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卒業

作者: 道半 風景

頭が痛い子になりたい

空は雲ひとつなく晴れてた。卒業式が終わって校庭にぱらぱらと人が流れてきた。そんな中俺は一人空をみていた。


「もう、卒業か………。気づけばあっと言う間だったな………」


そんな事をふと、思った。寂しい思いと達成感が混ざって何やらモヤモヤしてきた。桜の花弁が酷くウザく感じる。

俺は長い間、この学校に世話になった。思い巡ればば下らないことで先生達に色んな迷惑な事をしてしまったものだ。


「不要物持ち込み、修学旅行の一人行動、授業中の携帯、上げればキリがないな………」


でも、そんな下らない思い出がとても愛しく思えてしまうのは不思議だよな。今では遠く彼方の宝の思い出だ。

けど、卒業したという現実感はあまり湧かなかった。まだまだ、ずっとこれまで通りの学校生活が続いて行くような気がした。また、朝起きたら学ランを羽織って、希望ケ丘まで電車で来てそれからは上り下りの激しい坂道を汗水垂らして登校して、学校に到着してから友達と下らない話に花を咲かせる。受けても、解らない授業を聞いて、マズイ学食の飯を食って………そんな、毎日がまた続いて行く様な、そんな感じがした。


「よう………」


俺がぼんやりしていたら親友が隣から声をかけてきた。

こいつは明治に進学が決まっている。俺は2流大学なのに………マジ、でウザい奴だ。イケメンだし、彼女もいるしなウザさ倍増だ。マジ、爆発しろ。


「んだよ、リア充」


「あはは、もうリア充じゃないよ。さっき彼女と別れた」


親友は苦笑いをして頭をかきながら答えた。


「んでだよ、中々の美人だったじゃないか」


「進学する大学が違うんだよ。彼女も頑張って勉強したらしいけどね………」


そうか、明治は偏差値65超だもんな。まあ、しょうがねぇよな………マーチだしな。


「けど、別れる事はねぇんじゃねぇの?」


「うん、そお言ったんだけど『こんな、頭の悪い女なんか置いてって』だってさ。落ちたのがかなりショックだったんがろうな〜」


まさか、ヒステリーな女だったとはな。親友は遠い目をしていた。つい最近の事だったろうに………。まさか、もう諦めているのか?


「その子と一緒の大学に行こうと思ってるのを見透かされていたみたいだったよ。その言葉を言わせないようにすぐ行っちゃたよ」


「そうか………」


「だから、もうリア充じゃない。だから大学で新しい出会いを求めに行くんだ。出来ればサークルのお姉さん的キャラの人を彼女に欲しいな」


親友は空元気を出していた。卒業で憂鬱になってる所に彼女と別れたら空元気も出したくなるか………



春風がヌルくて不快な気分になった。

花粉が舞っていて目に染みる。この時期はこれだから嫌いなんだ。


「なあ、お前明治に進学して何になるんだ?」


ふと、思った。受験中は自分のことで頭がイッパイでそんな事も気にしてられなかった。

AOが取れなかったのは痛かったよな………。おかげで、センター試験勉強をしなくちゃならなくなっちまったからな。あの時はマジで俺の人生終わったって思ったぜ………。まあ、元から成績は良かったからなんとかなったけどな。自慢じゃないが元からセンター試験の勉強をしてたら俺だって明治クラスの大学には合格できたと思う。まあ、もう過ぎたことだけどな………


「法学部に合格したから………弁護士にでも成ろうかな?

まあ、成れても成らなくても本当はどっちでも良いんだけどね………。大学生活は遊んでおくろうと思うんだ」


サラッと言いやがった………。明治の法学部って言ったら今の総理大臣の出身学部じゃねえか………それなのに遊んで暮らす?

マジ、舐めてんのか?


