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5-5 境界の森

◇◆◇◆◇



 境界の森の全貌を、遠目から覗く影がいる。


「お、おい、よ、様子は、ど、どうなってる?」

「さぁ、こっからじゃどうにも。

 ただ、ヤバい雰囲気はさっきからプンプンしてヤスぜ」


 やたらどもる口調の男が、不服げに出た腹を揺らす。カールした口髭が特徴的な、背の低い男である。

 その隣で、痩せ細った長身の男が目を凝らして森を観察していた。


「お、お前らには、た、高い給金を、つ、積んでるん、だ、だからな。

 そ、その分の、は、働きはしろ」

「へいへい、分かってやすよ。

 その辺はあっしにお任せを」


 まぁまぁ、と余所行きの顔で雇用主を宥める。苛立ちを隠そうともせず、舌を打って押し黙った小肥りの男。


「(……舌打ちしてぇのは俺の方だってよーーー)」


 目を細め、内心雇用主を精一杯罵倒しながら、再び森に視線を向けた。


 境界の森。

 一歩でも踏み入れば、魔に侵された猛獣達の洗礼を浴びる超危険区域。

 生存率は一貫して0%。

 ギルドの上位ランク者で占めたパーティを作ったとしても、持てる道具と力を出し切って精々一体討ち取れるか、といったところだ。


 それだけ危険な森に、たかが(、、、)二十人で挑む方がどうかしている。この雇用主はこの森を甘く見過ぎだ。


「(……まぁ、いいか)」


 既に前金は貰っている。

 この雇用主の狙いが森の深部にあるそうだが、中堅風情が辿り着いたとしても結局殺されるか、迷った末にやはり殺されるかのどちらかだ。

 それに、自分は護衛(、、、、、)で忙しい(、、、、)

 良くも悪くも慎重なこの男は、雇用主を口車に乗せて報奨金の前払いと、彼の護衛を買って出ていた。


「(後は色々言いくるめて、奴らの報酬を横取りすりゃいい)」


 集団でのパーティだと報酬は山分けだが、仮に人数が減るとその分分配率が高くなる。一時期、そういった理由から集団依頼を成功後の死者が激増した。


「(悪く思うなよ、お前さんら。俺もカネは必要なんだ)」


 彼の雇用主が雇ったのは皆訳あり(、、、)であり、報酬を極端に減らしたパーティだ。

 二十人ともなると、一人に回ってくるのは雀の涙。中には皆無という者もいる。


 その中で森に入るという危険(リスク)を犯さず、報酬を手に入れることができる。雇用主の見えない角度で、男は小躍りしそうなほどに笑みを作っていた。


「(まぁアイツらが抜け出してくるっつぅ場合もあるが……万に一つもあり得ねぇだろ)」


 嘲笑うようにそう断じながら、男は心の中で合掌した。



◇◆◇◆◇



 南へ南へ。

 行く先が急斜面になってきた頃。


「……今、どの辺だ?」

「さ、さぁ……」


 なるべく音を立てずに森を歩く飛鳥とサラサ。長時間の歩行と緊張感に苛まれ、隠しきれない疲労が表情に垣間見える。


「まぁ、とりあえず南に進んでるのは確かだよな?」

「そうだけど、もう日が傾いてきたから、これ以上太陽は当てにならないかも……」


 鬱蒼と茂った葉の海の下からは、既に太陽が姿を消していた。午後時になり、やがて黄昏を得て空は陰りを見せるだろう。

 苦虫を噛み潰した表情で、頭を掻く飛鳥。


「参ったな……夜に森を歩くのは結構マズいぞ」

「そんなに、かしら?」


 昼と夜の危険性の違いに、いまいち実感の湧かないサラサは首を傾げる。どの道猛獣が跋扈しているのなら、どの時間も一定して危険だろう。

 サラサの問いに、飛鳥はこれまでに見ない神妙な面持ちで、


「……あぁ、ヤバいぜ。

 なんせーーー」


 そして、徐にブルゾンの下のTシャツを手に掛ける。


「ちょっ………ッ!?」


 それに慌て、静止しようとするサラサだが、そこから覗く光景に思わず言葉を飲み込んだ。


 荒々しく巻かれた包帯。

 その隙間から覗く肌は痛々しいくらいに内出血と傷跡を詰め込んでいた。


「……一回だけ夜に出てみたことがあってな。一瞬油断したらこうなった。

 ……夜は気配を完全に消す奴らが多い。

 だからーーー気づいたら殺される可能性もあるぞ」

「ーーーーーッ!!」


 尋常じゃない傷に、今まで見せなかった真剣な表情、崖を紐なしバンジーした時は切羽詰まった表情だったが、これはあの時とは訳が違う。全く余裕のなく、隙すら与えられない……与えてくれない表情だった。



