7-1 ギルド
当たり障りない繋ぎ回ですが、こういうのも大事だと思うんですよ。
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……ガタゴトと馬車に揺られながら、出発した港が遠ざかるのをただ眺めていた。
「…………」
時折吹いてくる風が襟元のファーを揺らす。つい先ほどまで潮風だったそれは、早くも乾いたものに変わりつつあった。
それにしても、暇だ。娯楽がない。
遠ざかっていく海の景色や荒れた道を分けるように生えた木々も悪くない。が、長く続くと飽きてしまうのはしょうがないだろう。
手持ち無沙汰に、ナイフを抜き身のまま回してみる。それなりに斬れ味がいいので、足元に落とすと大惨事になると考えると、絶対に落とせないスリルがあって意外と面白かった。
と、何気に楽しいリスクマネージメントをしていると、ナイフを回していた指が空を切る。あれ? と視線を向けども、そこには既に無く。
ーーー瞬間、頬を掠めるように落ちてきたそれに、思わず肩が跳ね上がった。
「ーーーーー!?」
頬にヒリつくような痛み。敵襲か、一瞬と疑ったが、寸前に音を立てた床に目を向ければ、先ほどまで俺の右手にあったナイフが。
ーーーどうして持ってたナイフが垂直に落ちてくる?
頬を垂れるのが赤い液体であることで、背筋が凍るという感覚を味わった。
頬を掠めたことで流れてくる血を拭いながら、柄にもなく混乱した。
「あ、ごめん」
「っ……!?」
なので、背中に掛けられた声に更に驚いたのは言うまでもない。
振り向けば、テンガロンハットのような帽子から銀髪を垂らした少女がいた。目尻は釣り上がり、猫を思わせる。
しかし理知的でクールな印象を受ける容貌とは裏腹に、ノースリーブのシャツの上にジャケット、動き易さ重視の膝丈より短いパンツと活発さが際立った服装をしている。
腰に佩刀した細剣が存在感を見せる。
「ーーーサラサ、危ねぇだろ」
「何よ。というか、あまり危ないことしないでくれる? これ人の馬車なのよ?」
律儀にハンカチを差し出しながら、避難の目を向けてくるサラサ。そのナイフを落としたのはお前だろ、とか色々と言いたいことはあったが、今回ばかりは俺の方が非はあったので何も言えない。
サラサは馬車に刺さったナイフに視線を向ける。刃の途中で落下が止まらず、申し分程度に付いていた鍔が勢いを止めていた。
「スゴい斬れ味ね。少し上から落としただけで根元まで刺さるなんて」
「だろ? だからこうして俺の頬は血塗れなんだ」
「だからごめんて言ってるじゃない」
少し反撃してみるも、サラサの反応は素っ気ない。これ以上は不毛だし、この話題は切り捨てた方がいいだろうな。
「で、首尾の方はどうだった?」
「ギルドのある町なら、近くを通るから止めてくれるって」
「あいよ、了解」
ーーーあの遠ざかっていく港を出た俺達は、魚やその他物品を運ぶ馬車に相乗りさせてもらうことにした。
御者のおっさんは気前が良く、むしろ護衛として同行してくれ、と俺達を乗せてくれた。
最近は何かと物騒だというのはどの世界も変わらないらしく、物盗りを狙った盗賊やらがその辺を根城にしていたりするらしい。
「大抵その手の連中は元は真っ当だった、ていうのが有りがちなんだけどね。盗賊に身を落としたなんて言うから、実力はともかく装備の方はこっちの方がいいんじゃない?」
そう言って、サラサは俺の腰に収まった《デザートイーグル》にチラリと視線を向けた。
確かに、サラサは銃を見たことがないと言うし、対人戦に関して向こうは完全に初見だ。ほぼ引けを取らないだろう。
「ま、一応護衛だ。何も無い訳じゃねぇんだし、気ぃ引き締めていこうぜ」
物事に絶対なんて無いからな。
油断してたら死にました、なんて笑い話にもならない。
「そうね。……あら?」
俺の言葉に、サラサが頷いた直後ーーーガサリ
視界の先で、何かが音を立てた。
「ーーー何だ、ウサギか」
間を置かず抜き放った《デザートイーグル》の銃口を向ける。しかし、現れたのは茶色い毛のウサギみたいな小物だった。僅かに安堵するも、それを下ろそうとは思わない。
道を通り過ぎ、茂みに消えるまで照準を定める。
「………ふぅ」
消えてしばらくして、ようやく銃を下ろした。
油断大敵。もし今のウサギが突然牙を向いたら、とかあるかもしれない。
……まぁ、無いとは限らないだろ?
「……慎重ね。まぁ、分からないでもないけど」
サラサもあの森の過酷さを思い出して溜息を吐いていた。まぁ、何かあれば大抵命の危機だったもんな。
「でも、ここではあまりその銃は必要ないかもしれないわよ」
「念には念を、ってね。俺は相手が赤ん坊でも油断しないぜ」
「それは大人気ないっていうのかしらね……」
呆れて首を振るサラサは、まるでしょうがないものを見るような目でこちらを見ていた。
……しかしな、お前が森にいたのは数日だろうが、俺は数ヶ月だ。危機の度合いが違うぞ。
……何に張り合ってんだ俺は。