セカイノハザマ風刺曲
カナタ「何かがおかしい」
少年はそう呟くが、何がおかしいのかが分からない。
右を見ると、そこには見た目とそぐわないニコニコの笑顔を浮かべた金髪美女ルーナ、膝まである長い黒髪少女ミサト、右サイドで髪を束ねた茶髪眼帯少女チドリ、ツインテールのチビっ娘金髪少女スミレ、オデコがきらりと輝くウェーブの金髪少女ルネィス、レイヤーを刻んだセミロングの眼鏡茶髪美女シズカ、ツイストのかかった縦ロール金髪少女ドミノが、それぞれの輪を作ってソファに座っている。
左を見ると、上は短く襟足だけが異様に長い金髪少年アキラ、天然パーマの目立つ長髪のオレンジ髪少年ユーサク、肩まである長い髪を黒いアッシュ混じりの赤に染めた長身少年タクミが、それぞれ不機嫌そうな面持ちで壁際に立ち尽くしている。
何が問題かと問われるとまず真っ先に、マンションのリビングにこれだけの人数が集まってるのが問題な気がする。
アキラ「……もう、何だ、これは?」
ユーサク「よう分からへんけど、またどっかの神様が後先考えない企画でも立てたんとちゃうか?」
タクミ「……アンタは誰だ?」
ミサト「カナタさん、ジュースが足りそうもないので補充お願いします」
スミレ「カナタ〜! お菓子もやばめ〜!」
ルネィス「え、えぇっと、そ、その……」
シズカ「にゃははは〜。これだけ集まるとパーティみたいで楽しいわね〜」
ドミノ「何やらぁ、ふきだしの横に名前があるのがぁ、非常に気になりますねぇ」
チドリ「それに、今、違和感が分かりました。時刻が書いてないんですよ。時間軸的に今はいつなんでしょうね」
カナタ「いやいや、もっと色々とツッコむべき箇所はあると思うぞ、癸」
軽い抗議の声を漏らしながら、カナタは注文されたジュースのペットボトル数本とお菓子の袋多数をリビングの真ん中のテーブルに置く。すかさず全ての包みをパーティ開き(袋の背を豪快に開ける方法。中身が飛び散る場合があるので細心の注意が必要)にするルーナ。
ルーナ「何でもいいじゃん、楽しそうだからヨシ!」
カナタ「気のせいか、お前の姿を二年ぶりくらいに見た気がする」
アキラ「一緒に住んでるじゃねぇか」
ハァ、と呆れ気味にため息を吐き、アキラはチラリとルネィスに視線を移す。その視線に気付いたのか、ルネィスは萎縮した様に肩を縮こまらせた。
タクミ「何だよオマエ、あれは手を出しちゃマズイんじゃねぇの?」
ケラケラと笑いながら、タクミはアキラの肩に腕を回す。そんなんじゃねぇ、とアキラは鬱陶しそうにその腕を払う。
カナタ「……それで、一体これは、どういう状況――」
カナタが核心を突こうとした瞬間、ピンポーン、と玄関のインターフォンが鳴った。その場に居た者達全員が、そちらに目を向ける。
カナタ「……嫌な予感がする」
アキラ「奇遇だな、俺もだ」
ピンポーン。もう一度鳴る。カナタはその場の全員に手で「行ってくる」のジェスチャーをし、玄関に向かった。
待つ事、大凡数分。カナタは妙な小包を持って戻ってきた。
とりあえず、疑問がすり替わったので、口にしてみる。
カナタ「……ナニコレ」
何故か片言で。
ルネィス「あ、そそ、それ、私が、おお送ったんです」
シズカ「ルネィスが? 何でまた……」
ルネィス「じじ、実はですね、す、少し、効力を、たた確かめたかったんです」
チドリ「効力……ですか」
ユーサク「何なんやの、それ? ていうかアンタ誰やねん」
カナタ「とりあえず、開けてみるぞ」
カナタは荷物をテーブルの上に置き、破ろうとして爪を立ててみたが、どんなマジックなのか紙製の包みは全く剥がれない。むっ、と意地になろうとしたカナタを止めたのはアキラだ。
アキラ「カナタ、それは素手じゃ開かないぞ」
カナタ「は? どういう事?」
アキラ「それ、術式で強化してるんだよ。聖ジョージの赤十字が右下の方にあるだろ? それを爪で少し削ってみろ」
