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6 バロテロの勇者

 別に女性に悪意があるわけではありませんが、序盤を気にされる方はその部分だけ読み飛ばして下さい。

◇◆◇◆◇



 都合の悪い内面とは、何時だって心の奥底に隠しておくのが定説。いや、ある種弁えるようになる常識、と言ったところか。


 そして女性にそれが顕著に表れるのは、得てしてその一貫でもあるだろう。

 美、金、食、恋慕。あらゆる理由はあれど、男に言い寄る女とは得てして綺麗な風で粧う者は多い。

 女性の誘惑とは、大胆に見せてその実緻密さえも生温い計算の末に作られた表情である。


 止まらない毒、女性の向ける牙とは得てして麻薬の如く。それで男の熱は簡単に上がる。入れ込み、縺れて結んで離れなくなって止まらない。

 深く深く、いっそ溺死するまで溺れて上がらない誘惑の海。


 ーーーしかし、そんな女性の都合の悪い一面、特に男にとって一利ない事実を知れば、千年の恋も冷めてしまうだろう。


 故に隠す。

 純粋な好意の中に明確な打算を。

 笑顔の下に潜む黒い影を。


 善人は善を愛する。

 盲目とは美徳だ。

 知らぬからこそ、その愛は狭く美しく輝く。




 ーーー聖バロテロの花園は、日光の集中した庭園である。


 王国有するこの庭園は、今や大図書館と双璧を成して世界一を誇る華美な花園である。四季折々に咲く花の数は、現代(いま)では『南のウィリシア』とまで呼ばれている。



 その、大庭園の一角を占める女性が二人。小さくない丸テーブルを広げ、ティーセット一式と少量の食物を持ち込んでいた。


 一人は女性と言っても未だ年若き少女だった。恐ろしいほど顔の均整が整った、傾国の少女である。西洋人形(ビスクドール)のような麗しい顔は、まるで能面……本物の人形とさえ錯覚してしまうほど冷ややかだった。


