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7-2 ギルド

◇◆◇◆◇



 案の定と言うか、お約束に過ぎると言うべきか。

 やはり道中、盗賊なる者には遭遇した。

 飛鳥達の同席する馬車の積荷は主に魚類であり、動く食料庫と言って相違ない。彼らにとって使い道の無い金品よりも、余程貴重な代物だ。


 ただ、詳細不明ながらこれもサラサの想定内の人物らであった。

 服は古ぼけた薄い素材、防具の類は皆無。

 剣は錆が目立ち、刃には凹凸が刻まれていた。耐久性は言うに及ばず、飛鳥のナイフの一閃で軽く両断された。


 逃走を図る彼らを追うとも思わず、何ら問題なく馬車は進む。




 ーーーそして



「……ここがギルド?」


 飛鳥とサラサは吹く風を迎え入れるように町の入り口に立っていた。


「正確には、がある町、ね」

「町、ねぇ……」


 飛鳥は諸所に並ぶ家々を眺める。

 文明の発展が及ばないが如く、木造で統一された建物達。

 整備された道は無く、屋根は隙間だらけ。扉や窓に至っては布切れ一枚で仕切られた状態だ。


 これではまるで町というより村である。


「……本当に町なのか、これ?」


 通常、町と村の区分は『人がより多く集まり、商店が多く立ち並ぶ』かが要素となるが、これを見て得る印象とはただ殺風景のみである。


「さぁ? まぁ、そんなことは今は関係ないわ。早くギルドに行かないと」


 言って、サラサは一人その場を歩き出す。それを後から追うように、飛鳥も歩き出した。


 町中を歩けば、人がいないという訳でもない。ただ賑やか、というよりは隣人同士の付き合いのような雰囲気だ。


 そんな彼らは、その中をまっすぐ歩く飛鳥とサラサを見て口を噤んでは、声を殺して互いに何かを口にし出す。


 彼らの飛鳥達を見る目は決して有効的では無い。

 彼らの見る目は、嫌悪、とも違う。

 まるで、腫れ物に触るよう、と言えば分かりやすいか。


「……何だ?」

「さぁ……」


 それに対して訝りながらも、歩みを止めることは無い。

 やがてこの町唯一の木造扉の付いた建物が見えてきた。扉と言っても、両開きのノブの無い押し開く仕組みだが。

 よって、中の様子は筒抜けであり、遠目からでも喧騒が漏れ聞こえる。


「……変ね。これだけうるさいことは早々無いんだけど」

「このギルドにはよく来るのか?」

「いえ、偶に。ただ、場所が場所なだけにあまり良識派の人はいないけど、それでもこの時間帯は……」


 不信な表情を浮かべ、扉を見る目が段々怪しいものを見るようになってくる。飛鳥は面倒なことが起こりそうだ、と陰鬱そうに溜息を吐いた。


 とはいえ、ここまで来て引き返す訳にもいかない。サラサには報告という用事があるというし、飛鳥も愛美を探すという義務がある。ここに愛美が来ていないと言い切れない以上、立ち寄らない訳にはいかないだろう。



 そして、扉の前に着く頃には精々十人並みの喧騒が聞こえていた。


「……やーな予感するんだよなぁ」

「そうも言ってられないわ」


 渋面を作る飛鳥に言って、サラサは扉を押した。





 飛鳥の感想はまるで西部劇みたいだ、だった。

 簡素な椅子に座り、昼間から酒を頼み、大きな丸テーブルに零しながら口を付けている。

 酒が飛び散り、唾を飛ばして笑う男は、見ていて少しばかりではない汚い印象を受ける。

 きたねぇな、という呟きは誰にも届かなかった。


 

