5-4 境界の森
ちょっと内容に詰まってきた……(汗
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「ーーーで? これからどうする。
俺としては早くこんな森おさらばしたいんだが……」
「そんなの、私だってそうよ」
当然でしょ、と遠い目をして呟くサラサ。
迷宮のような森に狂暴な魔獣。飛鳥の世界の富士の樹海よりも質の悪い迷宮区だ。
常人ならば、むしろ当然の感想である。
「とりあえず、南へ行きましょう。
北へ抜けた先には死の大地があるから」
ーーーここは境界の森。
巨大な大陸、ヴァルゲンハイムを分ける大森林であり、超重量級魔生物の巣窟である。
一度足を踏み入れれば、その迷宮のような木々の獣道に方角すら忘れ、屍すら外へ漏れることなく朽ちていく。
この森が分けるは、ヴァルゲンハイムの大多数の民衆が住まう独立ギルド国家ツェベルゲハーウェンと、人間居住率およそ零割の荒廃した大地死の大地である。
1978年ーーー今よりおよそ十数年前。
栄華を誇り、広大な国土を持った美の国『ウィリシア』。境界の森の北側を実質支配していた大国がかつてはそこにあった。
軍事力は比類なきほどに強力。北国連合というよりは、北は全てウィリシアであると考えた方がいいほどに統率された王国軍だった。
境界の森は超危険区域。態々超えてまで侵攻しようという国も当時はいなかった。
消耗戦を用いると、ウィリシアはほぼ無敵と言って良い。
境界の森を挟んでいるということもあって他国の影響が入りづらく、独自の技術や文化が根強く残った美しい国だった。
しかし、それはかつての栄光。
九人によって仕掛けられた戦争に、大地は荒廃し、一夜にして焦土の地と化していた。
普段こそ、情報の流通が遅い国間だが、あの時ばかりは誰も忘れられない。
夜、空を紅蓮に染め上げ、森すら焦がしていく悪魔のような炎を。森を介してすら伝わってくる、人体の焦げた恐ろしい腐臭を。
人々はただ恐るしか方法は無く、『魔王の怒り』と呼び、片時も忘れられない悪夢を植え付けた。
かくいうサラサも、幼いながらに覚えている。
紅蓮に染まり、人の燃やして出た煙で灰色の雨雲を作ったあの光景を。
「ーーーとにかく、北に行くのは止めましょう。あそこは何があるか分からないわ」
思い出せば自然と震える体を叱咤し、気丈に飛鳥へ唱える。
それに飛鳥は軽く頷いて、
「南だな。ま、太陽見てれば分かるだろ」
実は、この森において方角特定するのは簡単であり、抜けようとすればできないことはないのだ。
しかし、何故それを今日までできなかったかというと、偏にこの地に住まう魔獣の仕業である。
魔獣の住まう、悪魔の森。境界の森とは得てしてそう呼ばれ、恐怖の対象なりがちだ。その実穏やかな森なのだが、予め大人達から伝え聞かれたことで固定観念を抱いている人々にはそれが逆に恐怖を煽り立てるようだ。
方角を見ている内に襲われたら、と考えると、ゾッとしてしまう。
しかし、一日どころか一月も二月もこの森にいる飛鳥はあっけらかんとしていた。
サラサを背に従えて、草の音を立てないよう静かに、しかし迅速に移動する。
それに付いて行きながら、徐に空を見て、
「えぇ、そうーーーね?」
思わず語尾が跳ね上がり、硬直した。
そこには雲少ない快晴。太陽が南から照りつけ、サラサ達の影を差している。
「…………」
「あん? どうした、サラサ」
急がねーと置いてくぞ、と飛鳥が声を掛けるのを切っ掛けに、顔を俯かせて肩を震わせる。
「……ね、ねぇ、アスカ? 私達、南に向かっているのよね?」
「あ? あぁ、そうだよ。だからこうして南にーーー」