 その少女の側に控える女性も、彼女に及ばないながらも若く美しい女性だった。侍女服を身に纏い、手を揃えたまま主の命あるまで直立不動を保っている。



 ソーサーに置かれたティーカップから、紅茶の香りがまるで揺蕩うように茨の園に広がった。


「……ふぅ」


 音も立たない上品な仕草で紅茶に口を付ける。吐息一つ漏らし、少女は無感動に目の前の薔薇園を眺めた。


 赤く赤く、情熱的に。

 少女の座る場所を包むように、綺麗な薔薇が咲いていた。

 無数の(悪意)をその下に隠しながら、薔薇達は限りある時の中を輝き続け、見る者全てを誘惑する。


「…………」


 天を仰げば、日が傾き出した空がある。しかし黄昏時には程遠く、燦々と差し込む日差しは二人の影を映すには十分だった。


 ーーーそう、二人の(、、、)影は……


「…………」


 少女は無表情の中に、ほんの僅かな呆れを含ませ、零度の瞳を茨の一角に定めた。


「ーーー覗き見とは趣味が悪いですよ、エル?」





「ーーーこれは失礼」





 現れたのは、まるで影のような不思議な人間(、、)だった。

 老若の判別のつかず、影がそのままそこにいるかのような曖昧な存在がそこにいる。

 男に見えて女に見えて……あるいは老人に見えて赤子にも見える。

 記憶にしづらい、と一言で片付けるには無理のある不思議な影法師。


 慇懃な姿勢で一礼し、微笑を称えたまま口を開いた。


「麗しき姫殿下殿の、午後のひと時を過ごされる姿に思わず魅入ってしまいました。気を害されたのなら、お許しを」


 歩み寄るモスキートノイズ。男だとしても高い、中世的な声が花園に響く。


「……世辞はお辞めなさい。

 それで、用件は何でしょう?」

「ーーー勇者様がお呼びになられておりました。何やら大事な用だとも」


 鼻から陰気な息を出し、やれやれと首を振る。しかし影法師は微笑を浮かべ、癪に触る言動を変わらぬまま。


「…………」


 それを無表情に受け取りつつ、少女も内心同様の感情を得る。事ここに至って、件の勇者殿はただ彼女に会いたいが為に呼び寄せている節がある。


「……分かりました。至急向かう、と彼には伝えておいて」

「……仰せのままに」


 ティーカップを置き、席を立つ。まだ半分は残る紅茶の水面が揺れ、ソーサーと音を立てた。


 しかしーーー


「ーーーその必要は無いぜ」


 三者の揃った花園に、一声が掛かる。侍女は無反応、少女はおや? と視線を声を投じた主へ向けた。


「……アキラ様」

「よう、イリス」


 髪を茶髪に染め、軽薄そうに笑う少年がいた。簡素だが存在感を感じさせる鎧を身に纏い、腰には輝く西洋剣。

 しかし、それ以外は少し整った容貌の……悪く言えばどこにでいそうなチャラチャラした高校生だ。日本の都心などで探せばよく軟派をしているところを見つけそうな少年。


 呵々と笑いながら、バロテロ有数の花園の芝生を不躾に歩いてきた。擦るように歩くことで、芝生が僅かに荒れる。

 しかし、そのことをおくびにも出さず、イリスは微笑みながら丁寧に頭を下げた。


「申し訳ございません。伺うのが遅れてしまいました」

「いや、気にすることねぇって。ただ何となく会いたかっただけだからな。

 ーーーところで、今誰と話してたんだ?」


 周囲にやや威圧的な視線を散らし、口をあからさまに歪める。これは嫉妬なんだろうな、とイリスも承知していた。

 そういえば、件の影法師の姿が見えない。目の前にいても気づくか分からない気迫な影は、しかし視界を彷徨わせても見つからなかった。

 ……不思議と、面倒なものを押し付けられたように感じるイリス。


「……いえ、カリアラと少し世間話をしていただけですわ。どうかお気になさらず」

「……そうか」


 僅かに不信に思うも、あっさりと嫌悪の表情を消し、イリスに笑みを浮かべる。その視線に僅かに情欲が混ざるのを敏感に感じ取り、イリスは感嘆の息を薄く吐いた。

 どこまで分かりやすく傲慢な男なのだろう。出会った当初の微かな戸惑いを覚えていた頃とは雲泥の差だ。


「ところで、聖剣の調子は如何でございましょう? 何か特別なことが起きたりとかは……」

「いや、全然。抜いた時と比べれば、びっくりするくらい静かだよ。

 ……ただ、力を解放した時はすげぇ力を感じるんだ。そりゃぁもう、何でも出来ちまいそうだ!」

「……そうでございますか」

「あぁ! これがあれば、俺はもうなんだって出来るぞ……!!」

「…………」


 まるで独白めいた言葉が、今のイリスに頭痛の種だ。

 しかし、彼はあの影法師が言う通り勇者様(、、、)だ。変に気を損なわせてはこの国、()いては世界すら危機に陥らせ兼ねない存在である。


「ーーーそれで、本日は一体どのような……?」

「いや、特別大事な用って訳じゃないんだが、ただちょっとイリスに会いたくなって」

「……そうでございますか」


 ーーーあなたは本日訓練のご予定の筈ですが、とは口ではなく心で呟いた。勇者の力があると高を括り、中々戦闘訓練には出てこないアキラである。

 察するに、今日も抜け出してここへ来たに違いない。


 ーーー自分勝手極まりないわね……。


 子供のような返答と態度のアキラに、イリスは内心溜息を吐く。

 こうも短絡的とは頭の痛い話だ。

 召喚した当初は明確な警戒心をもって距離を置いていたというのに、ほんの少し武芸の手解きをして交流を図れば懐柔された。


 先ほどの嫌悪な態度もそう。この世界にきて最初に出会った人間の一人であるイリスが、男と話すのをこの男は何より嫌っている。

 各国との交流会の際も、アキラはイリスにくっ付いて離れないほどだ。無論、『召喚された勇者』としての節度を持って各国重鎮に対応してくれるならば最高だが、威圧的視線で牽制されては堪らないと、イリスは最近そういった場には姿を見せることが出来ない。


 有り体に言えば、子供なのである。


 無邪気に育ち、政治に全く関心がなく、ただ勉が立つだけの悪餓鬼といったところだ。異世界に来て、絶大な力を得たことで箍が外れていっているのだろう。


 ーーーまぁ、構わないわ。


 それならそれで利用価値もある。自ら道化へと成り下がってくれるなら、喜んでこちらは利用できるだけ利用し尽くしてやろう。

 イリスはいっそ冷淡にそう下し、側仕えの侍女(カリアラ)に茶請けと新しい紅茶を頼む。あまり公務に差し支えるようにはしたくないのだが、この男がこのまま帰るとも思わない。


 椅子を引き、イリスは胸の内を感じさせない美しい微笑みを浮かべてアキラを出迎えた。

 下手に波風を立てないようにと、徹底した作り笑いである。



 その笑みはまるで、男を誘い溺れさせるようなーーー



「立っていては何ですから、どうぞお座りになって?

 アキラ様がどう過ごされているのか、是非お聞きしたいですわ」



 ーーー腹の底に無数の悪意を隠し、女は嗤う。

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