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Clover Word's

作者: 突貫作業人

妹の誕生日が近いことに気がついた私は高校から帰ってきたばかりの妹に「プレゼントは何が欲しいかとたずねた。

まだまだ若輩とはいえ社会人だ。

プレゼントを買ってやれるだけの懐具合は十分にある。

すると妹は短く「小説」と答えた。

それはいい。若いうちは本をたくさん読むべきだ。

あまり本好きではない自分のことは棚に上げて喜ぶ。

無論、本の購入が妹のためになるからであり、安上がりだと喜んだのではない。

が、続けて発せられた言葉によってそれは粉々に砕かれた。

「小説書いてよ。ボーイ・ミーツ・ガールでハートフルなやつ」

おいちょっと待てふざけんな。無理だってマジで。

ハートフルボッコな気分で俺は、しかし渋々頷いた。


というわけで書いた小説を、せっかくなので投稿しました。

Side:A


 昼休みの中庭で私は思わず立ち上がった。

「神様姉様仏様ありがとうございます!!」

 私はスマホを両手で掴んで、まるで天への祈りのように頭の上にかかげた。

「レ、レナ? いきなりどしたの」

私の隣でお弁当を食べていた紗英が驚いたような目でこちらを見ていた。

「これ、これ見てよ!」

 興奮が冷めない私は紗英にスマホを見せる。

「本日限定でクロカルのライブチケットをプレゼントだって!」

 クロカルとはクローバーカルテットの略で、私が今一番ハマっているロックバンドのこと。

 ここ四ツ葉市出身の四人組で、一年前にメジャーデビュー。つい先週ついにメジャー初のオリジナルアルバムを発売。オリコン週間トップテンに入る快挙を成し遂げた、人気急上昇中のバンドだ。

私はインディーズ時代から時折ライブハウスに足を運んでいた。

だから「クロカルは私が育てた」的な気持ちも少しある。

 そのクロカルがデビュー一周年記念で本拠地であるこの街でライブをやるというのだ。

私は当然すぐにチケットを手に入れるためチケット選考に応募したんだけど。

結果は不当選。枕を涙で濡らした。

だからこのチケットプレゼントは私にとって声を出して立ち上がってしまうほど衝撃的なニュースだった。

でも何やら条件があるみたいで。

クロカルの公式ツイッターを紗英と二人で音読する。

『俺たちを育ててくれたこの街は幸運のクローバーによって包まれている。俺たちの今があるのもクローバーのおかげだ。だから今度は俺たちがみんなにクローバーの幸運を分けたい。今日中にライブハウス『カッセ』に四つ葉のクローバーを持ってきた先着二名にライブチケットをプレゼントしちゃうぜ』


