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2-3 ふぁんたじー

 『魔術とは、人間の意志を精霊達との共感によって意図的に起こす現象である』


 その言葉を冒頭として、この古い本は魔法について語り出した。



 私は宿の書斎から引っ張り出してきたこの本を、食堂で食器を洗うギルさんの横で読み耽っていた。

 その日は泊まっている客もいなくて(中々人来ないのよー)、食堂も私とギルさんで独占している状態だった。


 ここが異世界と認識して、まず確認したのは文字だった。言葉は既に喋ることが出来てたわけだし、後の問題は文字の読み書きだよね。


 この世界には、色んな言葉があるみたいだけど、一番使われている(らしい)ハルトニス語は理解できているからホッとしてる。

 何故理解できるのか、自分でもよく分かんないけど、頭の中に辞書があるとでも思っておけばいいだろう。便利だし、あって損はない。異世界トリップの特典ってやつかもしれないねー。

 もしかしたら、神様なんて存在がいるというのもあるんじゃないだろうか。


 『超自然的なもの、外面的・物理的なもの、内面的・精神的なものなど、さまざまな事象を起こす。火然り、水然り。そこに際限はなく、我々の完全な理解が訪れることが無いであろうとても近しく、また遠い存在である』


 最初のページには、そんな感じの、魔法の詳しい解説みたいな挨拶みたいな、まぁそんな感じの文がズラッと並んでいて、正直よく分かんない。


 はいはい、あれでしょ? あれ。

 要はあれだよね。ふぁんたじーってやつ?

 もう異世界に飛んでる時点で十分驚いたから、もう驚かないよ。


 はい次ー、と読み飛ばしていくと、とうとうお待ちかね。

 魔法の使い方の説明だ。


 来た。

 来たねこれは。

 異世界来たら、やっぱりこういうのでしょ!

 目指せチート! ……とはいかなくても、ある程度はマスターしたい。飛鳥探しにいかなきゃならないし。


 私はよっしゃー、と勢い込んで文に目を通していく。



◇◆◇◆◇



 …………。


 目を通して、いった……ん、だけど…………。


「…………全然出来ない」


 本の説明にあった通りにやっても、何も出てこない。


「んー……。一応手順通り出来てるはずなんだけどなー……」


 魔法の手順は、


 まず体の中に魔力を取り入れる。

 人間(ヒューマン)を除いて全ての生物は生来から魔力を持っている。しかし魔力の無い人間(ヒューマン)は、空気中から取り入れる必要があるんだとか。


 だったら空気中の魔力そのまま使えばいいじゃん、とは思うが、そうもいかないみたい。

 魔力にも所謂『波長』ってのがあって、馴染まないと何の役にも立たない。だから、一度体内に取り込むことで体に魔力を馴染ませる必要があるんだとか。

 そしてこれを、魔術の世界では『順環』という。

 


 で、次に順環させた魔力を手の先とか一ヶ所になるべく多く集める。

 集中させた魔力は、分散し易いから注意が必要。ここで魔法陣とか物質を媒介にした魔術もあるが、それは専門を除いて使う人は少ない。


 そして、魔法の呪文を詠唱して……呪文の完成と同時に魔術が完成する。

 成功させるのに大切なのはイメージ。明確なイメージが魔力をちゃんと集中させる秘訣。


 イメージは出来てる筈。魔力とかそういうふぁんたじー色の強い物語とか読んだことあるから耐性は付いてる。


 やっぱり魔力なのか?

 そもそも魔力なんてどう取り込めと?

 いきなりそんなこと言われても、魔力なんて地球に無いから分からんよ。

 外国人が日本来て、ラーメンの啜り方がわかんないようなモンかね。


「魔力というのは眼では見えないから、初めは困惑するのも無理は無い」


 オオカミっぽい手で器用にグラスを磨いていくギルさん。毛とか食器に付かないのが不思議だよ。




「…………」




 その後も、もう一回、もう一回、と根気強く試したけど、一向に魔法が発動する気配なんて無かった。






 ……………………。






「ーーーあぁ、もうっ!!」


 何かちょっとイライラしてきた!

 波長って何!?

 大体手順とか何とか……面倒くさすぎるんだ色々と!!

 つか、もう魔力なんて取り込めなくてもいいよね面倒くさい!!


「お、おい、エミ。気持ちは分かるが少し……」


 ギルさんが何か喋ってるけど、ちょっと今の私はイライラしていて耳に入らない。


 手を目の前に出して、適当に火よ出ろーっ、とか念じてみた。


 ーーーボゥ、と。


 手の平の上で、明るい火が灯った。


「おぉ……っ!」


 突然だったものでちょっとびっくりしたけど、今まで反応が無かった手から火が出てきた。

 思ったより熱くない。ちょっとほんのり温かい感じ。


 出たっ! 出たよ私にも!


 何だよ案外簡単に出来んじゃん!


 うっはー、これで私も魔術師デビューだ!