「………それ、絶対にさっきの元カノの前で言うなよ。絶対に出刃包丁で切り刻まれるぞ………」


俺は思った事を言った。


「はあ………それはコッチのセリフだよ。竹田だってさ、本当は国公立行けるほどの学力あったじゃないか………それなのにラクなAOを選ぶなんてどうかしているよ。いいかい、AOってのはね………国公立やマーチクラスへ行けない生徒のためにある制度なんだよ。それなのにAOにするなんて………。竹田………今からでも遅くないから浪人しなよ。そうすれば東大だって、夢じゃないよ」


「嫌だ。浪人ってカッコ悪いじゃないか………」


確かに最初は親も先生達も俺の事を期待していた。けど、そんなの俺の柄じゃねぇんだよ。俺は楽して生きたい訳じゃない。ただずっと糸を張り続けている生活が嫌なんだ。絶対に何処かでガタが出てきちまう。なら、最初から糸を張らなければいい。そうやって生きていきたいんだ。

まあ、そのせいで親にも先生達にも見捨てられたんだけどな。今では親は弟を可愛がっている………。まあ、そんな家の中で浪人して勉強をするなんて嫌だってのもあるしな。それに、今の時代は大学の名前だけで受け入れてくれる会社なんでもうないんだ。別にレベルの高い大学を卒業しなくてもある程度の資格を取った方が就職率は高い………


「………ねえ、何か悪いことをしないかい?」


いきなり、親友がワケの分からないことを言い出した。


「なに、言ってんだ………お前?」

「だからさ………悪いことをしようよ。万引きとか窓ガラス割ったりとか………」


………お前は小学生か。なんで今更そんな子供っぽいことをするんだ?

ワケがわからん。それに、俺たちは一応大学に合格している身なんだぞ………そんな事をしたら合格が取り消しになっちまうだろうが………


「おまえ、正気か?」


「ああ、正気だよ。僕はさ今、彼女と別れたり、無事に卒業したり、仲のいい友達とこれから会えなくなると思うと何処か壊れてしまいそうなんだ。だから、気分をサイコーにハイにしたいんだ。サイコーにハイに成るには、やっぱり悪いことをだと思うんだ」


………ふん、そんなに言うんなら別に構わないか。俺は最悪、二流大学の合格が取り消しになるだけだ。それこそ、浪人して別の大学に来年受験すればいいしな。こいつは、明治の大学の合格が取り消しになってしまうわけだがそんな事は別にどうでもいい。


俺が困らなければいい。


「ふん、別にイイが………ドンナ悪いことをするつもりだ?」


俺の返事に親友は嬉しそうな顔をした。こいつも、自分の糸が受験で張り続けて心の何処かが壊れてしまったんだろう。


「うん、決まりだね。うーん、何をしようか?」


悪いことをか………。そうそう、思い浮かばないもんだな………


「そういえば………図書室の本返すの忘れっぱなしだったな………」


確か………源氏物語全集だっけか………受験に必要で借りっぱなしだったな。古典の活用形や単語覚えんの大変だったな。


「図書室………っそれだよ!」

「何がだ?」

「図書室の本を大量に借りパクしよう‼︎」


こりゃまた、トンデモナイ事を思いつくもんだな。受験の脳みそが変に親友の頭を活性化させているようだ。


「図書室の本を100冊ぐらい盗もう!」

「それが、何になるんだよ」

「青春の思い出さっ」


意味がわからん。でも、楽しそうだ。喜々とその話に耳を傾ける自分がいた。

親友の作戦は単純明快だった。でっかいカバンを持ってカバンに出来るだけ本を詰めてそのままトンズラ。うん、わかりやすくて俺好みだ。

俺たちは学校から近くの俺の家にカバンを置いて学校に戻った。でかいカバンは学校指定のカバンにした。

学校には卒業式が終わってもまだ沢山の生徒が残っている。大体の生徒は、先生との別れ話に花を咲かせていたり、卒業アルバムに先生や仲のいい生徒にメッセージを書いてもらったりしている生徒が多かった。俺たちは怪しまれないように片手にバックもう一つの片手にアルバムを持って学校に戻った。