      ※※※


 早退したい気持ちでいっぱいだったけど我慢して我慢して我慢して、放課後。

 私は紗英やみんなへのさよならの挨拶もそこそこに学校を飛び出した。

向かった先は高校近くの自然公園。その奥にある人の寄り付かない小高い丘。

そこは私の知りうる限りで最もクローバーが多く咲き誇る場所だった。

ぶっちゃけ女子高生がこんなところでしゃがみこんでいたらかなり怪しいと思う。

でも今の私には恥も外聞もない勢いがある。

絶対に。絶対に手に入れるんだ。天が与えてくれたこのチャンス、無駄にはしない。

そう意気込んでクローバー狩りを始めた。

……のだが、なかなか四つ葉のクローバーは見つからない。

これだけたくさんのクローバーがあるのだから絶対にどこかにあるはずなのに、見てど探せど三つ葉ばかり。

まだあっちのミツバはお料理の上に添えられるけど、こっちの三つ葉は何の役にも立たない。焦りとイライラだけが募る。

 少し離れた場所を探そうか、そう思って私が立ち上がったその時だった。

背後で草を踏みしめる音がした。

反射的に振り返ると、そこには私と同じくらいの年頃の男の子がいた。

 メガネをかけた、ひょろっとしていて髪の長い、女みたいな男だった。

「こんにちは。もしかしてキミも?」

 ゆっくりとこちらに歩み寄りながら、気弱な見た目に反してはっきりとした声でそう言った。

「もしかしてって、まさかアンタも?」

「うん……クロカルのライブチケット目当てでクローバーを探しに来たんだ」

 男は恥ずかしそうに笑った。

ほんわかぽわぽわした男。

なよなよしていないだけマシだったけど、私はこの男と同胞だからといって慣れ合う気はさらさらなかった。むしろ。

私はその辺に落ちていた木の枝で地面にずずずと一本線を引いた。

「ここから先は私のテリトリーよ。この中で見つけた四つ葉は私のもの。この線からそっちはあんたのテリトリー。お互いに干渉はしない。わかった?」

 一気にまくしたてるように言ってやった。

男はぽかんとした表情でこちらを見ている。

奴はライバルなのだ。いくら同じバンドのファンだからって協力したりしない。むしろ同じファンだからこそ敵対する。

今ここには、お手々繋いでゴールしなきゃいけない理由なんてどこにもない。

私が勝利するのだ。こいつではなく私が。

「絶対にアンタよりも先にあたしが四つ葉を見つけるんだから!」

 二十分後。

「どうしてアンタが先に見つけちゃうのよ!」

 私は泣き出したくなるのをぐっとこらえて線を挟んで立つ男を睨んでいた。

「ご、ごめんね」

「ごめんで済んだら世界は終わりよ!」

 よよよ、と泣き崩れたくなるけど、私は再びクローバーを探し始める。

プレゼント分のチケットは二枚あると書いてあった。ということは。

私も四つ葉を見つければ、まだ間に合うかもしれない。ううん、きっと間に合う。

そう信じて無数のクローバーとにらめっこする。でもそれも長くは続かなかった。

「アンタ、早く行きなさいよ!」

 四つ葉を見つけたはずなのに、男は私と同じようにクローバーをかきわけていた。

「もう一つ四つ葉が見つかったらね」

「欲張りね。チケット二枚とも手に入れて彼女でも誘うつもり?」

「違うよ。君の分だ」

 彼が口にしたその言葉はあまりに自然だった。疑いようのないほど当たり前のような響きがそこにはあった。

「……なにそれ。親切の押し売り? 余計なお世話ってやつよ。自分で見つけるから」

 正直嬉しい。彼は出会ったばかりの私のためにこうして残ってくれているのだ。

でも、と私は思った。

 彼は自分と同じくこんなところまでクローバーを探しにくるほどのファンなのだ。

だからこそ分かる。このチャンスは絶対に逃したくないもので、こんなところで時間を無駄にしている場合ではないのだ。

 だからあえて突き放そうと口を開く。

「可哀相だとか同情だとかいらないんだけど。っていうかキモい。ほら、どっかいって」

「ひどいなぁ。でも僕は僕のためにやってるんだよ」

「どういうこと?」

「もし君がチケットを取れず、僕だけが手に入れたとする。そうしたらライブの時も、あの子と一緒にちゃんと探せば良かったかなぁっていう後悔が邪魔して楽しめない気がするんだ。僕、後味悪いの嫌いなんだ」

 そう言って笑う彼に私はもう何も言えなかった。

結局。四つ葉がもう一つ見つかったのはそれから三十分後。また彼が見つけた。

 私が見つけたものといえば二つ葉のクローバーがひとつ。これはこれで珍しいけど、四つ葉との価値の差は雲泥だった。

でも何の成果もなかったっていうのは何となく負けた気がして悔しいので、これは記念と称してとっておくことにした。


      ※※※


 バスを降りてすぐに私と彼は走りだした。

繁華街はそろそろ夜の準備を始めている。目的のライブハウスは暗い路地に入ったところにある。二人でそろって中へ入る。

 もし。もしチケットが一枚しか残っていなかったら。

私は迷わず素直に彼に譲ろうと考えていた。きっと彼も私にくれるというだろうけど、そっちは譲りたくない。

そして結果は。

「残念だったね」

 意識することなく並んで歩く帰り道。

彼の横顔にかげりはない。

一方で私はかなり落ち込んだ顔をしていることだろう。チケットをゲットできなかったこともあるが、それ以上に自分のせいで彼までチケットを逃してしまったのではないかと考え、申し訳無さでいっぱいだった。