「……ま、つー訳だから早いとここんな森おさらばしようぜ」

「え、えぇ……」


 途端にいつもの飄々とした雰囲気に戻り、無頼漢のような立ち居に戻った。

 サラサはそれに戸惑いつつも、どこかホッとしている自分に気づきーーー



 ーーーガサリ



「「ーーーーー!」」


 物音を立てた茂みに反応して、互いに得物を抜き放った。

 目を凝らし、体を強張らせ……。


 出て来たのはーーー


「ッ、サラサか!?」

「ーーーアンドレ?」


 出てきた男に、サラサは微かに目を見開いた。

 手には巨大な鉈のような剣を持ち、服の箇所に血を滲ませた男が、サラサの方を指差して目を見開いた。男に付いていくように、二人の男が茂みから姿を現す。


「……知り合いか?」

「え、えぇ。この森に入った時のパーティのリーダーよ」


 アンドレ剣を収め、未だ体を強張らせているサラサに駆け寄る。残りの二人は緊迫した空気ながら、同僚の存在に僅かに気を緩めた。


「お、お前も生きてたか……。……こいつは?」


 飛鳥に視線を向け、無遠慮に全体を見回す。その態度に少し角が立つが、表情には出さない飛鳥。


「私達とは別で森に入ってきたみたい。脱出の為に同行して貰ってるわ」

「そうか……お前と一緒にいた連中は?」

「少なくとも、ジェネやゴードンの一派は……」

「そうか……」


 アンドレは悔しそうに歯軋りをし、



「くそッ……何が依頼だ! こんなのはただの……」

「ジムゾンの奴……何が依頼者の護衛だ!!」

「自分だけ逃げやがって!!」



「…………」


 ……目を伏せるアンドレ達を無言で見つめる飛鳥。その間で困惑気味に視線を彷徨わせるサラサ。


「こうなったら……っ」


 その内、アンドレはポケットから小瓶を取り出した。紫の奇怪な紋様を描かれた、怪しげな小瓶である。


「あ、アンドレ? 何だそりゃ」

「な、何するつもり?」

「決まってんだろうが! この獣用の毒を使って一矢報いてやんだよ!!」


 アンドレ表情は、最早選択を改善する余地のない決死のそれだった。


「そ、そんなのいつ手に入ったんだよ?」

「我らが依頼主様に、いざとなったら使えつって渡されたんだよ。

 こいつを奴ら鼻っ柱にぶつけりゃイチコロだってな」


 言葉に釣られて、彼に付き従っていた二人は思わず浮き足立つ。

 しかし、飛鳥とサラサは揃って不信な表情を浮かべていた。


 ……どうにも、腑に落ちない。

 飛鳥はサラサ達の問題は把握している訳ではないが、仲間内で何らかの不和があったと見える。

 サラサ達『森組』と、その他護衛とやらをする『居残り組』と。察するにその分別だろうか。


 ただ、居残り組は事前に依頼者と繋がりがあったようにも見える。彼らの憤りを見るに、予期せぬ事態であることは確かだろう。

 つまり逆算すれば、依頼者が森の側までくるのは彼らにとって不測の事態と言える。


 護衛が不要ということは、護衛対象がいないということだから。


「……………」


 飛鳥はジッとアンドレの手にする小瓶を見つめる。

 見れば見るほど毒々しい装飾だ。中身は毒だと言われれば思わず納得する。


 ーーーただ、果たしてそれは何の毒なのか。


「……アスカ?」


 飛鳥が一向に押し黙ることを不思議に思うサラサ。呼びかけ、視線を向ける。

