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4-3 甘いものは別腹

 新年になってから一ヶ月以上過ぎてしまいました。遅れてしまい申し訳ございません。


 からりと鈴が鳴り、背中越しに、若い男の少し高い声が聞こえてきた。


「お邪魔します」

「……はぁ、面倒だねぇ。今日はよく客が来るよ」


 適当に座んな、とぞんざいに言って、お婆ちゃんはお菓子の為に重そうな腰を上げた。

 私はお婆ちゃんと新しい客のやり取りを無視して紅茶を飲んでいると、では、と男の声が寄ってきて、スーツを着こなしたイケメンが視界に入ってきた。


「失礼します」

「………」


 ……ちょっと。

 なんで私のお向かいに座るのよ。

 初対面で、しかもイケメンにいきなり馴れ馴れしくされると困るんだよ。現代日本人のコミュ力舐めんな。


「申し訳ございません、かける場所がここしかなかったもので」


 と、私の無言の抗議も笑顔で受け流して、長テーブルに置かれたポットから紅茶を注いだ。


「珍しいですね。あの細い道を一人来られたのですか?」

「えぇ、一応」


 ぎこちない愛想笑いを作りながら、イケメンの問いに簡潔に答えていく。若干素っ気ないかとも思ったが、相手は特に気にしてないようでニコニコしていた。


 ……やっぱイケメンが笑うと絵になるなぁ。

 しかも、よくいるドSなイケメンが浮かべるような裏表のある悪い顔じゃない。これはこれで逆に気になるな。何を考えているのかという意味で。


「私もこの街の駐在に聞いてきたのですよ。

 人が少なく、落ち着ける場所ですね」

「お忍びで来たんですか?」


 見た感じ貴族っぽい風貌だから、もしかしたらホントは一人じゃ危ないんじゃないか。

 私の言葉に少し間をとって、


「一介の騎士にそのような言葉は不要なんですがね……」


 思い出しながら浮かべる表情は、顔にとてもよく似合っていた。

 胸に手を添えて、恭しく礼をする。


「……申し遅れました。

 私、聖バロテロ王国近衛騎士団、ベルディア・ヴァルサーと申します」


 気品があって違和感の無い動作にやっぱ異世界だなぁと久しぶりに再認識する。

 イケメンで騎士様とか、物語からそのまま出てきたような人だよね。


「エミです。どうぞよろしく、ヴァルサーさん」

「どうかベルディアと。敬語も無しでお願いします」

「……じゃ、私もエミで」



 その後は紅茶を飲みながら当たり障りのない世間話をする。

 言葉遣いを抜きにすれば、ベルディアは結構フランクだ。相変わらずニコニコしているのが少し不気味だけど。

 それにしても、こうしてベルディアみたいな騎士団の人から話を聞けたのは良かった。


 私の村やこの街は、およそ等分に分かれた三大国の内、南の聖バロテロ王国の領地にある。

 そんな大国でも、もう半分国境に位置するこの場所だとどうしたって情報の伝達が遅い。それこそ、本とかなんて圧倒的に足りてない。

 その点、王族とかが住む王都はやっぱり街が栄え、発展著しい。

 中でも王立魔導図書館は大陸最大規模と言われてるらしい。


 時々忘れそうになるけど私は異世界人。今はこうして日常生活やっていけてるけど……。


 やっぱり、お家には帰りたい。


 元の世界には家族だっているし、友達だっている。

 やりたいことだってあるし、いつかこうなりたいっていう夢や憧れも……ちょびっとばかしある。


 飛鳥だって探さなきゃいけないし、これはそろそろ動き出した方がいいのかもしれないな。


 気づくと、視線を落として黙考していた私に、


「……エミ、一つ伺いたいのですが」

「ん、なに?」


 慌てて顔を戻すと、ベルディアはばつが悪そうに苦笑した。話を無視しちゃってたかな。

 そんな懸念を他所に、ベルディアは視線を隅っこに置かれた皿と、お婆ちゃんの引っ込んだ奥へ向けた。


「その……このお店の菓子の感想を聞きたいのです。

 不躾だとは思いますが、此方の話を伺ってから、どうも気になって仕方がなくて」


 言いながら笑みを深めるベルディアは、まるで溢れる笑いを堪えきれないといった様子だった。

 ……さっきからニコニコしてたのはただお菓子楽しみだっただけか。

 そういえば話題も王都のこと以外はほとんどお菓子の話だし、相当なお菓子好きみたい。


 と、奥にいたお婆ちゃんがタイミングよく戻ってきて、


「ほらよ。サッサと食いな」


 見た感じミルクレープの乗った皿を二つ、目の前に置いた。


「言っとくがそれが最後だからね。あんま老骨に鞭打つんじゃないよ」


 と言って、お婆ちゃんは曲がった腰をトントン叩きながら編み物に戻った。

 ……あ、ベルディアが目に見えて落ち込んでる。どんだけ菓子好きなんだ。もうこいつお菓子ナイトでいいんじゃなかろうか。

 大丈夫だよベルディア。この手のお菓子とかってホールとかで作るから、きっとお代わりいくらでもできるよ。


「……まぁ、それは自分の舌で確かめてみてよ。きっとはずれは無いから」

「……そうですね」


 では、いただきます。

 そう呟いて、ベルディアはフォークを取った。



◇◆◇◆◇



 で、ベルディアから外の話を幾つか聞いたりしてお茶して、気づけば夕方になっていた。