そんな私の様子を気遣ったのか、

「気にしないでよ。店員さんが言ってたけど、もう何時間も前に二人揃って四つ葉を持ってきた人たちがいたって。どっちみちあの時間から探し始めても間に合わなかったんだ」

 そんなこと言ってたっけ? その時の私はチケットがないことに呆然となって店を出てからしばらく何も覚えていない。

 クロカルのツイッターをチェックすると、確かにプレゼント終了の告知がずっと前にツイートされていた。

「ありがとう」

 私は色々なありがとうを込めて彼にそう言った。

「あと、ごめんなさい。あんなこと言っちゃって。どうしても欲しくて必死だったの」

「いいよ、気にしてないから。それよりせっかくだしクロカルについてちょっと話したいんだけど」

 そう言った彼の目は幼い子供のようにきらきら輝いていた。

拒む理由はない。ファン談話に花を咲かせたいという思いはこっちもおなじだった。



       ※※※


 翌日。

登校中私はずっと彼の姿を探していた。

別れ際に名前と学校を聞いたら何と同じ学校の別のクラスにいるとのことだった。

最近こっちに引っ越してきて転入してきたらしく、どおりで見かけない顔だったわけだ。

昨日はあの後、ファミレスで食事をしながらクロカルについて語って、それでも足りなくなってカラオケで三時間歌い通した。

クロカルについてとりあえず話したいことは昨日十分話した。

けれど今の私にはどうしても伝えたいことがあった。

 運良く昇降口で彼の姿を見つけた。

声をかけ、挨拶もそこそこに人目のつかない校舎のはずれに彼を連れて行く。

 そうしてようやく落ち着いて話ができるようになったところで私と彼は声を揃えて。

「あの、ライブチケットあげるっ!」

 同時に差し出した手には同じチケットが握られていた。私と彼は顔を見合わせて目を白黒させて、それから微笑んだ。

どうして彼がチケットを持っているのか。それよりもまず自分が持っている理由を話すべきか。いろいろ迷ったが、まず言うべきことは一つだと気づいた。

「良かったら一緒に……行く?」

「せっかくだしね。よろしくお願いします」

 春の風が吹く。

 私はチケットをきゅっと握りしめた。







SIDE:B


 それはちょっとした気まぐれだった。

すでに日課となった犬の散歩。

城島秀哉(きじましゅうや)がその散歩コースを普段よりも長くとったのは、心地よい春風に背中を押されたからだろうか。

大学進学を機にこの街に越してきて早一年ちょっと。

 最近、両親が仕事の関係で海外に行ったため、家に残っていた弟が越してきたが、それほど生活に大きな変化があるわけでもなく。講義の合間に犬の散歩をする分には何の影響もない。

