってくれてた屋敷が完成したって事で、王様に権利書を貰いに行ってたんだよ」

「ええ? あの大邸宅ってお兄ちゃんのなの? 魔王で世界が大変な時に何やってるんだって皆で話してたのに。まぁ、大工頭領のリドおじさんは自粛ムードの中で報酬がバカ高い仕事が入ったって喜んでたけど」

「ああ、自粛ムードで殆ど仕事が無いから人手が豊富で短納期で出来たって話だったな。でも、今となっちゃ無用の長物になったけどな……」

「なんで無用…… あ、いけない、話がそれる。それで娶るってなに? 私?」

「お前以外の誰が居るんだ。お前が俺のために治癒師になるっておじさんから聞いて、喜んでお前がアカデミー卒業するのを待ってたのに余計なことをしてる間に他の男に取られるなんて…… それもこれも俺が屋敷に釣られたせいだな……」

「なんで屋敷?」

「お前、昔、大きな庭にプールがある白いお屋敷に住んでみたいって言ってただろ? だから、王様にそれくれたら魔王倒すって約束したんだ」

「はい?」

「魔王倒して、家貰って、お前と結婚してそこに住む事だけを励みに頑張ったのに……」

「…………」

 世界の危機に対してその扱いって。それを知ったら死んだ魔王もやりきれないと思うよ、多分……


「で、お前の相手は誰なんだ? ジェームズか? ローランドか? どっちもお前に気がある風だったから釘刺してたのに効果無かったのか」

「いや、どっちでもなくて……」

「まだ他にも居たのか…… くそっ、気付かなかった」

「あの、結婚なんて決まってないよ?」

「…………は? いや、でもその指輪」

「これ、さっき治療したおばあさんがすっごく喜んでくれて正規の報酬以外に置いていったんだよ」

「………………それじゃ…………お前」

「うん、お兄ちゃんの勘違い」

「………………はぁぁぁ~ 魔王の間にいた時よりきつかった……」

 お兄ちゃんは大きく息を吐いて床にへたり込んだ。

 魔王よりって、どんだけよ。


「それであの…… お兄ちゃんは私を娶ってくれる……んだよね?」

「ああ、もちろんだ」

 そう言ってお兄ちゃんはすくっと立ち上がって私の目の前に来ると、ひざまずいて私の手をとった。


「リーシャ、一生大事にする。俺の嫁になってくれるか?」

「はい、よろこんで。私をお兄ちゃんのお嫁さんにして下さい」



 それから一ヶ月後、王女様と隣国の王子様との婚約が正式に発表されました。

 勇者との結婚を期待していた国民は皆、その肩すかしなお話しに最初はぽかんとしていたけれど、隣国王子様の対魔王側近部隊戦の話が出回ると一気に歓迎ムードとなったのです。

 そして私はそのタイミングに合わせて一級治癒師の資格を取り、更に例の力を公開した事で特級資格が新たに作られる事になりました。

 一級資格は先の魔王大戦を経て新たに我が国で七名、世界全体で言えば十二名が取得できるまでになっていましたが、特級に届いたのは世界でも王女様と私のただ二人。

 このネームバリューを得て、ついに昨日、お兄ちゃんと私の婚約発表となりました。

 相次ぐビッグニュースに国民が沸き立ったのは言うまでもありません。

 お陰でうかつに外も出回れない。


「いつになったら落ち着くかなぁ」

「七十五日もすれば落ち着くんじゃないか?」

「えー、本当かなぁ? 根拠無いでしょ、それ」

「ま、そのうち落ち着くだろ。俺達の結婚式をシャル達の前にしたから、盛り上がりが再燃してもすぐあいつらへの祝賀ムードで有耶無耶になるだろうし」

「王子様の方が婿入りされるんだよね?」

「ああ、あいつは第三王子でシャルは一人娘だしな。話もスムーズだった」

「王子様とも友達になれるかな?」

 王女様とは先日お会いして、お友達になって下さいねって言われたし……


「ああ、あいつは良い奴だからな。すぐに仲良くなれるさ」

 ただの街娘の筈だった私が、勇者様なお兄ちゃんのお嫁になり、そして次期国王夫妻とお友達になる……

 子供の頃、全く予想していなかった素敵な未来が次々とやってくる。


「なんだ、じーっと見て」

「うん、お兄ちゃんを好きになって良かったなーって」

「そうか…… 俺もお前に好きになって貰えて良かったよ」

「ほんと?」

「ああ」


 お兄ちゃん、大好きだよっ!

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