 しかし、悪い予感を感じ取った飛鳥はその声を無視した。


 安堵しながら三人で口を開いたーーーその時。




「オ"オ"オ"オ"ォォォォォォオオッッ!!!」




 突如聞こえた轟音、そして地震。

 咆哮とそれに勝る大地震に、その場にいる者全員がたたらを踏んだ。


「ぁーーーッ!?」

「くそッ、来やがったか!!」


 思わず倒れこむサラサを飛鳥が支える。その間も地面の揺れは収まらず、一同全員その場を動けずにいた。


 平衡感覚が乱される。


 まるで自分が紙の上にいるかのように不安定な足場。


「ーーー地下か……!!」


 この魔物は地面を潜っている。


 自分達と一定距離を保つように、周囲をずっと囲むように進んでいるのだ。


「ーーーーー」


 思わず背筋を震わせる飛鳥。今まで見たこともない魔物が、今自分達襲っている。


 ーーー刹那、揺れが大きくなり、



「ーーー来るぞッ!!」



 飛鳥が警告するとほぼ同時に、ソレは姿を表した。


 飛鳥は今まで出会ってきた魔物を動物に例えられてきた。

 今回もその体でいくなら、これは正しく土竜(もぐら)だろう。


 頭部は土を帯びてなお光沢を放つ鋭利な角、刃になった巨大な爪、武者と言ってもいい巌のような皮膚。


「ちっ……」

「な、なにこいつ……」


 飛鳥の手を離れ、即座に抜刀するサラサ。

 飛鳥も空いた手に《デザートイーグル》を持ち、迷うことなく頭に照準を合わせた。



 そして、迷うことなくーーートリガー



「オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォォォオオッッ!!!」


 砂漠の鳥が啼く。音速の域に達する鉄塊が渦の如く超回転し、頭部へ直進する。


 しかしーーー


「オ"オ"ッ!!!」


 貫くことは叶わず、どころか頭一振りで弾かれた。


「な……何つー石頭だ」


 思わず顎の骨が落ちる飛鳥。(それ)を突くように、土の竜が豪腕を上げた。


「ッーーーやべえ逃げろ!!」

「ッーーー!!」


 咄嗟に地面を蹴る飛鳥。それに続くようにサラサも跳躍し、範囲の及ばない木の枝まで逃げ延びる。

 アンドレ達も、半ば反射的に地を蹴るが、


「……ァアーーーーー!!」


 指先をかすらせたか、アンドレの腰巾着の一人が、姿を消すように森の彼方まで吹き飛んだ。


「っ、ジャネット!!」

「くそッ……!」


 呼びかけるも返事は来ない。かなりの速度を出し、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。まず間違いなく生きてはいない。


 毒づきながら、アンドレが手に握った小瓶を握りしめる。


「! おいーーー」


 それを見た飛鳥が慌てて止めようするが、


「この……畜生がーーー!!」


 蓋を開け、投擲。

 遠心力で中身を吹き出しながら、迷いなく頭部を直撃した。


「ッーーーオ"オ"オ"ォ!?」


 途端に悶絶し、強かに顔を地面に打ち付ける。


「や、やったんじゃねぇかおい!?」

「は、はは……よし、このままーーー」


 喜び勇み、剣を握りしめ、突貫するアンドレ。

 それに援護するように、もう一人が魔法を唱えようとーーー





「オオオオオオォォォ…………」





 何かが、震えた気がした。

 