 そんな汚い男達は、入口から入ってきた飛鳥達を目にして軽く目を見開いた。

 次いで、好色な目つきになる者や、カモを見つけたとばかりに嫌らしく笑う者。


 無遠慮に向けてくる視線が果てしなく不快だ。しかし飛鳥も理由が分からなくはなかった。

 サラサに飛鳥。この組み合わせは傍から見ても女子供にしか見えない。特にサラサの方はスレンダーな体形に白い肌を惜しげも無く晒している。その姿に嫌らしい視線を向ける者も少なくなかった。


 飛鳥の容姿は決して幼くはないが、この場に至ってはやはり青く(、、)見られてしまうのだろう。

 この世界において、一般人の平均身長は飛鳥の世界のそれとそう大差ない。中でも身長180近くある飛鳥は比較的高い方だ。

 が、それはあくまで一般人(、、、)の話で、『冒険者』ともなるとガタイの話は変わってくる。

 飛鳥以上の身長などザラにいるし、ゴリラと形容して相違ない大男など掃いて捨てるほどいる。


 現に、その大男の何人かは飛鳥に向けて挑発的、あるいは威圧的な視線を向けてきていた。

 それが不思議と元の世界の不良と重なり、飛鳥は既知(デジャブ)っていた。


「(こいつら、メンドくせぇな……)」


 直感する。この男達は碌に人間が出来ていない、と。

 飛鳥は澄ました顔を浮かべては、粘着質な視線に辟易としていた。

 飛鳥が内心渋面を作る中、サラサが台に付く。周りの男衆に怯えた様子の受付は、男ながら情けない表情を浮かべていた。


「こんにちは。少し前に依頼を受けたサラサなんだけど、担当だったミーシャって子はいる?」

「い、いらっしゃいませ。ミーシャさんですね。い、急いで呼んできます」


 受付の男への視線が心なしかキツい。原因は何となくサラサとの会話だろうと推測して、飛鳥は軽く引いていた。主に周囲の嫉妬について。

 逃げるように奥へ引っ込み、しばらくすると言葉は聞き取れないが少女の叫びと、直後に床を蹴る音が近づいてくる。


「ーーーサラサ!」

「ミーシャ! 久しぶり!」

「ホントだよ〜、いったいどこ行ってたの!?」


 心配したんだから、と涙目で番台越しにサラサに抱きつくミーシャなる少女は、サラサとはまたベクトルの異なる美少女だった。

 長い茶髪を左右に分けて三つ編みにした髪型が特徴的な幼さの残る顔立ち。サラサがクールと称する美女ならば、ミーシャはおっとりとした印象を受ける可愛さを持った美少女だった。


 ーーーあぁ、いかん。

 飛鳥がそう考えたのは、むさ苦しい男衆の中であるからこそだろう。


「いったい何があったの!? こんな留守にしたことなんてなかったのに」

「う、うん。ちょっとその仕事でね、ミスしちゃって……。

 でも、この人に助けてもらったから」

「へ?」


 今更ながらこちらへ視線を向けてくるミーシャに、ようやくか、と苦笑しつつ、


「あー、どうも。サラサの命の恩人です」

「アンタ……」


 その太々しい態度がサラサの鼻につくが、ミーシャはそんなこと御構い無しだ。

 思わず番台から回り込んで頭まで下げている。

 それに辟易するも、話の本筋を忘れはしない。


「で、その依頼なんだけど……。ごめんなさい、失敗しちゃった」

「うん、分かった」


 ごめんね、と再度謝るサラサに大丈夫だよ、と笑って首を振るミーシャ。

 ギルドに籍を置く『冒険者』というのは、それだけで十分な身分証明となる。国から発行される戸籍とほぼ同等の身分が保証される訳だが、その分ギルドから橋渡された依頼を達成する義務が発生する。