 霞空を眺めながらぼんやりと歩いていくと、視界にそれよりも濃い青が映った。

川だ、と思った瞬間、口元が和らいだ。

水を目にすると心が安らぐのは、元をただせば海から生まれた命の性かもしれない。

彼方にはビル群がそびえ立っているが、そこでの喧騒も無限雑踏もここには届かない。

青々しく茂る桜並木と河川敷。

住宅街のはずれにあるありふれたな景色だったが、秀哉はここが結構好きだった。

「おっと」

 不意にくんっ、とリードが張った。

見ると、我が愛犬が尻尾を振って歩みを急かしている。秀哉は引っ張られるようにして散歩道から広々とした河川敷へと降りていく。

この辺は近所に住む人たちの憩いの場になっており、そこかしこでランニングしたりスポーツをしたりといった風景が見れた。

川の流れは穏やかだ。太陽に照らされて煌めく水面に目を細める。

だから彼女の存在に気づいたのは、かがんだ背中のほんの十メートルほど手前まで迫った時だった。

その白いブレザーには見覚えがある。近隣の高校の制服だ。その白と長く艶やかな黒髪とのコントラストの美しさは、まだ見ぬ少女の容貌を期待させるに十分足り得た。

 しばし足を止め見ていると、少女はなにかを真剣に探しているようだった。

落し物だろうか――と考え、その線が薄いことに気がつく。彼女の足元に広がるのは白と緑のじゅうたん。

シロツメクサ。あるいはクローバー。シロツメクサの背は低い。よほど小さなものでなければあそこまで腰を落とさずとも目視できるだろう。となれば残る可能性は。

あと数歩の距離まで近づくが少女は微動だにしない。わざと足音が聞こえるように歩いてきたのだが、これは少々意外だった。

「こんにちは。いい天気ですね」

 だから声をかけてみた。

すると少女は振り返ろうともせずに。

「通報しますよ」

澄んだ声。斬新な返しだった。

だがこれで遠慮はいらなくなった。

「四つ葉のクローバーを探しているのか? それとも落し物? 意外性をついて地面とキスしようとしていたとか?」

「私がそんな異常性癖者に見えますか?」

「いや、見えない。だって君がこっちを向いてくれないから顔も分からないよ」

「変わったナンパのやり方ですね。こういうアプローチは初めてでちょっと新鮮だわ」

 そこでようやく彼女はこちらを向いてくれた。黒髪がさらりと流れる。

秀哉は息を呑んだ。そして愛犬が目の前で粗相を始めた。それも片足をあげて射撃体勢を取っていない。おもらしだった。

「あらあら。私が綺麗すぎて、思わず嬉ションしてしまったのね?」

ああ、なんて残念な娘なんだ。

嬉ションて。なかなか出てこないぞそれ。

 だが性根が悪いわけではないらしく、小便を出しきった犬を撫でてみせた。

「このワンちゃん、名前はなんていうの?」

「ゾーイ」

「さぁワンちゃん、改名しましょうか。私が一緒に考えてあげるわ」

「おいなんだそれちょっと待て。強さとかっよさを併せ持ついい名前だろうが」

「この子はオスなの?」

「メス」

「やっぱり変えるべきね」

 なぜ三日三晩考えぬいてつけた名前を出会ったばかりの女に改名要求されなくてはならないのか。しかしそれほど自分はネーミングセンスに欠けているのかと少し落ち込む。

「それよりお嬢さん、今日はサボりですか?」

 陽はまだ高い。普通この時間は学校がある。

「創立記念日で休みなの」

「そうなのか。じゃあその姿は?」

「変装。従姉妹に借りたの」

「なんのために」

「ここへはお忍びできているの。だから私を探す人たちに見つからないようにね」

 この時点で彼女を真面目に相手にする気は失せていた。秀哉の中にはちょっと変わった面白い人間と暇つぶしに話をしたいという欲求だけが残った。

「ここで何をしているんだ?」

「貴方の言ったとおりよ。四つ葉のクローバーを探しているの。ここにならありそうだから」

「四つ葉が発生する確率はだいたい十万分の一。でも発生しやすい場所というのは存在する。人の足によって踏まれやすい所と水辺の側だ。確かに適しているな」

「でしょう? さっき言った制服を貸してくれた従姉妹が好きなロックバンドがあるんだけど、彼らが四つ葉のクローバーと引き換えにチケットをくれるキャンペーンをやっているのよ。だから制服のお礼になるかなって」

