幼児は庭師と戦う
アルテミシア・ミウ・ルグラン、4歳になりました。フルネームが判明したよ!
それから自分が淡いひよこ色の髪と紫紺色の瞳だってことも判明したよ!
魔素症のこどもに多いカラーリングらしい。遺伝要素ってどうなってるんだろう。
ちなみにミウ、というのはミドルネームじゃなくて貴族のお嬢さんに付けられる尊称らしいです。貴族の奥様になるとミシュになる。
男性の場合は未婚だとダール、既婚だとデュイ。
魔素症の限界と言われる5歳の壁も間近になってきましたが、私は今のところ多少病弱ではあれど元気に過ごしています。
なんで元気かって言えば理由は色々とあるんだけど、一番は自分の体以外のタンクが身近にあるってことに気付いたから。
話は遡れば私が2歳の誕生日を迎えてしばらくのこと。
じりじりとナメクジの歩みよりも遅い進捗と身体の痛みに耐えながら、私が自分の体内の光の道筋を整える作業にようやく慣れてきた頃に、初めてのお散歩というイベントがあった。
まぁ地下室からお庭に出たってだけなんだけど。
だけど一大イベントってくらいドキドキしたよ!
薄暗い地下室から外に出て、私は今生で初めて生まれたような気持ちになった。
うん、お母様のお腹の中から出てすぐに地下室だったから、ずっと暗い場所にいたしね……。
太陽の光が眩しい!クラクラするのは明暗順応中だからかなとか考えつつ、だっこされていたお母様の腕ですでに微妙に死にかけながらも、せっかくだからとお庭の柔らかい芝生に下ろしてもらったその瞬間、私の意識はブラックアウトした。お母様いわく棒が倒れるように地面に伸びたそうだ。
今思うと一瞬で意識が飛んで助かった。
そうじゃないとたぶん痛みとか衝撃とか防衛本能とかで、辺り一面ぶち壊す勢いで力を爆発させてたんじゃないだろうかと思うから。
お母様にお部屋に戻されて、意識を取り戻してからお医者さんがお母様に話していた内容をぼんやり聞いた所、無機物よりは有機物……芝生とか剥き出しの土とかね……の方が魔素の含有量が多いから、一気に取り込んじゃって許容量を越えて倒れたんじゃないかって話だった。
それ以来、神経質になったお母様は私を外に連れ出すことに否定的だったんだけど、私は半地下でずっと過ごすのは嫌だ!とそれはそれはごねた。
ここで生きていくと決めてから私はわりといい子でいようと心掛けてきたから、身体的な不都合を除けばあんまりわがままを言わない、けっこう育てやすい赤ちゃんだったと思うけど、その時は前世の精神年齢に対する自負もプライドも投げ捨てて、お外に行きたい!とごねた。
君子危うきに近寄らずと言うけれど、亀の歩みでも今までどうにかなってきたのだ。ぶっ倒れるとしても解決法が何かあるんじゃないかと足掻きたくなった。
かくして私はタイル張りの床に座って、芝生に手を触れる練習から始めた。亀の歩みも一歩から。
………うん、もどかしいけど、我ながら2年間で忍耐は鍛えられたと思うのよ。
初めはそれこそ何度もぶっ倒れた。倒れなくても疲労困憊だし、下手をすれば一面芝生をふっ飛ばしたりもしたね。庭師にはだいぶ迷惑をかけたと思う。素直にごめんなさい。
そうやって少しづつ自分以外の魔素と触れ合ううちに、3歳になる頃には自分と自分以外の魔素を遮断することが出来るようになった。
乳幼児から続けていた地道なトレーニングからも分かっていたけど、魔素は意思に寄り添いやすい。おまけに自分が生成した魔素とそれ以外の魔素は微妙に手触りというか、波長が違う事にも気付いた。だから強く入ってくるんじゃない!と思って押し返せば、私の中の魔素はその他の魔素を拒絶する。それが分かれば意識しないでもその状態を保てるようにひたすら訓練した。パーソナルスペースを築くように、自分に侵入しようとするものを深層意識まで染み込ませるように拒絶した。
慣れるまで押し出しすぎてまた何度も芝生や花が吹っ飛んだ。鎌を握りしめて歯ぎしりする庭師さんごめんなさい。
そしてさらに滑らかに魔素を巡らせることが出来てくると、自分の魔素と別の魔素が交じる感覚も覚えるようになった。自分の魔素を地面から湧き上がる魔素と混ぜて、変質させてゆっくりと押し込むように地面に流すと、草花がいきいきと輝いて生育が早まった。めくれ上がった芝生も元通りふさふさになった………所で止めておけば良かったのに、調子に乗って雑草も芝生もモッサモッサにしたりした。膝を付いて声もなかった庭師さんごめんなさい。
反省はしたけど体調によっては今も時々モッサモッサにする。ごめんなさい。
大地は広いだけあって、ちんまい私よりよほど許容量が大きい。それに気付いてから私は大地と自分を繋いで、その間をぐるぐると魔素を循環させるようにして、魔素の過不足を補うようになった。
代償に庭師さんとの戦いが日常的に勃発したけど、しょうがないと思ってもらうしかない。