続く飛鳥の言葉は、胸元を掴み上げたサラサの怒鳴り声によって途切れた。
「私達が今歩いているのは北よ!? 何で太陽に向かって歩いてるのよっ!!」
「は、はぁ? だって、太陽って普通は南だろ?」
「北よバカッ!!」
乱暴に襟を離し、鼻息荒く方向転換するサラサ。飛鳥はそれを止めることなく、むしろ焦燥感で追う暇すら無い。
「(……どういうことだ? 太陽が北? つまり、地球の地軸の角度が違う?)」
混乱する頭の中であれこれ議論するが、どうにもよく分からない。地球の常識とはこうも勝手が違うのか。
とりあえず『この世界では太陽は北側』という認識を立てておいた。
一先ず納得し、サラサを追おうと視線を向けたーーーその時。
「ッーーーサラサ伏せろ!!」
「ぇーーーキャァ!!」
バックサイドヒップから銃を抜き放ち、発砲。
この間およそ2,5秒。
素人である飛鳥にしては上出来な記録だった。
放たれた弾丸が、今まさに襲おうとしていた細身だが巨大な魔物の頭に直撃する。
間違いなく即死だ。物言わぬ骸と化し、緑の血を吹き出しながら崩れ落ちた。
しかし安心するのも束の間。
今のやり取りで音を聞かれ、血の匂いを嗅ぎ取った者が集まってくるだろう。
特に虫の類の血は他の魔物よりも鼻に残る嫌な臭いだ。
「ちッ……走れ!!」
叫び、自分もその場を置き去りにする。
サラサの横へ追いつきながら、辺りを警戒しながら並走した。
「な、何だったの今の!?」
「隠密性の高い魔物だ。音を消すのが上手いし、この木の間からもすぐ俺達を発見できる」
他にも異様に聴覚の発達した魔物や、逆に嗅覚以外が著しく退化した魔物など幅広い。
ここには、安息の場など無いのだ。
「そ、そんなの反則じゃない! いったいどこを行けばーーー」
「ーーーーー!」
一瞬の逡巡の後、飛鳥はコースやや左に変更する。
「川へ向かう! あそこは大型の魔物があまり出てこない」
「どんな種類の魔物が?」
「小型の狼みたいな奴らだ。ただ何匹かで群れを作ってるから注意しろ」
そう言う内に、二人は川を目の前にした。
底まで見える透き通た水が穏やかに流れる。周囲の穏やかな光景もあって美しいが、風流など全く気にする暇がない二人は川沿いを走っていく。
「ーーー来たぞ!!」
足に巻きつけたホルスターからナイフを抜き放つ。サラサもそれに続くように、細剣抜いた。
迎えたのは狼。だが飛鳥の世界のそれよりも一回り大きく、四つ目一対の奇妙な狼だった。
群れを構成する狼が四方から飛びかかる。
精錬された動き、まるで軍人のような無駄を削ぎ落とした攻撃に、知らず飛鳥とサラサ表情は強張った。
飛鳥がナイフで受け、サラサが細剣を振るう。これだけ至近距離では銃も使えないが、飛鳥は慣れで不要になっている。
自然と背中合わせになり、互いの背後からの奇襲を許さない。多数派との戦闘において重要なのは『孤立しないこと』だ。一人になれば、それは必然『嬲り殺し』である。
切れ味の鋭い歯が迫ってくる。406ポンドという驚異的な顎が飛鳥の喉元を狙う。
「ーーーッ!!」
咄嗟に身を引き、逆手に握ったナイフとかち合わせる。一瞬の拮抗の後、余りの膂力に徐々に腰を折られていった。
その隙を狙った他の狼が、サラサを振り切って突撃する。四つ目に欲望の色を帯びて、舌と唾液はだだ漏らしだ。
「アスカーーー!!」
振り向くのも一瞬、正面の狼に細剣を突いていく。血塗れの一体がようやく崩れ落ち、サラサを囲うのは残り三体となっていた。
警戒と緊張から硬直状態に陥り、片時も目が離せない。
「ッ……!!」
舌打ちをし、鋒の照準を合わせる。
とーーー
ーーーズドン!!