「ーーーは?」


 間抜けな声を上げたのは、アンドレか。

 剣先を向けた相手が、忽然と姿を消していたのだから、それも無理からぬこと。


 数瞬ーーー






「ーーーガアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」






「なっーーー」

「きゃッ……!」


 先ほどより震度大きい地震。

 一瞬の後に吹いた風が、飛鳥やサラサにまで及んだ。




「ゥゥゥーーーガアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」




 原因は、すぐ目の前に。

 崩壊する地盤、伐採どころか微塵に砕かれる木々の屑が舞い上がる。


 その中に混ざるアカ(、、)の源は、間違いなくその下にある。


 舞い散る砂や木屑に涙を浮かべつつ、飛鳥は顔を盛大に顰めた。


「何が毒だ……まるっきりドーピングだろ、これ」


 轟音爆発。絶大な音撃は、終いには物質にまで干渉して周囲に砂塵の嵐を起こす




「ガアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」




 足踏みをすれば、地面は軽くミンチとなった。

 サラサは今にも抜けそうな腰を叱咤し、飛鳥は意識を無理矢理昂揚させて歯を食いしばる。


「ッーーー逃げるぞ!!」


 一も二もなく、二人は背を向けて駆け出した。

 その背を追う暴走特急。重厚な生きた鉄塊が、木々を粉砕して暴れ回る。


 飛鳥やサラサがいたであろう場所をある時は薙ぎ払い、ある時は踏み潰す。

 不発と知れば、再び足を運びだした。




「ーーーどうする!?」


 舞い上がる煙は砂と木屑の一対一。盛大に咳き込みながら走るサラサに問いかけた。

 息を切らすサラサは涙を浮かべながら、やけくそ気味に叫んだ。


「知らないわよ! アンタの方がこの森知ってんだから、アンタ考えなさい!!」

「つってもなぁ………あ」


 ふと、二人の目の前に流れる青が映り込んだ。


「川よ!」

「だな……ご丁寧に船まで来てくれた」


 それは背後の土竜が吹き飛ばした物だろうか。

 一本二本どころでなく、流木が急斜面をいく川に流れていた。


 当然、一も二もなく飛び乗った。前の方に生い茂った葉があるお陰か、川の流れをより強く受けて流れる。


「どうせならあん時も流れてくれれば……」


 いいのになぁ、と呟くが、感傷に浸れる時間も長くない。

 現に耳に届くもサラサはそれを聞く暇もないように、背後を指差した。


「来たわよ!」

「ったく、しつけぇなぁ……」


 木を薙ぎ倒しながら進んでくる土竜。地面を潜らずに追ってくるとは、何と滑稽なことだろう。


 飛鳥はげんなりしながら、空いた左腕を《デザートイーグル》に添え、引き金を強く握り込んだ。


「ッーーーくぉ……!!」


 普通ではない負荷が飛鳥の右腕、右肩に掛かる。

 廃莢と発砲を繰り返し、全自動装填拳銃(フルオートピストル)が火を吹いた。


 マズルフラッシュ、弾丸が各々軌道を描いて突貫する。

 疾く、鋭く、貫くように。空気抵抗すら感じさせず、感覚時計零コンマ一秒と経たずに目標まで辿り着く。

 全弾過たず、巨大な暴走特急に直撃した。

 

 しかし、浅い。大半は弾かれ、直撃したのは巨大の丸太のような太い腹部だけだ。

 相当数撃ち込んだが、竜は動きを止めず飛鳥達に迫っていった。


「チッ、なんて硬さだよ。

 ……やっぱ狙うなら顔面か」


 しかし、大きく揺れながら迫ってくる相手により正確な狙いを付けるのは非常に難しい。

 そもそも、射程からいって拳銃は正確性を欠いた武器である。むしろ足場の安定しない水上で、一発も漏らさず直撃しただけ褒められるべき行為だ。


 完全に詰められない距離を作るには、やはり飛鳥の銃は必須。

 しかし、正確性に欠ける拳銃では……。


「…………」


 完全に手詰まりである。これ以上の手当たり次第は弾丸(タマ)の余剰損失だ。


 ライフルがあれば、と苦悶する飛鳥へ、サラサが視線を向けた。


「ーーーアスカ、私の魔術で足を止めれば、トドメはお願いできる?」

「あの火の玉か? 犬っころならともかくあのデカブツはーーー」

「要は足を止めればいいんでしょう? 私の魔術は火だけじゃ無いわ」


 不適に笑い、絶対を誓うサラサ。


「……出来るのか?」

「やるわ」


 少し意地悪か、とも考えながら問うが、即答で返ってきた。本当ならば震えが止まらないはずなのに、気丈にも飛鳥の視線に応える。

 サラサの自信に、飛鳥は同じように笑って頷いた。


「……了解。

 んじゃ、足止めよろしくな」

「分かった」


 そうして短く打ち合わせ飛鳥とサラサの位置を交代する。

 サラサ土竜とより近い位置でしゃがみ、その後ろを飛鳥が陣取った。


「狙うのは下半身だ! 遠慮無くやってくれ!!」

「了解!」


 サラサは揃えた人差し指と中指を中心に右手を広げ、瞑想するように外部から魔力を取り込んだ。


 普段と違う圧倒的濃密度の魔力が流れ込み、サラサは納得した。


「(あの時火龍玉(ファイヤーボール)の威力が高かったのこれね……)」


 魔力には密度があり、一定量魔力を取り込んでも場所によっては魔法の威力が大幅に違ってくる。

 匙加減を間違え、辺り一面焦土に変えたり、威力が大幅に下がって魔物の強襲に命を落とす、などは冒険者の中ではよくある話だ。


「『契約に従い 我が元に集え氷の精霊 (くう)を撫で 固く凍てつき悪なる者共を穿ち貫け』」


 その状況に素早く順応することが魔術師の(ランク)を決める要因にもなるが、生憎サラサはその限りではない。


 全力で、あの魔物(モンスター)の足を止めるーーー


 

「ーーー準備完了!」

「よし、スリーカウントで行け!

