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愛しい吾子 3

お母様パート最終回

 彼の残酷な願いを聞いたその時の私が考えたことといえば、ああやっぱりということと、どうしてということという相反するものだった。

「アドナ、君を失うなんて私には耐えられない」

 背中に回されて私を抱きしめる腕も肩口で吐露する声もかすかに震えていた。

 それは私にとってとても最低で最高な愛の告白だった。

 彼に私達の子どもを拒絶される絶望と、彼の狂気かと思うような私への強い愛情と執着に歓喜が胸の内に湧き上がる。

 その2つの感情ををゆっくりと胸の中で味わってから私は首を横に振った。

「――出来ないわ。私はもうこの子を愛しているの。私は死んだりしないし、この子も無事に産んでみせるわ。お願い、私とこの子を信じて……」

 ぎゅっと彼を抱きしめ返してからその両頬を両手で包み込むように触れて顔を上げてもらい、怯えたこどものような彼の瞳と見つめあう。

 苦しそうに顔をゆがめた彼に再び強く抱きしめられ、長く震える溜息を肩口に感じた。

「まだ私には私を納得させることが出来ない。だが……――とにかく、今日はもう休んで」

 こめかみに彼の唇のぬくもりを感じて彼の腕から解かれる。

 切なそうに微笑む彼に頷くと、少し冷めてしまったけれどと、彼がここに来るときに持ってきたのだろうコップを差し出した。

「これを飲んで気持ちを落ち着かせてゆっくりと眠って……後のことは、全部私がどうにかするから」

 再び頷いてコップを受け取ると、額にも唇を感じてから彼が立ち上がる。

「ありがとう……おやすみなさい」

 叔母様のことを含めまだ色々とやることがあるのだろうと、少しの寂しさを感じながらも心配しないでというように微笑んで見せた。

 名残惜しそうに私の頬と……膨らんできたお腹を撫でて、彼が部屋を去っていく。

 扉が閉まる音にゆっくりと一息ついてから、手にしたカップに唇を近づけて……不意に鼻をかすめた微かな匂いに

 カップを傾けようとしていた手が止まった。

 スッとする中にほんのりと苦いような独特の香りに私はよく覚えがあった。


 旅暮らしの一族では基本的に医者を頼りにすることは出来ない。

 だから急病人や怪我人を救うために、いずれ族長となる者は代々伝えられてきた薬学の知識を、旅の中で出会う様々な薬草に触れながら学ぶように教育される。

 そして病気や怪我とは別に、必要となる薬もある。

 私はこの香りを年上の一族の女性達から学んだ。

 私達の一族は旅芸人ながら春を(ひさ)ぐ商売を基本的に禁じていたけれど、旅暮らしの一族には奔放な者も多かった。

 基本的にはその結果がどうなろうと自己責任が取れるのであれば咎めはしないというのが暗黙のルール。

 根無し草の私達は、見も蓋もない言い方をすればどこの種であろうと胎であろうと関係がない。

 一族の女が産めば……もしくは一族の男が引き取れば、そのこどもは一族の子として皆で大事に育てられる。

 だが当然のことながらこどもを持てば、助け手はあれどこどもを育てるという義務や責任から逃れることは出来ないのだ。

 それを嫌う一族の姉たちに、小遣い稼ぎのようによく作っていた避妊薬……妊娠している女にとっては堕胎の子殺しの薬の香りだった。


 熱いものが目のふちから頬を伝って滑り落ちる。

「馬鹿ね……」

 震える声で縋るような目をしていた彼を思い出しながら呟く。

「馬鹿なお父様ね……?」

 ゆっくりと自分の腹を撫でながらそこに宿るわが子に語りかける。

 するとポコンと同意するようにその手に小さな衝撃が返ってきて、泣きながらも微かに笑い声がこぼれた。

「お母様がお父様を手放してあげるわけがないのにね……?」

 族長たる祖母がよく口にしていた言葉を思い出す。

 ――我ら一族の者は強欲だ、と。

 幼い頃はよく分からなかったこの言葉を、私は彼と出会って深く理解した。

 彼と共にあるために障害となるのであれば、慣れ親しんだ愛する一族さえも私は迷わずに切り捨てた。

 本当であれば彼の叔母でさえも、彼が心をさくことに嫉妬を覚える。

 ただ排除するよりは共存したほうがメリットがあるからこそ、私は自分を抑えられているだけだ。

 彼の心も体も彼を構成するすべては塵1つ残さず、未来永劫……たとえ私が彼よりもはやくこの世から消えても……私のものだ。

 私の体が消えたって、彼に絡めつかせた私の心は消えたりしない。

 そしてこの子を見るたびに私がいたことを彼は思い出す。

 決してそのためにこの子を愛しているわけではないけれど……彼の楔となることを期待していないわけでもない。

 だから悲しみはあっても私の胸を今満たしていくのは、縋るほど私に執着する彼への歓喜だった。


 私は静かにカップから香る匂いを楽しんでから、部屋においてある植木鉢に中身を全て捨てた。

 翌朝、何事もないように顔を合わせた彼は何も言わずに静かな瞳で私を見ていた。

 その夜からお腹の子を産み落とす前の晩まで、彼は私に寝る前のお茶を運ぶことを日課にしていた。

 私はいつもその香りだけを楽しんで、彼に気付かれないように飲まずに中身を処分した。


 ――私は、その香りが彼の愛だと知っていた。



お母様まさかのヤンデレ (((゜д゜lll)))ガクガクブルブル

お腹の中でちょっとしんみりしていた頃、外ではヤンデレ劇場でしたというチラ裏です。

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