カナタ「右下……あ、ホントだ。何かシールが貼ってある」
アキラ「多分、城塞の結界と同じ原理なんだろうな。紙の包みの下の荷物が紐でグチャグチャに括ってあると思うから、どの道カッターが必要になると思うぞ」
いまいち言ってる事は分からないが、カナタは言われた通りに赤い十字架のシールを爪で傷をつけてみた。すると、今度はどんな原理なのか、紙の包みが独りでに解けて……というか溶けて、塵となって虚空に掻き消えていった。これは見覚えがある。前にルネィスが追跡魔術を使ったのと同じ現象だった。
カナタは不思議で非現実的な光景に頭を痛めながら、棚からカッターを取り出して中の紐を切る。これもアキラが言った通り、素人目には子供がグチャグチャに巻いた様にしか見えなかったが、チドリとシズカが「なるほど」なんて意味深に呟いている辺り、やはり魔術的に意味のある結び方なのだろう。
カナタ「それより、中は何なんだ?」
ルネィス「え、えと、そそ、その……本、でです」
カナタ「本?」
カナタが訊ねると、ルネィスは小さく頷いた。中身を取り出してみると、確かに、本が入っていた。
ルネィス「ははい、その、そそ、それ、は、エノク書の一部のシステムをを、わた、私が写本したものです」
――室内温度が、確実に五度は低下した。包みから取り出した本は、ちゃちなビニール包装されたソフトカバーで、よく聖書なんかで見るものだ。が、それが魔道書と呼ばれる類の話ともなれば……カナタは、安全ピンの外れた手榴弾を素手で掴んでいるのとさして変わらない。
カナタ「……ストップ。ちょい、話を整理しよう。……エノク書って、何?」
ルネィス「よよ、預言書の一つです。えぇ、エノクというあアダムの六代目のじじ、人類が、ラジエルの書を手にした為に、みみ、みミカエルに天界にむか、迎えられたとされています。ラジエルの書、っというのは、よ、要するに、天界と物質界を繋ぐ通行証の様なものなんです。のの、後にエノク書と呼ばれる本です」
カナタ「……」
ルネィス「そ、そ、それは魔道書でではなく、て魔導書に分類されますが、よよよ、用途はよ『預言』です。じじ、時間軸の束縛にあぁあ抗ったもので、私の技術でも、軽く二五〇年前後くらいは見れるかと」
ルネィスによると、このエノク書の写本というのは、つまりこういう事らしい。
時間の概念が存在しない天界とリンクする事で、この本ならば簡単に『過去』や『未来』にアクセスし、時間軸を捻じ曲げて『現在』に自動筆記するというものらしい。
スミレ「質問があるんだけど」
ルネィス「は、はい?」
その説明がどうも納得いかないのか、スミレは挙手してルネィスに向き直る。ちなみに、相変わらずカナタはエノク書を持ったまま氷像の様に凍り付いている。
スミレ「どうも、設定が曖昧過ぎない? 未来にアクセスするって話だけど、それは『未来を観測した未来』って事か、『未来を観測しなかった未来』なのかで大きく分かれると思うんだけど。単世界解釈ならそれも分かるけど、多世界解釈ならその本を読んだ場合のあたし達と、その本を読まなかったあたし達じゃこれからの行動が変わるし、何より、もしあたし達がその本で未来を観測するって事はその未来がミクロまで縮小して消えて仕舞う。一方通行の時間という速度と、限定された未来の位置を同時に正確に把握するなんて事は出来ない筈だけど、そこんとこどうなの?」
ルネィス「え、えぇ、ぇえ? み、未来を観測……? 単世界解釈……? ミクロ……? 縮小……?」
スミレ「う〜ん、そうだな……要するに、同時進行のパラドックスにどう対処するのかって話なんだけど。
