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7-4 ギルド



 その後、色々ーーー具体的には殴ったり刺したり(撃ったりは流石に無かった)とかがあり、この場に立っている者は俺とサラサを残すのみとなった。

 さっきのギルド員はミーシャなるサラサの知り合いを連れて、俺の渡した鉱石の換金に戻った。


「随分乱暴ね」


 床にキスをしている男達をしゃがみ込んで見ていたサラサが口を開いた。テーブルに置かれたフォークで突っつく表情は、妙にスッキリしてる気がする。


「流石にウザかったしな。誰かさんもお熱だったし」


 サラサを放っておいたら、まず間違いなく争いが起こっていただろう。

 仲間の流血沙汰は避けたかったので、最初のバカには犠牲になってもらったのだ。

 からかうように言えば、案の定その誰かさんは目を細め、「私不機嫌です」と言わんばかりの表情でこちらを睨んできた。


「アンタと一緒にいた私まで馬鹿にされたようで、我慢ならなかったのよ」


 また随分とあっさりしたコメントだ。俺の心配どころか、自分の名誉の為か。

 ……そりゃ確かに、俺のツレってならあいつらにとっちゃ共犯になるだろうし、実際そうだしな。


 にべもないサラサの答えに、俺はただ肩を竦める。


「そうかよ」


 最早そうとしか言えなかった。

 そして俺は番台に肘をかけ、サラサは手近な椅子に腰掛けたきり、お互い沈黙を貫く。


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


 ……さて、どうするか。やや気まずい空気の中、頬杖をついて黙考する。

 考えるのは無論、今後についてだ。

 魔物蠢く森の中ならばなんとかやっていけたが、外へ出た俺は文字通り右も左も分からない状態だ。

 例えば、先ほどのギルド員が持ってくる金。相場も貨幣価値も分からない俺はどうすればいい?

 異世界にやってきた今の俺は、箱入り娘どころではないほどに世間知らずだ。気づかぬ内に……という事態が今のところ一番怖い。


 そんな俺に今必要なのは、そういった情報を提供してくれる人ーーー助言者(アドバイザー)だ。特に本命が愛美を探す旅だから、あらゆる所へ足を運ぶのだから地理に聡いのが望ましい。


 しかし、そんな助言者(アドバイザー)だからこそ、人選には最新の注意を払わなくてはいけない。間違った知識を刷り込まれる、または提供する必要性のあったこちらの情報を漏洩する。

 後は、独断専行でこちらに提供する情報を色好みする心配がある。

 選ぶ中で最も信頼できて、かつこちらにある程度の認識がある者。これが絶対条件。



「………………」

「………………」


 ……で、その条件におよそピタリと当てはまるお嬢さんが、今俺の後ろでツンとされていらっしゃるのですが。


 現状、助言者(アドバイザー)としてこいつは一番の適任だ。

 冒険者を名乗るだけにあちこち色々を踏破しているだろうし、魔術が出来る上に、森で見た感じだと剣技も素人目で見ても十分強いと思う。


 ……というか異世界で俺がある程度話した相手なんて、こいつを抜いたら全員死んでるよな? 後は考えに考えて御者のおっさんだが、今頃は聞かなかった目的の街だろう。なぜ場所を聞かなかったのか、非常に悔やまれる。

 


「…………………」

「…………………」



 どうするかなぁ……話すタイミングが掴めない。そも、何故こうも気まずいのか。

 ここに至って沈黙が痛くなり、会話のタイミングが掴めなくなってきた時ーーー



「だ、誰、か! 誰か!?」



 両開きの扉を弾き飛ばす勢いで一人の男がギルドに駆け込んできた。息の整わない掠れた声が人を呼ぶ。

 息を切らして、心なしか顔色も悪い。異様に汗を流し、何か悪いことでもあったのかと真っ先に勘繰りたくなる様子だ。


 扉の音と掠れた声に反応しただろうギルド職員が、奥から顔を出してきた。


 膝に手をついて息を必死に整えようとする男に、思わずサラサと顔を見合わせる。誰かさんをご所望なようなので、俺がその誰かさんになることにした。


「どうした?」


 男はその問いに答えようとして、切羽詰まった状態に息切れもあって上手く声が出せない。

 それでも途切れ途切れに言葉を吐き出した。


「し、シーオスの、大ぐ、こ、ここ、向かって……!」

「……何だって!?」


 訝しんでいたギルド職員達は単語を飲み込み、一転して驚愕の表情をした。


「な、なんでここに……?」

「し、シーオスは東には現れないはずだろう!?」

「し、至急ギルドの方から冒険者達へ呼びかけましょう!」

「急いで依頼(クエスト)の発行と、他の支部から応援を!」


 短いやり取りを交わし、ドタバタと辺りを駆け回り始めるギルド職員達。肩と肩がぶつかったり、紙の束を地面に落としたりと慌ただしく混乱した状況だ。


「?」


 五秒と掛からず起きた人の嵐を、呆然と側から眺めていた。


 シーオス? 東? 東から何かが来るのか?


「……おい、落としたぞ」


 何のこっちゃ、と一人置いてけぼりを食らった気分で、ふと側に落ちた紙を拾い上げる。


 何やら帳簿らしき紙面だが、


「……読めない!?」


 マジか!?