俺たちは時間をズラして行動した。落ち合う場所は勿論図書室だ。親友は図書室を管理している先生を引き留める係だ。俺は図書室を卒業記念に見たいという純粋な生徒のフリをして図書室の鍵を貸してもらう係だ。

職員室の扉を開く。


「おう、竹田。どうした? 俺のサインでも欲しいのか?」


………やべ、俺のクラスの体育の担当の岡部だ。この、先生は暑苦しくて苦手なんだよな。まあ、いい先生ではあるのだけど………、稀に鬱陶しく感じる。


「ええ、記念に先生のサインくれませんか?」

「おう、俺のサインは貴重だぞ〜」

「マジすか? 何年後ぐらいに価値が出るんすか? できれば50万ぐらいが良いんですけど………」

「100万年後ぐらいかな?」

「俺、絶対に生きて無いじゃないですか………」


岡部は俺の卒業アルバムを受け取ると、ジャージの中に入っていたボールペンを取り出した。この先生の面白いところはボールペンがわけが分からないキャラクターの所だ。御当地キャラクターらしい。本人曰く、かなりの貴重品らしいのだが………正直どうでもいい。岡部が歴史に名を残す可能性があるのは多分、このくだらないキャラクター集めだろう……勝手にギネスでも載っときゃいいんだ。


「ほら、書いといてやったぞ!」

「ういっす。ありがとうございヤーっす」


俺はアルバムを受け取った。岡部のサインが書かれている。中々の達筆だ……顔に似合わない。習字でも習ってたのか?


「どうだ? 俺の字は上手いだろう。最近、通信講座で習った」

「へー、スゴイっすね〜。あの、先生、渡辺先生は居ませんか?図書室の鍵を借りたいんですけど………」


渡辺先生とは親友が足止めをしている図書室を管理している先生のことだ。


「うん、………おお、どうやらいないみたいだ。図書室で何をするんだ?」


俺は用意していた言い訳を言った。言い訳の内容は卒業の記念によく、通っていた図書室をもう一度しっかり目に焼き付けたい。と先生に言った。


「おお、そうか………じゃ、鍵を貸りといてやるよ。渡辺先生を見つけたら鍵のことを伝えといてくれ。」


そして、俺は図書室の鍵を上手く手に入れた。俺は岡部と別れてからスグに職員室を出て図書室に向かった。

図書室は本館の4階にある。因みに職員室は2階だ。ウチの学校の職員室は広くもなく狭くもない普通の図書室だ。図書室の本の内容はまずまずだ。1年に2回ぐらい新しい本が入荷する。その時、読みたい本を申請すると学校側が買ってくれることがある。………勿論、学校側の基準を満たせばだが。まあ、その基準はゆるくて官能小説、漫画、ラノベ以外の本なら大概は大丈夫なんだが。

図書室の前には誰もいなかった。俺は携帯を取り出して親友に無事に鍵を手に入れたとメールを送る。

しばらくしてから親友がやって来た。


「ごめん、適当に渡辺先生を追い払うのが苦労した……」

「別に構わないさ………それじゃ作業に取り掛かろうぜ」


俺は隣の図書準備室からドアを開けた。理由は正面から開けると誰か図書室を利用する人が勝手に入ってきてしまうからだ。勿論電気はつけない。電気が付いていない図書室も中々オツなものだ。


「けっ、結構雰囲気あるね」

「ああ、まず何から盗む? 手始めに赤本あたりに行くか?」

「うん、そうだね。赤本なら毎年受験生が借りパクしているはずだから20冊ぐらいならバレないと思うよ」


俺たちは入り口右手の棚に向かった。幸い図書室の本棚が壁になって。入り口からは俺たちの事を確認できない。

赤本のコーナーに着くと早速、適当な本をバックに詰め始めた。盗んでいる間はとても緊張した。遠くから聞こえる足音がとても怖く感じた。更に、図書室が暗いので原始的恐怖も感じられた。