そうね、もしあたしがその本を読んで『明日、車に轢かれる』って未来が出たとするじゃない? するとあたしはそれを警戒して一日中家にこもって、その事故を回避する事で、未来が変わって仕舞う。一方でその本を読まなかったあたしは明日、用事で家を出て車に轢かれて本の通りになる。その本は並列世界を許容しているのか(多世界解釈)、それともどう足掻いても回避出来ない状況にさせられるのか(単世界解釈)って話よ」
ルネィス「同時……進行……? そ、その、科学側の理論はわわわ分からないですが、こ、この本は、そんなに難しい物じゃなな、いですよ?」
ミサト「難しい物じゃない、ですか。具体的にはどの様に?」
量子論に興味でもあるのか、ミサトが身を乗り出して訊ねた。
ルネィス「こ、この本は……たた、タイムカプセルと一緒なんです」
スミレ「タイムカプセル?」
ルネィス「は、はい、そうです」
まず先に、エノク書は予言書ではなく預言書であるというもの。この本の使い方は『未来を現実に持ってくる事』であり『未来通りの未来に導く事』ではない。この本の用途はあくまでタイムカプセルと同じであり、タイムマシンではないという事だ。
この本は未来を写すが、『未来が現実になる』事で初めて機能する。先程、スミレが言った『一方通行の時間』という言葉がまさにそれで、時間は刻一刻と現在から過去に流れている。逆に、未来は現在に流れている事になる。先程の例で言うと、『スミレは明日、車に轢かれる』という予言があったとして、スミレはこれを警戒して家にこもろうと決意する。すると先程の預言に『しかし、それを警戒したスミレは家にこもり、事故を回避する』と新たな預言がプログラムされるのだ。こうして預言は現在に繋がる。
スミレ「ふぅん。つまり、『射手座の貴方は今日は運が悪いので、注意して一日を過ごしましょう』っていう星占いみたいなものなのかしら?」
ルネィス「そそ、そうですね……ぅ、占いも『未来を予測する』訳でなく『未来を用心する』事が目的ですし、ここ、この本も同じです。そ、そもそも、この本は魔道書ではなく魔導書に過ぎませんし……」
カナタ「え。て事は……何か? この本はタロットカードみたいなもんで、安全ピンの外れた手榴弾じゃないの?」
ルネィス「は?」
カナタの意味不明な言葉に、ルネィスは首を傾げるばかりだった。
そうと分かれば早速、使ってみる事にする。
カナタ「さて、何を聞こうか」
カナタがそう考えた瞬間、本の白紙ページに、文字が浮かび上がってきた。
『聖夜前日、獣の数は14。二人の少年は獣と対峙する』
……クソッタレ、とカナタは内心で悪態吐く。押入れの奥の思い出したくない中学時代の落書きだらけの黒歴史ノートを発見した高校生の気分だ。なるほど、過去の出来事も写すというのはこういう事か。
ミサト「何ですかこれは?」
カナタ「後生だから、聞くな」
あからさまに表情を暗くするカナタ。もう何と言うか、本気で思い出したくない。小学校の卒業論文なんかを見返すと死にたくなってくる様に。
『聖夜、少年はある人物を守る為、戦う事を決意する。が、そのある人物は次の巻でちょい出して以来、一度も姿を現さない』
ルーナ「うん、何かな? この本、喧嘩売ってるのかな? ねぇ、燃やしていい?」
『予定は未定だが、そもそも出現する予定すらない』
ルーナ「何かムカつくんですけど!? ねぇ、本気で燃やしていい? 燃やしていい!?」
『翌月八日、少女は陰陽師と手を組んで鬼と対決。同月一四日、少年は少女を助けて微妙な性癖の方向性が発揮される。終わり』
スミレ「え、何で私達の扱いがこんなに酷いの!?」
ユーサク「この本、もっとそこら辺穿り返さんかいボケェ! ってか微妙な性癖って誰がやねん!」
『上記二名はとても影が薄く、これからも出現回数は著しく低いだろう。まぁでも、ルーナと比べて希望はあるからめげるな』
三人「ねぇ、この本燃やしていい!? ねぇ、ねぇぇぇぇええええええええ!?!?」
カナタ「少しは落ち着けお前ら」