 会話は翻訳出来て、文字は出来ないなんてサービス悪過ぎるだろ? 神様も随分キツい縛りをなさるもんだな。

 絵だかミミズ文字みたいな奴の羅列にしばらく愚痴を垂れていたいが、事実は事実として受け止めなければならない。


 落とした本人に呼びかけ、掲げるも、本人は気づかずにスルーして行ってしまった。

 グッシャグシャに丸めて捨てる訳にもいかんので、仕方なく番台の上に置く。


 ……まぁ、予想外の事態が起きたが、それは置いておくとして。

 とりあえずそのシーオスなるものが何か気になる。椅子に座り、絶句していたサラサに問いかけた。


「……シーオスていうのは、人間(ヒューマン)程の背丈で、群れで行動する魔物よ。境界の森の魔物には劣るけど、個体同士の連携で獲物を狩るから、集団で動いている時は注意が必要ね。

 ……ただ、シーオスは基本西の砂漠地帯で活動するから、こんな所までは……」


 なるほど、生態系上乾燥した地帯で生息してる訳か。

 確かに、そんな生き物が海風流れる湿った地域に向かってくるのは、少しおかしいのかもしれない。そいつらはこっちに流れてきて生きていけるのか?


「……ていうかアンタ、一応これ魔物の基本知識なんだけど。

 シーオスなんて結構有名な名前よ?」

「生憎、田舎育ちで学がないもんで」

「一体どんなところで育ったのよ……」


 そりゃもう異世界(遠く)さ。

 呆れて物も言えないと言った様子のサラサに、返す言葉もなくただ苦笑を返す。


 ーーーしかし、なるほど。


 これはつまり、


「今ピンチなのか」

「えぇ、それなりに」


 腕を組んで呟いた言葉に、サラサは肩を竦めて苦笑を浮かべた。

 年頃の娘にしては気負いの無い。さっきのミーシャなる知り合いは顔を青くして今もその辺駆け回ってるのに。


「……えらくあっさりしてんだな」


 今の言葉は決して軽視できるものでもない。

 愛美程の背丈の、頭一つ低いサラサの顔を見ると、どこか遠くを見るような目をして嘆息する。


「いや、あんだけの修羅場を抜けてきたんだもの……肝も太くなるわ」

「あぁ……」


 それは、分かる。実際隣どころでなく頬擦り合わせるくらい近くに死が舞い込んできてたもんな。正直、半分アウトだった。

 最後の方なんかゲーセンのシューティングに出てきそうな状態だったなぁ……そりゃ図太くもなるか。


「冒険者稼業に大事なのは慣れよ。環境にいち早く適応して、今出来得る最良の選択をするの」

「ふーん、そんなもんか」

「そんなもんよ。

 ……少なくとも、あれ以上の命の危険なんてこの先早々無いわ。あの森に行かなきゃね」


 ……では察するに、今回の事件は森の時ほど危険にはならない訳か。

 まぁそれでも非武装の人には死の危険があるレベルなんだろうが……。


 冒険者何人か呼び込めば解決出来るレベル?

 あのガラの悪い奴らを?

 言いたくないが、あんな酔いどれ何人集めたとこで欠片も期待できねぇぞ。


「…………」

「おい、先ほどの冒険者達を呼び戻して来い! 苦しいがこの事態では素行などと言ってられない!!」

ギルド本部(ヴェアウルフ)への連絡は出来たのか!?」


 慌ただしく目の前を横切って行く職員達は冷静さを欠いており、やや不安だ。形振り構わずといった様子で、先のおっさんらを呼び戻すつもりだ。

 まぁ、それ自体悪いとは言わない。しかしそれが果たしてより良い選択であるかと聞かれると首を捻るところだ。

 ああいう奴らは恩を売ると面倒臭いからな。しかもギルドへの迷惑は常習犯と見える。俺としては、とてもじゃないが賛同できない。


「…………」


 ………あぁ、ダメだ。

 シーオスの現物を見たことがないから今ひとつピンとこない。

 ーーー仕方ない、ここは先手を打って先に決めてしまおう。


「サラサ」

「仮にもギルド支部だから、魔物の図鑑ぐらいある筈よ。

 ……シーオスの特徴、でしょう? 図鑑と一緒に説明するわ」

「なんだか俺達分かり合えてるようで嬉しいよ」

「えぇ、アンタが天井知らずの世間知らずってことは割と最初から理解してきてたわ。

 ……それにしたって、シーオスなんて魔物の基本でしょうに……」


 サラサが一人図鑑が置いてあるという場所へ歩きながら、ぶつくさと文句を垂れる。

 それを尻目に、慌ただしいギルド内を見て、


「……あー、そこのおっさん」


 走ることでメガネが揺れながらズレていく職員を呼び止める。目に見えて焦燥を浮かべながら、急かすように用件を聞いてきた。


「そのシーオスってののクエスト、集団で受ける奴だよな? それを個人で受けれる無期限募集にしてくれないか?

 それと今回の概要を詳しく説明出来る人間を一人こっちに寄越してくれ」


 隣のサラサも呼び止めた男も、揃って訝しむが、奥から怒鳴り声に反応して男は戻っていった。ちゃんと伝えられるかは不明だが、大丈夫だと信じたい。


 ーーーさて、いっちょやったるか。


 腰の相棒を撫で、思考の海に身を投じる。



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