表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢のような彼女の夢を

作者: アメモリ

 ――携帯のアラームが鳴っている。八時だ。

 俺は枕の下の携帯を引き抜き、アラームを止めた。

 「ふぅ……、なんか疲れてんな……」

 朝が気だるいのはいつものことだが、いつもより体が重い。頭も痛いし、熱でもあるんじゃないかと思って、引き出しから体温計を取り出す。

 「あ、そうだ、電池切れてるんだった……」

 ボタンを押しても反応しない。こういうのって、肝心なときに役に立たないんだよな……。仕方ない、帰りに薬局で新しいのを買おう。

 憂鬱な気持ちを晴らすため、カーテンを開け放った。

 ……どよーん。

 「……っち雨かよ」

 まったく、ついてないにも程がある。これじゃあ、いつものように自転車を全速力で疾走させるのは無理だろう。それなら、いつもより十分くらい長くかかる。つまり、時間があまりない。

 急いで着替えて、家を出た。玄関に片方だけ鍵をかける。制服の上からかっぱを着て、駐輪場まで急いで走り自転車に跨がった。

 雨の日はスリップ注意。あまり速くペダルを漕ぐのは危険だ。学校に間に合うギリギリのスピードでゆっくり漕ぎ続ける。これなら、あと三十分くらいはかかりそうだ。登校時のサイクリングは数少ない楽しみの一つだったのだが、スピードが一定だとさすがに退屈になる。

 雨が段々強くなってきた。まあでも、雨の中を走るのも、これはこれで良いかもしれない。体に雨が当たって気持ちが良い。ただ、少し寒いのが難点。

 ふと顔をあげると、前に突然人が現れた。

 「ちょっ、危ねぇ!」

 ……豪快に転んだ。とっさにハンドルを切ったのだが、バランスを崩してしまったようだ。ていうか、タイヤが滑った。だから雨の日はスリップ注意だと言ったのに。

 「ってーな……」

 はあ……、もう制服がびちょびちょだ。クリーニングに出すの面倒だな……。

 「あの……」

 後ろから声がした。さっきのは女の子だったみたいだ。俺は立ち上がって、後ろを振り向いた。

 ……うお、超可愛い。

 「……あ、えっと……、ご、ごめんなさい」

 駄目だ。緊張して声が出ない。なんで緊張してるんだよ。

 「えっ、やっぱり……、その、私が見えるの?」

 うん、可愛らしい声だ。あれ、今なんて言った?

 「見える? そりゃ……、見えるよ。いや……、まさか幽霊とかじゃないよね?」

 そうだ、「私が見えるの?」なんて聞くのは幽霊しかいないじゃないか。というか、まさに決まり文句。

 しかし、そんな俺の不安なんて知らない彼女は、

 「嬉しい!」

 ……いきなり抱きついてきた。もう……幽霊でも何でもいいや。なんか久しぶりに幸せな気分だ……。

 「その……、怪我とかはないか?」

 「うん、私は大丈夫。ごめんね、急に現れたりして」

 「いや……、いいよ、前を見てなかった俺のせいだし」

 「優しいのね。ああ……嬉しい」

 そのまま、彼女は泣き出した。嬉し泣きのようだ。何がそんなに嬉しいのだろう。

 「あなたの……、名前は?」

 「俺は、海人(かいと)だ」

 「海人……、会えて本当に嬉しい。私は、ユレリアよ」

 「ユレリアか……。うん、俺も……会えて嬉しいよ」

 そして、彼女はゆっくりと俺から離れ、

 「……!」

 俺にキスをした。……突然すぎて、思わず目を瞑ってしまった。な、何とも言えない気分だ。

 「ありがとう、海人」

 もう駄目だ。我慢できずに目を開けた。

 「……あれ?」

 彼女――ユレリアは目の前にいなかった。辺りを見回しても、どこにも姿はない。

 「まさか……、本当に幽霊だったりして……」

 まさか、な。俺は倒れていた自転車を起こし、跨がって、学校に向かって走り出した。もうとっくに遅刻だけれども。


 ――いつの間にか、雨は上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