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1-1 森を歩こう

◇◆◇◆◇



 飛鳥は頭に鈍痛を覚えながら、鉛のように重い体を起こした。


「ぅ、ぐ……つぅ」


 痛みに呻く。体の各所が全身打撲をしたように痛みを訴えた。骨折した時に似た、脱力感を伴う激痛。飛鳥は、しばらくこのまま転がっていたいとまで思った。

 それでも何とか起き上がると、視線を四方に巡らせた。

 不意に体を駆け抜けた清涼感。飛鳥を囲むように生えたそれら(、、、)が擦れて、乾いた音を立てた。

 

「……は?」


 飛鳥がいたのは先ほどまでいた住宅街ではなく、人が一人もいる気配の無い森だった。一瞬で変わった世界に茫然自失となる。脳の理解を圧倒的に超えていた。


「………」


 夢じゃないかと疑った。

 頬を抓り、仕舞いには殴った。

 結果、頬に鈍い痛みが残って損をした気分になる。

 そういえば、と地面に手を這わせれば、そこは先ほどまで自分が歩いていた固いコンクリートではなく、健康的な色をした芝生になっていた。

 軽く手に握った土が隙間から零れ落ち、それが夢ではないことを確信する。爪に入った土を飛鳥は呆然と見つめていた。

 

「な、何が、どうなって……」


 今までに無い未知の体験。櫻井飛鳥にとっての日常とは未知の宝庫だったが、これはその中でも飛び切り過ぎた。

 そもそも、現代の人間において瞬間移動を経験した人間などいる筈がなく、飛鳥が混乱するのは当たり前と言えるだろう。


 ……一体何故、どうして?



「ーーーーーー」


 

 疑問ばかりが浮かぶ飛鳥だが、ふとある結論に至った。

 疑問を紐解く過程を吹き飛ばし、一息で答えまで辿り着ける裏道。

 その手がかりは、飛鳥の私物であるノートパソコンだった。いや、正確にはその中身かもしれない。



 あるサイトに投稿されていたネット小説。多数の読者を抱えた人気作で、飛鳥も愛読している。現実離れした世界観なのに、主人公達が非道く現実的で好きなのだ。



 ーーー異世界に迷い込んだ主人公が、元の世界へ変える道を探す物語



 つまり、これはそういうこと(、、、、、、)なのかもしれない。目の前に広がる光景は一瞬で非現実的に見え、仮想(フィクション)現実(ノンフィクション)にすり替わる。


「ーーー異世、界?」


 終わり無き迷宮に入ったのだと、飛鳥は無意識に理解した。






◇◆◇◆◇





 体全体を何かに強く打ったのか、鈍い痛みを痛覚が訴える。

 鉛のように重い体を引きずるように、俺は自分が落ちた場所を後にした。


 愛美とはあの光を浴びた際に離れてしまった。

 恐らく、ここではないどこかにいるのだろう。そう思うと、あの時手を離してしまったことを後悔した。


 ……まぁ、それとは別に、愛美ならきっと平気だろうという思いもある。機転が働くから、迷子なり何なり言い訳して、既に保護されているかもしれない。

 人一人会えない俺とは随分違うな。俺の運はきっとあいつが全部持っていったんだろう。


「……それにしても」


 本当に来てしまったのか……異世界に。


「…………」


 俺の言葉に答える声は無い。俺しかいないから当たり前か……。

 割と定番物だよな、異世界(こういうの)。あくまで小説の話だが。


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 愛美もいない、どころか人一人いない上に人工的物質が圧倒的欠如した大自然。

 まるで恐竜物の映画の世界だ。


「……参ったな」


 異世界トリップなんて、フィクションだから楽しめた。

 ハプニングがあれば大なり小なりハラハラはするし、キャラの心象や性格に入れ込むことだってある。


 しかし、体験したりするのは頼まれたってしたくない。

 大事になっている様は遠目に見て面白がるが、いざ自分の番が来るのはどうかと考えると「嫌だ」と答える。

 それが普通、人間の典型例だ。


 殺人事件が近所で起きたと知っても、それを他人事で見ているのと同じかもしれない。

 例え殺人犯が未だ逃亡中であっても、直後の夕飯時には忘れてしまうものだ。怖い、恐ろしいと感じながらも、自分だけは絶対に“そう”はならないと、根拠も無く確信しているから。


 自分の番(、、、、)が回ってくる訳がない、と上辺だけの確信を得ているから。


「………?」


 ふと気づけば、足を止めてその場に立ち尽くしていた。途中脱線しながら、考え込んでしまった。


 それにしても、今の考えではまるで既に誰かが(、、、、、)異世界に(、、、、)トリップした(、、、、、、)ことになる。


 例えば俺が複数回目のトリップで。

 その前回だって、前々回だってこの異世界トリップが行われていたと?