「へぇ。面白いことするな。なんてバンド?」

「Clover Quartet」

「ああ、俺の弟もそれのファンだ。チケット当選しなくて超嘆いてた」

「従姉妹もそうだったみたいなの」

「そうなのか。だったら……俺も探そうかな。いいか?」

「ええ。でもゾーイを帰してあげたほうがいいわ。すぐに見つかるかわからないもの」


       ※※※


 秀哉はゾーイを家に置くと、コンビニで二人分の飲み物を買って河川敷に戻った。

少女はさっきとあまり変わらないところで黙々とクローバーをかき分けていた。

「ほら」

 秀哉はスポーツドリンクを少女に渡した。

「ありがとうございます。じゃあ向こうの橋の下で探しててください。それ以上は近寄らないで」

「ひどい」

「冗談ですよ。そう拗ねないで。ちゃんと相手をしてあげるわ。そうね、黙々と作業するのにも飽きてきたし、質問をしようかしら」

「クルッポゥ!」

「私、佐倉桜には四人の花婿候補となる男性がいます。あららぎさん、竹中さん、菊池さん、梅宮さんの四人です。私はいったいこの中の誰と結婚すれば幸せになれるでしょうか?」

「クルッポゥハリケーン!」

「彼らは全員、貴方より家柄が良く、貴方より頭脳明晰で、貴方よりお金持ちで、貴方よりイケメンで、貴方より紳士な方々です」

「クルッポゥタイフーン!」

「そう難しく考えなくていいわ。言ったでしょう、質問だと。明確な答えはありません。想像力を見せてほしいのよ」

「クルッポゥサイクロン!」

「では始め」

「……俺は普通、その中の誰と結婚しても人並みに幸せになれると思うぞ。でもお前が幸せになれるかというと無理だと思う。

「なぜそう思いましたか?」

「お前が言った四人の苗字にはそれぞれ蘭、竹、菊、梅といった植物が隠れている。この四つは草木の中の君子という意味で『四君子』って呼ばれてる。それぞれが季節に対応していて蘭が春、竹が夏、菊が秋、梅が冬だ。そしてお前の名前が桜。春の花だ」

「だったら同じ春の花である蘭さんと仲良くなれるのではないかしら」

「いいや。蘭にはずい柱という雄しべと雌しべが合体した構造になっているんだ。つまり最初から女付き、あるいは女好き」

「では他は?」

「面倒だからいろいろ省略するが、夏は桜にとって花としてではなく葉の瑞々しさを誇る季節だ。もちろんそれもいいが、桜にとって本意ではないだろう。つまり竹と一緒になるとお前は変わることを強制されてしまうというわけだ。それはちょっと可哀想だと思う。冬は暖かな春を待つばかりだ。むこうはお前に依存するが、優しくはないだろう。で、最後に菊だが。こいつは友達としてならうまく付き合えるかもしれない。だが菊というのはそもそも女性の意味を強く持つ花だ。女性的な愛情という花言葉も持っている。まぁ要するにオカマだからやめておけってこと。で、一番の理由はそれぞれの草花の個性が強すぎるということだ。どれも魅力的で美しく、それ故に桜であるお前と共存するのは難しいんじゃないかと思った」