 行くぞーーー」



 猛獣の雄叫びの中、飛鳥のカウントが耳元まで届いてくる。

 ふと見れば、彼我の距離は五メートル弱といったところまで詰められていた。

 そのダバダバとした足並み揃わない走り方でよくぞここまで追えるものだ。


「ーーーワン……ゼロ!」




 ーーー『氷騎槍フリィザランス




 氷の槍。

 空気中に漂う僅かな気体を凝結させながら、十本の槍が水上を滑って突貫した。



「ッーーーヴォオオオオオオオ!!?」



 地面や土竜の下半身を穿ち、血が舞い飛んだ。その血すら氷結させながら、地面と土竜の足が氷によって接着する。



「ーーーーー!!」



 その隙を見逃さない。照準線(ライン)の先に頭を置き、躊躇いなく引き金を握り込んだ。


 今度こそ、全弾過たず。

 頭部へ狙った銃の雨を避けること出来ず、無抵抗に自身の顔面へ迎え入れた。


「ーーーよしっ!」


 沈黙し、崩れ落ちる様を見届け、思わずガッツポーズを取る飛鳥。その前ではサラサが安堵の息を溢していた。



◇◆◇◆◇



 やれやれ、この森は草臥れることしか無いのか。


 土竜に似た何かが崩れ落ちていく様を見届けながら、糸が切れたように倒れこんだ。

 隣では疲労困憊という様子で嘆息しているサラサに、行儀が悪いが寝たまま片手を上げた。


「お疲れさん」

「もう二度と潜りたくないわ。こんな修羅場……」

「だな」


 肝が冷えたってのはこういうことか。こんな体験中々出来ないし、頼まれたってしたくない。


「……これ、どこまで続くのかしら」


 座り込んだサラサが、徐々にスピード上げている流木の進む方を見て呟いた。

 穏やかな風と、見上げれば雲一つない快晴の空が変わらずそこにあった。今この時だけは、魔物とか森を出ることは考えずに過ごしたい。


「さぁな、今はなるようになるだろ。

 それより俺は、今休憩したい」

「そりゃ私もだけど……そうも言ってられないんじゃない?」

「常に緊張張るのはいいが、あんまオススメしないよ」


 大事な時に切れたらシャレにならんからな。


「今は休息、このまま出口まで行けば御の字だ」


 ……と、サラサが返事をする前に、流木の流れが止まった。

 いや、というより行きつく所まで行ったというのが正しいか。水流による振動が無くなり、穏やかな水面を滑るような感覚が背中から感じ取れる。


「ここは……?」


 サラサが辺りを見回すのに倣い、俺も重い腰を上げた。


「…………」


 青だ。

 風で揺れ動き、規則正しい波長を作る青がある。

 それはエネルギー保存の法則に従い、尚も動きを止めない流木がしばらく進んでも端まで行き着かない広大さだ。


 俺達は元来た道を振り返る。川が流れ、ここに繋がる口を境に森と草原が途切れていた。


「ここは……」



 まさかーーー



「……海?」


 俺の言葉を引き継ぐように、サラサが呆然と呟いた。

 ……指を水面に漬け、舐める。


 ………しょっぱいな。


「海水だな」

「じゃぁ……」


 未だ実感が湧かないのか、それとも感覚が麻痺してるだけか。

 河口(、、)に向いていた視線をゆっくりと俺の方へ向けてきた。


「私達、あの森を抜けたの?」

「そうみたいだな」


 ぺたりと座り込んだまま、被っていた帽子すらズレ落ちていく。そういやこいつ帽子被ってたな。そんなの考える余裕も無かった。


「…………や」

「や?」


 や?




「ーーーやったぁぁあ!!」




 肩を震わせ、一瞬俯いたかと思うと、次には喜色満面で飛びついてきた。

 それはとても晴れやかな笑顔で、初めて見る表情と突然抱きついてきたことに不覚にもドキッとした。


「お、おい危ないだろ。ここ何の上だと思ってんだ」


 一応注意を促すが、サラサはいつの間にか肩に顔を埋めて啜り泣いていた。

 笑ったり泣いたり、忙しい奴だな。

 ……まぁ、確かに気持ちは分からなくも無いが。

 ギルドだの何だの、異世界(それ)っぽい単語はあったが、やはりサラサも年相応の女子ってことなのだろう。


 なら、胸を貸してやるくらい問題ないよな?


 俺は小さく震えているサラサの頭に手を添え、泣き止むまでその姿勢を貫いていた。


 これにて5は閉幕。

 次回、王国でのお話を挟んでから飛鳥の話を続けていきたいと思います。

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