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愛しい吾子 2

愛しい吾子1からの続きです。

 気が付けば寝室のベッドの上に上体だけ起こしてクッションにもたれかかる形で座っていた。

 いつどうやってここにきたのか覚えていないけれど、ゆったりとした寝衣に着替えているので恐らく侍女の誰かが連れてきてくれたのだろう。

 お医者様の話を聞いたのはまだ日が高いうちのことだったのに、寝室の窓から見える太陽ははずいぶんと低い位置にあった。

 無意識にやっと膨らみ始めた下腹部を撫でていた手に気付いて自嘲の笑みが浮かぶ。

 このままだと私は死ぬ確率が高いらしい。

 そう聞いても、つい数時間前まで生まれてもいないのに愛しくてならなかった存在をすぐに切り離せるかと訊かれれば、そうだとは言えない。

 どうするべきかと考えていると寝室の扉が開く音がしてそちらを見ると、夫の母方の叔母が目を吊り上げて私を睨んでいた。


 彼女は私がアンドロス……アンディに嫁ぐ際に猛反対した筆頭ともいえる人だった。

 アンディのお母様……私にとってはお姑の双子の妹で、由緒ある伯爵家に生まれ育ち、同じ伯爵家に嫁いでいる。

 お義母様とは大変に仲が良かったそうで、実家と同じくらい歴史ある家とは言え栄えてもない子爵家で、彼女から見れば大半は豊かと言えない辺境の荒地ばかりの領土しかない家に姉が嫁ぐと言った際も、怒髪天を突く勢いで怒って反対したという。

 さらにアンディが成人する前に流行り病でお義母様があっけなく亡くなった時にも、号泣してお舅に激怒して大変だったそうだ。

 だからお舅さんとは非常に仲が悪いのだが、愛する姉の忘れ形見で姉の面影があるアンディのことは、目に入れても痛くないというか、ともすれば自分の子よりも大事に大事に可愛がっている。

 アンディも母親代わりになにくれなく世話を焼いてくれた彼女を、多少の鬱陶しさを感じつつも大事に思っているらしく……要するに私にとってもこの子爵家にとっても色々な意味で微妙な立ち位置にいる存在だった。

 彼女の予定では自分が後見となり自分の薦める血筋が良く身分卑しからぬ良家のお嬢さんを愛する甥っ子に娶わせて、甥っ子の将来が少しでも安泰になるように取り計らうつもりだったらしい。

 そのための努力も怠らずに社交界を練り歩き資金に糸目も付けず、すでにいくつもの縁談を用意していたところにひょっこり現れた野良の泥棒猫が私だったというわけだ。

 彼女にしてみれば姉に続いてまたしてもか!という気持ちだったに違いない。

 彼女のやっかいな所は、純粋に愛情から行動を起こしているところだ。

 思い込みが強く少々協調力に欠け感情の揺れ幅が大きいが、非常に純粋で愛情深く行動力に溢れた人でもあり、決して私利私欲のためだけに動く悪人ではない。

 そういう人であるから私としても彼女が苦手なだけで嫌いなわけではないのだ。

 だからこそアンディと結婚してから5年の間、彼女の厳しい目に適うように必死に努力してきたし、最近では仲良くとは言えないまでも多少は静観してやろうというくらいまでには持ち込めていた。

 けれど彼女は今、アンディと結婚の挨拶に伺ったときよりもさらにきつい眼差しで私を睨んでいる。

「お前などさっさと死ねばいい」

 呪詛をかけられたのなら迷わずにかけているというかのように、殺意さえ感じる瞳で私を見つめながら呟く。

「疫病神……!!お前などに宿らなければ、あの子の子がそのような不具を背負うこともなかっただろうに!」

 その言葉は刃のように弱っていた私の心を切り裂いた。

 普段ならそんなものは馬鹿な言いがかりだと思えただろうが、心身ともに酷く疲れていた私には何も言い返すことができなかった。

「お前さえいなければ……」

「こな、いで……」

 じりじりと近づいてくる彼女の姿に怯えてとっさに下腹を守るように両手を宛がい、ベッドの上で後ずさる。

 体中がだるくて動けず、それが精一杯だった私はぎゅっと目を瞑った。

「――伯母様!」

 すぐ近くに彼女の気配を感じたその時、焦ったアンディの声と共に彼女の気配が退いた。

 恐る恐る目を開くと、アンディが強張った顔で彼女の腕を掴んでいる。

「アンディ、離しなさい!」

「伯母様、止めて下さい。彼女は病人です。お話は私が聞きますから……」

 ちらりと私に申し訳なさそうな視線を向けてから、わめく彼女を少し強引に押して部屋から出て行く。

 そのまま私はぎゅっと震える体を抱きしめて不安と恐怖を押さえ込んでいると、いつの間にかアンディが傍に戻ってきていてそっと私の体を抱き寄せた。

 その温かさと彼の匂いにようやく身体から力が抜けていく。

「アドナ、伯母様がすまなかった……」

「いいえ、きっと伯母様も混乱されていたの。私は大丈夫……貴方がいてくれるもの」

 ゆるゆるとおろしたままの髪を梳くように撫でてくれる彼の手に不安が薄らいでいく。

 しばらくそうして寄り添って軽い眠気さえ覚え始めた頃、アンディの手に力が篭って私を抱きしめた。

「アドナ………君を愛している。世界中の誰よりも、君のことが大事だよ」

 アンディはいつも言葉を惜しまず私に愛を示してくれる。

 だからいつものように囁かれる愛の言葉に、私もいつものように愛していると返そうと思っていたけれど、かすかな違和感に眉をひそめた。

 それと同時に彼がゆっくりと言葉を続けた。

「だから……こどもは諦めてくれないか」

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