剣娘 ―chien nian―
大陸の東方にて帝国、昴が建国されて百五十年。
黄昏時が大河のゆるやかな流れを夜闇に飲み込もうとしている。その大河のほとりで、じっとたたずんで流れを眺める少女が一人。
長い黒髪が風になびくに任せて、大河を行き来する船を見つめている。白い衣を身にまとい、その腰には、剣。
「チェンニャン(剣娘)」
チェンニャンと呼ばれたその少女が声の方に振り向けば、そこには五人の者たち。
一人は若さに合わぬ白髪の女。女は黒の衣をまとい、腰には剣。鋭い眼差しをチェンニャン向けている。
残り四人は鎧を身にまとった屈強な男たち。
「探したわ、裏切り者め。死ね!」
白髪の女の声を受けて四人の男たちは飛び散りチェンニャンを囲むや、
「おおッ!」
大喝して、一斉に飛び掛った。
前から青竜刀、右からは棍棒に棘の生えた狼牙棒、左からは彎曲刀、背後からは槍。
かっ、とチェンニャンの目が見開かれるのと同時に、四つの得物が虚しく空を裂く。
「なにッ」
「上だ!」
チェンニャン、四つの得物が迫るその直前に高く跳躍してかわして。四人を宙から見下ろしている。
「小癪な!」
槍の男はその足めがけて穂先を突き上げるが。チェンニャン自ら足を伸ばすと、迫る槍の穂先の上に何事もないように乗って再び跳躍し、ひらりと宙を舞い。四人から遠く離れたところで着地をし。槍の男はうめく。
「靴底に鉄板をはめ込んでやがる!」
「このアマあ!」
狼牙棒の男が顔を真っ赤にして迫る。その得物がチェンニャンの顔面に迫る。しかしすんでのところでかわされると同時に血が舞って。男は、どお、と地に伏した。
チェンニャン、いつの間にか抜いた剣を片手に男の屍を見下ろす。
「ひるむな。三人一斉に攻めよ!」
青竜刀の男は叫び。再び三人は散り、囲み。三方向から青竜刀、彎曲刀、槍。三つの得物が襲い掛かる。
前からは青竜刀、それをひと睨みして前に駆け懐に飛び込み、左手で長柄を掴むとともに。青竜刀の男の股間目掛けて鉄板入りの靴底を蹴り出し、金的を食らわせた。
「お、おぉー!」
青竜刀の男はこの世のものならぬうめきを上げて、得物を捨ててのた打ち回る。
それにかまわず右後方より迫る彎曲刀をかわし、左後方より迫る槍をもかわしざまにその長柄を掴み、穂先を彎曲刀の男に向ければ。
そのまま穂先は胸板を、心臓を貫き。彎曲刀の男は槍に貫かれたまま、ばたりと倒れた。
「ひ、ひいい」
あらぬことで仲間を殺してしまった槍の男は口から心臓が飛び出すほどに驚き、隙を見せたところを剣が閃き、首を刎ねられた。
「ぐえ」
首が地に落ちるのと同時に断末魔の声がして。その方を見れば、白髪の女は倒れる青竜刀の男の脳天に剣を突き立てていた。
「役立たずめらが」
その声は氷のように冷たい。
「モジェ(魔姐)。仲間を……」
「そうよ。役立たずは、死ね」
「そして、裏切り者も、死ね」
「そうよ、チェンニャン。――死ね!」
モジェは高く跳躍し、宙返りをし宙で逆立ちする格好になって剣を下に突き出し。
チェンニャンすかさず剣を上に向ければ、ふたつの剣先は突き合わさり。その勢い強く、チェンニャンはたまらず圧されて足を前後平らになるまで広げて腰を地に着けた。
このままチェンニャンの剣を砕いて脳天を貫いてやると意気込むが。咄嗟の閃き。チェンニャン圧される剣を手放せば、すっと力が抜けて圧すモジェはたまらず体勢を崩した。
「あっ」
モジェは叫んで、地に落下し。
チェンニャン咄嗟に体勢を立て直すとともに剣を閃かせれば。
赤い花が咲き開くがごとく、血が舞い。
どお、とその身体は地に叩きつけられて。
落下したモジェはもの言わぬ屍と化し。うつろな目で、陽の沈んだ夜空を見上げている。
その様を見て、チェンニャンは剣を鞘におさめて、静かに目を閉じて、手を合わせて。
それから、五つの屍に背を向けて、どこへともなく歩き出し。
夜闇の中へと、消えていった。