「……エミ」


 絶賛有頂天中の私とは逆に、ギルさんの疲れ切った声が聞こえてきた。


「浮かれるのはいいが、少し説明してくれないか? どうやったら出来なかった魔術を行使できる?」


 厳しい表情を作るギルさん。摩訶不思議現象を前に珍しく神経質そうだ。


 実際、タネは何でもなく、


「魔力を取り込もうとしないで、単純に魔力掻き集めて、火出ろっ! て念じてみただけ」


 そもそも魔術師とか魔法とか馴染みのない、というより存在しない世界で生きてきた私には『魔力の想像』なんてできるわけない。



 だから、そういう手順とか丸々すっ飛ばしてみたらーーー



「大当たりだったみたい」

「普通は詠唱が必要な所を……というか、先ほどまで魔力の扱いすら出来ていなかっただろう」

「うん、だからやってない」

「……は?」


 珍しい、放心したような顔を見せるギルさん。


「だから、魔力を体に(、、、、、)取り込む(、、、、)段階を飛ばして(、、、、、、、)魔術を使ってみたんだ」


 全くの偶然だけど、成功したみたいで良かった。


「……どういうことだ? つまりエミは魔力持ちであり、人間族(ヒューマン)ではない? しかしこいつの容姿は明らかに……」


 思いの外深刻にそれを受け止めているギルさんが、一人自分の世界に入ってしまわれた。

 私は当事者だから、『異世界補正』だとか何となく理解できる。普通の魔術が理解できない私に配慮された優しい設定だ。


 ふと、ギルさんは思考から抜け、


「他の魔術は出来るのか?」

「出来るんじゃない?」


 そう答えて、試しに水とか電気とかを出してみる。火と同じで、これもイメージだけで簡単に出せた。


「……詠唱も無くイメージだけか。それでも発動できるということは、それだけエミの想像が長けている証拠でもあるのだろうな」


 えー、それってイコール妄想でしょ?

 なんだかあんま嬉しくない。


 ギルさんは腕を組み、難しそうに唸った。


「無詠唱魔術……近代ではまるで聞かないな。どちらにしろ、現代においてエミ一人の才能と言ってもいいだろう」


 そんなスゴい物だったみたいだけど、ギルさんからはあまり人前で使うなよ、とだけ言われて終了。私の魔力を吸わなくていい体質については無視するようだ。


 まぁ、分からん物は分からんでいいよね。

 スゴいんだかスゴくないんだかも、全然分からん。



◇◆◇◆◇

 


 

 地面を蹴り出すと同時に加速魔術(アクセル)をかけて、お兄さんが背中から抜き放った剣目掛けて飛び蹴りをした。


 間髪いれず、飛び蹴りした勢いのまま背中越しに蹴りを顔に入れる。


 おー、よく飛んだ。

 護身は出来るけど、喧嘩は素人だから動きは拙かった。けど強化を掛けた足だから面白いほど飛んでいった。


「おじさん、大丈夫?」

「あ、あぁ……ありがとう、エミちゃん」


 その隙に、後ろで尻餅をついているお医者のおじさんの為に魔力を弱め、腕を引っ張って助け起こした。危ないから早く避難してー、と言う私を心配そうに見たが、一度頷くと人だかりの方へ離れていった。



「……何しやがんだテメェ!!」



 その直後、私の背中に威圧的な声が叩きつけられる。見れば、蹴られた時に手放さなかった剣を手に私へ走ってきていた。


 完全に気が立ってるねー。

 例えじゃなくて、人を殺しそうなくらい怒ってるな。


 応戦する為に、その辺の魔力を掻き集めて周りを包んでみた。


「な……ッ!?」


 今まで感じたことのないであろう重圧に、驚きの声を上げる。

 波長って奴が合うのか、魔力を取り込まなくても魔術とかこんなことができる。


 普段薄かった物が一気に濃くなって、今お兄さんの周辺には結構な圧力が掛かってるはずだ。

 それでも膝と腰を曲げ、剣を地面に突き立てて耐えていた。結構強く力を掛けてるんだけど、頑丈だね。やっぱり冒険者みたいな職業なんだろうか。


 重圧に苦しげな様子の男を無視して、私は再び加速魔術(アクセル)


「ーーーーー!!」


 目の前まで一瞬で移動した私に目を見開きながらも、剣を握っていた右手を私の目の前で盾のように掲げた。


「ーーー『契約に従い 我に従え炎の精霊 揺らぎある喝采を上げ 溶かし貫き液なる者共を蒸散せしめよ』」


 苦しげながらも、はっきりと呪文と分かる詠唱が聞こえてくる。


 おー、魔法使えたんだね。

 そう言えば、ギルさんが魔力は誰でも持ってるって言ってたな。




「ーーーーー『(ヤン)花槍(ネクエハスタ)』!!」




 そして、詠唱を終えたであろうお兄さんが魔法の名を叫んでーーー


「ーーーッ、な……!?」


 突進する私と私の側を通り過ぎる槍を、驚きの表情で見つめていた。


 『焔花槍(フレィアランス)』って確か、中級魔術だっけ。

 本職の魔術師以外はほとんど覚えていないらしいから、この人中々優秀みたいだ。


 でも、私からしたらちょっと遅い。

 ていうか、詠唱が長過ぎる。敵のキメ技を待つのなんて特撮ヒーローだけだ。


 そもそも、加速の魔術を詠唱も使わずに使ってることに何で気づかないかな。

 バァカ、と内心べ〜ッて舌を出しながら、魔法を使えなかったショックからまだ立ち直れてないお兄さんにさっさと気絶してもらうために、拳を鳩尾に入れた。

 愛美の無詠唱体質について簡単に説明しますと、単純に教育の違いです。

 小学校や中学校の算数数学で出る図形とか計算とか、想像することが多いでしょう?

 異世界ではそういった高度な教育がなされていないというのが愛美と異世界人の違いです。


 本編で語ることがなさそうなので、ここに載せておきます。




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