 しかし、中には死の危険性も現れる物も少なくはなく、達成不可能となる依頼もまた少なくない。

 結果その例に漏れなかったサラサを、責める道理など元からミーシャには無いのだ。


「でも、そうなると違約金の支払いが必要になるよ」

「あー……その、私今持ち合わせが……」


 バツが悪そうに呟くサラサ。

 そういえば、サラサを森で見つけた時は細剣(レイピア)一本だったと飛鳥は思い出す。


 他の所有物は見つからなかった。恐らくは、魔物に追われている際に重さを捨てて逃げたのだろう。自己的な判断で捨てたのならば、あの決まり悪げな表情も頷ける。


 では所持金皆無というと、やはり方法は換金だろうか。

 となると、やはり彼女の腰のそれが対象となる可能性は高い。



「(ーーーいや、それはどうなんだ……?)」



 流石に、この中に丸腰で女一人がいたらマズいだろう。先ほどから男共の目線が危ない。好色、加虐志向、後は嫉妬だろうか。およそ全ての視線がこちらへ向かっていて、今にも爆発しそうだ。

 見れば、サラサも若干居心地悪くしている。やはりこれだけ視線を集めれば、誰であろうと気づくだろう。


「…………ーーー!」


 少し考え、何か思い立った飛鳥は自身のポケットを弄る。




「……うーん。換金じゃダメ? 今すぐの収入って当てがないから、ひとまずこれで勘弁して欲しいんだけど……」

「まぁ、そうなっちゃうよね。どれにするの?」

「ありがと、じゃあこの細剣(レイピア)をーーー」


 サラサの言葉より早く、飛鳥の手が割り込んだ。


「ーーーこいつでどうだ? 拾いもんだが、結構な値打ちだと思うぜ」


 ゴトリ、と音を立てたのは、原石のような鈍く輝く拳大の石だった。岩壁に埋まっていた物をそのまま掘り起こしたような、深青色が土に包まれていた。

 それに驚き、咄嗟に飛鳥を睨みあげるサラサ。しかし、飛鳥は視線を合わせようともせず、向けられた感情も柳に風だった。


「んー……? 少々お待ちください」


 流石にこんな原石のような物を渡されても、少女に鑑定は出来ない。置かれた石を丁重に運び、奥へと引っ込んでいった。


 自然と飛鳥は横から向けられる視線が厳しいものに変わっていく気がした。


「……アンタ、アレって……」

「森で拾った」


 あっけらかんとして言う飛鳥に、視線が少し厳しくなる。


 余計なことをするな。

 あるいは、何故こんなことを……だろうか。

 元々サラサと飛鳥は大した縁では無い。ただ偶然森で拾い拾われ、共に森を抜け出したというだけの仲だ。


 ただ、ここまでだけで彼に幾度となく救われている、とサラサは思っている。

 出会いからして、恐らく飛鳥は魔物に食われそうだったサラサを救ってくれただろうし、あのまま助かったとしてもサラサ一人であの森を抜けれたとは考えもしない。

 ここにこうして立っているのは飛鳥のお陰と言っても過言では無い。

 この上、金銭まで助けられては、どう顔向けすれば良いのだろう。


 何か言おうとするも、言葉が見つからずーーー


「……ありがと」

「ん」


 含みのないストレートなお礼に、珍しく飛鳥の表情は綻んだ。




 ……そうして、しばらく待つもミーシャは出てこず、先ほど聞いた覚えのある男の声とその他複数の声が奥から聞こえてきた。

 相変わらず言葉は聞き取れないが、何だかバタバタしてるな、という飛鳥の感想。


 やがて、ミーシャが別のギルド員を引き連れて、


「ーーーお待たせしました。

 あの、お名前をお伺いしても?」

「飛鳥だ」


 現れた別のギルド員の焦燥に対して、飛鳥は実に堂々としたものである。


「アスカ様、こちらの石をいったいどちらで……?」


 ……飛鳥が持ち出した石は余程に高価なのか、教えるまでは離さないとまで目が語っている。


 しかし、飛鳥やサラサのいた場所というのは、世界最大級に超危険区域な訳で、


「境界の森」


 あっさりと口にした飛鳥。

 ギルド員とミーシャが目を見開くよりも、サラサが溜息を吐くよりも。


 ギルド内を、爆笑の渦が支配した。


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