「馬鹿馬鹿しい……」


 そんなこと、ある訳がないだろう。これは偶然だ。

 そんなことがあれば神隠しか何かで騒動がテレビで報道されるのが現代社会だ。


 そもそも異世界(こういうの)は創作物でしかなかったのであって、何人も体験しているという事実は常識的に成り立たない。


 あれは強いて言うなら、『若かりし頃の妄想』だ。

 青臭い青春。中二病と言ってもいい。


 ……しかし、仮にこの世界に勇者(、、)のポジションがあるというのなら、俺みたいな男は絶対に当てはまらないし、世界を救う物語(ドラマ)を作れる筈がない。


「………」


 ……そして、また立ち尽くしていることに気づく。

 会話をする相手がいないから現実への意識が薄れてきてるんだな。俺独り言とかそんなしないし。


 痛みはいつの間にか引いてきていて、歩くのもこうして立っているのもだいぶ楽だ。

 歩き始めたのに合わせて、脱線を重ねておかしな方向へ傾いた思考は切り捨てた。

 



「…………」


 ……それにしても静かな森だな。歩いても人どころか、動物の気配も感じられない。音がするとすれば風が揺らす葉の擦れた音くらいだ。

 静寂が空気に鉛のような重みを与える。あの光の際の強烈な耳鳴りとはまた違った痛みを、この沈黙で錯覚した。


「…………」


 ここまで来ると逆に不気味に感じる。視界に動物、増してや小さな虫一匹すら見つからないなんて。

 思わず、この森全体が生き物なんじゃ……とあり得もしない発想すら浮かんできてしまう。


 自然と頬を流れる汗をそのままに、右手が腰の辺りを這っていく。

 耳を澄ませ、唾を飲み込みながら、腰の辺りを探る。

 制服の生地、ベルトの革。それのみだった感触に、ようやく違う反応が帰ってきた。

 無駄を削ぎ落とした無骨な形状が指先から感じ取れる。


「……まさかあの酔いどれの教育(、、)が役に立つ日が来るとはな」


 鬱屈と呟いて、腰のそれを抜き放つ。空から降る光を反射どころか吸収する黒さと、明確に目的を徹底した作りには少しばかり怖気が走る。


 有り体に言うなら、腰に収まっていたのは一丁の拳銃だ。

 軽い反動(リコイル)で素人でも扱える小型だが、平和大国日本ではこんな物でも逮捕されかねない。

 それでも、俺の身の回りは血生臭いことが多々あったので、持っておいて損したことはなかった。

 扱いも慣れている。俺が、唯一身内から受けた教育だ。


 ただこの状況で欲を言えば、もう少し威力が高いのが欲しかったな。四六時中銃を持ってる時点で日本では過剰防衛だと思うが。


「………」


 それでも、やっぱり素手よりも武器があった方が安心できるな。俺の手元に残った唯一の所持品がこれで良かった。

 銃身を指でなぞりながら、ホッと溜息を吐いた。


 ……そうして、手元の武器に安心感でも覚えてしまったのか。

 がさり、と草が揺れる音に、反応が遅れてしまった。



「………ッ!」



 振り向きざま、右手の銃を構える。音が聞こえてから、動き出すのにおよそ三秒。落第を出されるタイムだった。


「……何だ。鹿……か?」


 出てきた生物を目視して、思わず銃を握る力が緩んだ。

 出てきたのは、白い毛色をした子供サイズの鹿だった。

 親と逸れたのか、あるいは既に自立しているのか。そいつは俺の緊張を他所に、のんびりと前を横切っていく。


「……ふぅ」


 ともあれ、危害を加えるような生き物に見えなかった。

 安堵して銃を下ろす俺を尻目に、その動物は何だか怪しい色をした木の実に齧りついていた。毒々しい色の斑模様に、薬品じみた色をした果汁が口の端から垂れてきた。


「……美味いのかそれ?」


 とてもそうは見えない。

 思わず聞いてしまうと、めー、という呑気な声が帰ってきた。山羊そっくりの鳴き声だな。

 ……何だ、可愛いじゃないか。


 非道く無機的だった世界に出てきた念願の動物(癒し)。それにようやく出会った一人目(一匹目か?)につい嬉しくなって。

 近づく為に、一歩を踏み出し。




 俺の目の前で、茂みから現れた大型の動物に、あっさりと喰いつかれた。



銃刀法に引っかかるので皆さんは絶対に真似しないでね!!


追記

偉そうに銃の名前を載せたりしていますが、作者は銃は素人です。名前程度しか知りませんので突っ込んだお話とか振られてもあまりお答えできません。


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