爆弾ような音が背後から聞こえてきた。
肩口まで伸びたサラサの髪が舞い上がり、肩を震わせる。
「っ……な、なに?」
思わず振り返ってしまったのは、完全な油断だろう。
その明確な隙をついて、三体の狼がサラサへ飛び掛かった。
それに素早く反応し、飛鳥が持ち替えた銃を発砲する。尋常じゃない轟音が、咄嗟にしゃがんだサラサの鼓膜を打ち、狼の悲鳴がデュエットした。
ただ、背を向けたのは飛鳥も一緒で、それを好機と狼共は飛びかかる。それを飛鳥越しに見たサラサは、
「『盟約に従い 我に集え炎の精霊』」
体から零れる魔力が、赤い光となってサラサを輝かせる。
「『火床より登りて来れ』
ーーー『火龍玉』」
渦を作り、高速ドライブ回転した火球が顕現する。世界の理に倣い、顕現した神秘が狼達を焼き払った。
その全長はサラサの背に匹敵する。車輪のように高速回転しながら、悪魔の如く車線上の草花ごと狼を焦がしていく。炭化した肉は更に焼かれ、霧散して空気へと溶けていく。
……RPG定番の魔法が、超危険区域の魔物群れを悉く焼き払った。
「ッーーーお、おい、今なんかスゲぇの出たぞ!?」
「う、うるさいわね! 加減が出来なかったのよ!」
明らかな過剰攻撃に飛鳥が冷や汗を流す。車線を走るように燃える地面から、それはサラサも自覚はしていた。
ただ、普段の裁量で魔術を行使する筈だったのだが、想像以上の威力になってしまったのだ。
いつも通りの筈なのに、とサラサは首を傾げた。
とはいえ、これで狼は全滅である。
飛鳥はふぅー、と溜息を吐き、腰に銃を戻した。
「いや、誰かさんの火事のお陰で助かったぜ」
「ちょっと」
冷たい目を向けられ、おどけるように肩を竦める飛鳥。
「大体、アンタの方からもすごい音がしたじゃない。何だったのよ、あれ」
「あー、あれね」
ん、と飛鳥は何故か川の向こう側で生き絶えている狼を指差した。
「……何あれ?」
サラサは怪訝な顔をし、
「何がどうしたらあんなところまで吹き飛ぶのよ」
「こいつのな」
そう言って、飛鳥は左手だけに填めたハーフフィンガーグローブを指差した。
よく見ると、指の根元の関節に銀の宝石のような装飾がされている。
「ここで思いっきり殴りつけると、爆発したみたいになるんだ」
さっきの音の原因はこれだ、と言わんばかりに見せつける飛鳥に、サラサはげんなりとした。
「……もしかして、それも魔導兵器?」
「多分な」
カッコいいだろ? と少年のように笑う飛鳥。サラサは価値を分かっていない男に言い募ることもせず、どこか諦めの表情で先を促した。
「早く行きましょう。ここはさっきの滝から繋がってるのよね?」
「あぁ。ただ、その先は俺も行ったこと無いんだ」
夜までに拠点へ戻ることを考えると、行動範囲が著しく狭い。外で一夜を明かすなど考えられない。生死のリスクを測りながら、飛鳥は慎重に森の構造を把握していた。
しかし、ここから先は全く未開の地。飛鳥の全く知らない場所だ。
「……サラサはこの森に入った時の道を覚えてーーー」
「いる訳ないでしょ」
だよな、と呟き、嘆息する。サラサがいるところまで戻れればいいが、鳥類共の襲撃によってそれも望めない。
「まぁ、この川沿いを歩けば、その内出口が見つかるかもしれないな」
「そんな適当な……」
危険な魔物が跋扈するこの森で、楽観的すぎるのではなかろうか。
僅かばかり抵抗を感じるサラサだが、飛鳥はサラサを置いて先を歩く。それに口を開きかけるが、色々と諦めたサラサは嘆息してその背を追いかけた。
区切りを優先すると、どうしても実のない内容になってしまうのが不思議!!