『同月二五日、少女は魔術師と対峙する。設定が異常に密度あるくせに使えない役立たずな少年を守る為に』
タクミ「……カナタ、そこどけ。その本、燃やすから」
『ちなみにこの少年、翌月二〇日の戦いで、油断するあまり敗北するという大したベジータっぷりを見せる事になる。本当に使えない』
アキラ「落ち着けタクミ! ライターとスプレーで即席火炎放射はマジで危険だから良い子のみんなは決して真似すんなよ!」
『どうした。笑えよベジータ(アナゴボイス』
タクミ「クソッタレがぁぁぁああああああああ!!」
アキラ「うわ、何だこの本気で超化しそうな勢いは!?」
カナタ「……みんな脆すぎだろ。もっと落ち着けよ」
『ちなみに主人公は、何だかんだで美味しいトコだけを持っていっているマゾ野郎になりつつある』
ミサト「貴方もですか! お、落ち着いて下さい! 本のライフはもうゼロです!」
カナタ「は・な・せ!」
『ところで、この世界の男女比っておかしくないか?』
ドミノ「今更、という感じがしますねぇ……」
『神様はもっとアキラを出したいとか考えてる。実は全キャラ中一番お気に入りらしい』
アキラ「え? ちょ、待てお前ら、これは何かの陰謀だから少し冷静になって拳を下ろせいやしかしどうしてもって言うなら俺が主役になってやらんでもなぎゃぁぁぁああああ!」
『それにしてもこの小説は健全なネタばかりなので、もう少しToLOVEるっぽくいってもいいんじゃなかろうか?』
ミサト「読んでないくせに、何を偉そうに……」
『科学世界の重力管制は下着姿まで晒したと言うのに、お前らときたら……』
チドリ「激しく余計なお世話です、というか何かいきなり馴れ馴れしくなりましたね」
シズカ「にゃは、疲れたんじゃないのかしら?」
ドミノ「というかぁ、先程から全く預言してない件について追求したいですねぇ」
本は押し黙る。いや、押し黙るというか、沈黙する。三点リーダをコピペし続けたみたいな沈黙が流れる。
『……新たな季節が始まり、二ヶ月』
シズカ「お、何か預言っぽい書き出しが」
ミサト「新たな季節……新学期という事でしょうか」
ドミノ「先が気になるようなぁ、どうでもいいようなぁ……」
ルネィス「あ、新しい文字が浮かび上がってきましたよ」
『癸チドリは、意を決し時津カナタを遊びに誘う。そしてそれは成功する』
ミサト「――ふざっ、」
ガシィ! エノク書に文字が浮かび上がった瞬間、怪力を全力全開で発揮したミサトは、スクリューの如く大きく身体を捻り、
ミサト「けんなぁぁぁあああ!」
本を投げ捨てた。グァシャア! と凄まじい衝撃により窓ガラスが完膚なきまでに粉々に砕け散り、レーザー砲の如し勢いで宙を飛んでいった。
ルネィス「あ、ああ、わわ私の預言書がぁ!」
シズカ「にゃはぁ……う〜ん、やっぱ本来なら幽閉されてるあたしじゃ、何歩も大きくリードされるに決まってるかぁ」
ドミノ「って、下に人が居たら、大惨事ですよねぇ……」
チドリ「え、ええ!? せ、せめてもっと詳しい内容を! すぐに拾ってきます!」
シズカ「にゃにゃ!? まま、待った、ストップ、チドリちゃん! ここ最上階だから飛び降りようとすんのはまずいんじゃないカシラ!?」
ルネィス「わ、私の……預言書……」
うん、もう、何て言うか、カオス過ぎ。
バタバタと、木に引っかかった一冊の本が風に流され、地面に落ちる。そこは近くの私立公園であり、周囲に人の姿はない。
地面に落ちた本はある一ページを開く。それは、一番最初の白紙のページ。浮かび上がる文字は、注意書きの様だ。
内容は、以下の通り――。
『この風刺曲はフィクションであり、世界の狭間、及びセカイノハザマという小説とは関係ないんじゃないかなと思う今日この頃です』
要約すると、予定は未定という事である。お粗末。
この小説は、八割方、思いつきで出来ています。
この小説は、二割方、愛で出来ています。
ウソです。