俺たちは赤本から始まり、図鑑、海外語で書かれた本、辞書、小説、挙げ句の果てには持ち出し禁止の本まで盗んだ。正直、バックがかなり重くなった。少し罪悪感があるが、それは盗みをした達成感で埋め尽くされていた。

そして、俺たちは図書室から出てこれらの本を外に運び出そうとした。先ず中央階段はあまり使わない方がいいだろう。人に会う確率が高い。だから俺たちは非常階段を使うことにした。この非常階段は学校の校舎の一番端っこにあって図書室の目の前にある。そしてこの非常階段は使う者がほとんどいないのだ。この階段の踊り場は物置になってしまうぐらいだ。


「ねえ、この盗んだ本は一旦外の草むらに置いとこうよ」

「ああ、俺は先生に鍵を返してこなくちゃな……」

「うん、僕も渡辺先生にトイレに行くって言ったから……。じゃ、5時にそこの草むらで」

「おう、わかった」


俺たちは非常階段を出て真っ直ぐ学校の敷地を囲っているフェンスの穴が空いている部分に盗んだ本が入っているカバンを落ちて別れた。この間掛かった時間は10分ちょいだ。絶対に怪しまれないだろう。

俺は図書室の鍵を持って職員室に向かった。達成感で頭がいっばいだった。


「岡部先生、満足しました。ありがとうございます」

「ん………ああ、竹田か。うん、中々スッキリした顔になったな」

「えっ?

そうっスカ?まあ、気分は結構楽になりましたけどね」

「おう、大学生活頑張れよ。応援してるからな」


岡部は俺の肩を叩いて言った。少し、気恥ずかしい………スキンシップはあまり好きではないんだ。職員室の窓の夕焼けと富士山が目に映った。とても綺麗だった。


「綺麗………だな」

「ん………何か言ったか?」

「いや、何でもないですよ。鍵、ありがとうございました」


俺は夕焼けを背にして職員室から出た。もう、この職員室には2度と入ることはないのだろう。けど、悲しくはなかった。もう、ここに俺の居場所はないから………。俺は逃げるように下駄箱まで走り出した。


ボーン、ボーン


下駄箱の近くの振り子時計が5時の鐘を鳴らした。俺は急いで靴に履き替えてさっきの場所に向かった。


「すまん、遅れた」

「うん、別に構わないさ。そんなに待ってないし」


親友が盗んだ本が入っているカバンを持っていたので俺が代わりに持った。

親友はハヤシの中をしっかりとした足取りで向かっていた。何処か目的地があるみたいだった。


「何処、向かってんだ?」

「使われなくなった、焼却炉」

「なんで、そんな事を知ってるんだよ」

「前に、ここら辺を散歩していてね。ほら着いたよ」


良く言えば時間が止まっているような場所だった。悪く言えばボロボロで使えるかどうかわからない所だ。レンガでできていて、鉄板が錆びれていた。


「おい、こんなの使いもんになるのか?」

「さあ?取り敢えず2.3冊燃やしてからやってみる?」

「頼む、怖くて俺にはできねぇよ」


親友がカバンからライターを取り出した。その、焼却炉に本を数冊おいてから火種の本に火をつけて放り込んだ。しばらくしてから火がだんだん強くなっていった。黒い煙が俺の目の中に入ってきそうになった。………煙い。

遠くから見たら夕闇の中使われなくなった田畑の真ん中で小さな火が見えただろう。土の匂いと火の匂いが混ざってとても心地よかった。


「ねえ、竹田。やっぱりさ………浪人しなよ」


火を見ながら親友が言った


「………考えとくよ」


この時俺はどんな顔をしてたのかは覚えていない

「あのさ、出来れば法学部に来てくれないかな?実はさ野望があるんだよね………」

「また、面白そうな事だったらな………」


俺らはその後、何も喋らず本を燃やし続けた。この時の親友が言ったことは割愛させてもらうまた、青臭い事を書くのは恥ずかしいからな。


俺たちは卒業した。誰も彼も違う道を歩み始める時期だった。親友は政治家になった。俺は………内閣のトップになってしまった

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