 本当に彼女が言ったとおり、難しく考えはしなかった。これらはただのこじつけだ。

もちろん与えられた情報が少ないので、なぞなぞでもない限り答えはなく、どうあがいてもこういった推論になる。

しかし彼女はどうやら秀哉の返答がお気に召したらしく、その大きな瞳をらんらんと輝かせる。そして秀哉の頭を撫でた。

「こうも見事なまでに当てずっぽうな論理を堂々と展開するその姿、滑稽を通り越して立派に見えますよ。すごいすごい」

「褒めたいのか貶めたいのかはっきりしろ」

「あらひどい。私はただ感心しているだけよ」

「ひどいのはどっちだか……」

「ああ、そうだ。佐倉桜というのは偽名です」

「知ってた。で、本名は?」

「人に名前を聞くときは――」

「城島秀哉です。以後お見知り置きを」

「これはどうもご丁寧に。春夏秋冬四季(ひととせしき)といいます。どうです? 覚えやすいでしょう」

「ああ、もうそれでいいよ」

 秀哉はうんざりした風に手を振った。だが内心では暖かなものが心の中に生まれた気がした。それが何なのか彼は知っている。

「あ」

 四季から視線を外した先にそれはあった。

「四つ葉だ」

「え、本当ですか?」

「ああ、ここに。ってことはこの近くにも」

「あった、ありましたよ秀哉さん。それも二つ同時に。さあさあ、早速行きましょうか」

 

       ※※※


 四季に連れられるまま辿り着いた場所は繁華街の路地裏にあるライブハウスだった。

 独特の雰囲気を醸し出す店内に入り、カウンターの店員に四季が先ほど見つけたクローバーを渡すと「おめでとう」という言葉と共に二枚のチケットが差し出された。

四季は胡散臭いとびきりの笑顔でお礼を言うとそれを受け取り、だが用事はそれだけといった足取りで店を出た。

後を追って外に出た秀哉に四季はもらったばかりのチケットを一枚手渡した。

「弟さん、喜んでくれるといいわね」

「そっちの従姉妹もな」

「ええ。きっとあの娘『神様姉様仏様』なんて言って私に感謝感激雨霰だわ」

「なぁ、お礼をさせてほしい」

「なぜ? だってクローバーは貴方自身が見つけたものでしょう?」

「いや、でもなぁ。このチケットのことを教えてもらわなかったらそもそもクローバーを探すこともなかったし。情報料だ」

「……お礼って何でもいいの?」

「まぁ、俺にできる範囲でなら」

「じゃあ付き合ってください」

 予想だにしない言葉だった。驚きつつも平静を装うようにつとめた。

 その言葉の意味を額面通りに受け取るのは簡単だった。だが返すのはとても難しく思えた。秀哉は情けない自分に呆れながら。

「……どこへ?」

 そう返した。彼女は落胆するだろうか。

しかし。

「幸せな未来まで」

「え?」

「立派な四君子が相手でも私は幸せな結婚ができない。私も貴方の言うとおりだと思う。だったら四君子以外の誰かだったら? たとえば貴方だったら? 私は幸せになれるかもしれません」

 冗談を言っているようには見えなかった。新しい可能性の発芽を慈しむような、自分でも何を言っているのか分からないが、彼女の眼差しの優しさはそういうものだった。

「それってものすごく大変なんじゃねぇの?」

「私は言質をとっています。貴方は言いましたね。『俺にできる範囲なら』と。できますよ貴方なら。いいえ、貴方にしかできない。貴方しかいない」

 またえらく気に入られたものだと、どこか遠いところで秀哉は思った。

「もう一度言います。付き合ってくれますか?」

 秀哉は目を閉じた。

思えば――彼女の後ろ姿を見つけた時点で全て手遅れだったのかもしれない。

自分はあの時、特に理由もなく、怪しまれるのを承知で声をかけたのだ。

つまり馬鹿馬鹿しい話だが、そういうこと。

「いいよ。どこまででも付き合ってやる」

「そうですか。それじゃあこれをあげます」

 彼女が差し出した手のひらには何の変哲もない三つ葉のクローバーがのっていた。

彼女は四つ葉も余っていたはずなのになぜ三つ葉なのか。考えてすぐに分かった。

 クローバー共通の花言葉は「幸運」「約束」「復讐」。

四つ葉の花言葉は「真実の愛」「わたしのものになって」。

そして三つ葉は。

「ねぇ、どうやら貴方を選べば私は幸せになれそうですよ」

「どうして?」

「だってほら、今、幸福だって思えますから」

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