「次はこんなまでいるんじゃないよ」とお婆ちゃんに言われたけど、来るなとは言われなかった。機会があればまた行きたいな。


 大通りに出たところで、ベルディアの見送りを断って別れる。


「今日は有意義な時間をどうもありがとうございました」

「私こそ、王都の話とか参考になったよ」


 近いうちに、私は今の村を出て行くことになる。

 その時の為に、必要な情報は集めれるだけ集めときたい。


 元の世界に、飛鳥と帰るために。


「王都に来た際にお訪ね頂ければ、ご案内いたします」

「ありがと」


 じゃーね、と互いに手を振り、反対の道をそれぞれ歩き出した。




「♪〜」


 あぁ、それにしても満足したなー。

 一食甘い物で過ごすなんて憧れてたんだよね。でもあんだけ食べちゃうとお腹まわりがちょっと心配だ。


 心なしか膨らんでいるお腹を摩りながら、あらかじめエアルと決めてた宿屋への道をスキップで行った。

 あんなに人がごった返していた表通りも、夕方になると人が少ない。皆家か、泊まりの宿に帰ったんだろう。


 と、戸締りを始めていたお店を眺めながら、あることに気づいた。


 ……結構沢山の人いたけど、その内どれくらいが宿住まいなんだ。


「…………」


 ……これ、結構マズいんじゃね?



◇◆◇◆◇



 日がとっぷり沈んで、夜の月が登った頃。

 グッタリした様子で、灯りの点いた宿屋の前に突っ伏すエアルの姿があった。


「よ、ようやく着いた……っ!!」


 日中は愛美の後を追いかけようと人並みに乗り、ある時は逆らって愛美を探索していたのだが、そもそも自分が何処にいるのかすら分からなくなる始末。仕舞いには一度エアルの村とは反対から街の外へ出てしまうこともあった

 これはいかんと道を聞こうにも、初対面の人間と話すだけの能力がエアルには無かったらしく、要領を得ない説明を元にしてひたすら歩いた。

 ようやく辿り着いた宿の名前を、二回三回と読み直して、記憶と違っていないか何度も確認した。


 で、あと一歩で宿内(ゴール)という所で崩れ落ちているのが現在のエアルである。


「と、とにかく中へ……」


 足が棒のよう、という表現があるが、街のおよそ全体を回ったエアルとしては意識的に疲労骨折寸前であった。


 足を運ぶ、というより引き摺るようにして店内に入るとーーー





「おっしゃー、12!」

「おぉ、中々イケるクチだな嬢ちゃん!」

「へっへー、まだまだ! あたしゃザルだよ!」





「…………」


 酒乱(えみ)がいた。

 1リットル近い木製ジョッキになみなみと注がれた麦酒を一息で飲み干していた。

 そして、口を話した後は周りの中年男と笑い合いながら、また注がれた酒に口をつける。


「…………」


 完全に出来上がっている。

 酔いというか、雰囲気というか、とにかく愛美が異様なほど彼らと馴染んでいることに、エアルは開いた口が塞がらない。


「……ん? よぅ坊主、んなとこ立ってねぇでこっち来いや」

「あ、やっほーエアル」

「あ、あぁ……」


 あいつ誰だ? と聞かれ、知り合い(、、、、)と返す愛美に肩を落としながら、エアルは唯一素面だった酒屋のマスターの許まで歩み寄った。


「泊まりか? 生憎、あの嬢ちゃんの取った部屋で最後なんだ」

「い、いや、というより……」


 いつの間にか酒飲み対決を始めている愛美を流し見て、


「その嬢ちゃんの付き添いなんだが……」

「あぁ、なるほど……」


 マスターはエアルの視線を追い、災難だなと静かにエアルを慰めた。


「……で、あれは何であぁなったんだ?」


 胡乱な物を見るような視線で、宴会状態の愛美達を流し見た。真ん中にいる場違いな少女はそうでもないが、周りのおっさん連中は果てしなく五月蝿い。まず間違いなく近所迷惑である。

 ここが宿屋であり、上の階に人が寝ていると思うとただ手を合わせるしかない。


 エアルの言葉に、マスター苦笑いを浮かべた。


「最初はカードで賭けでもしてたんだろうけどな。途中からあの嬢ちゃんに悪ふざけで酒飲ませた奴がいて……後はあそこまで直行だったよ」

「……はぁ」


 本人は平気そうにケラケラ笑っているが、あれは立派な酔っ払いだった。


 ふと気づくと、カウンターの近くに何人か倒れている。イビキが聞こえてくるからまず問題は無いだろうが、起きた後が二日酔い(じごく)だろうとは予測に難くなかった。


「ま、相方があんなじゃお前さんも酔わす訳にもいかねぇな。何か軽いもんでも作ってくらぁ」


 そう言って、マスターは奥へ引っ込んでいく。


「……はぁ」


 それを見送って、エアルはようやく一息ついた。

 ダイニングテーブル下で揺らす足の筋が張ってる気がする。椅子にかけて初めて感じる倦怠感が、今日の疲れを如実に表していた。


 マスターの言うとおり、エアルは災難だった気がする。愛美を見失ってからは、土地勘が無いのでどこがどこなのかさっぱりだった。食事も件の串焼きのみだし、人波に揉まれ、移動もままならない。


 そんな哀愁漂うその背に近づく人影が一つ。



「ーーーばぁ!」

「うぉ……っ!?」



 不意に掴まれた肩を跳ね上げる。寸前まで全く気配が無かった背後には、いつの間にか愛美がいた。


「お、おどかすんじゃねぇよ!? 心臓に悪りぃな!!」

「えっへっへ〜、だってびっくりさせようと思ったんだもん」


 普段より些か緩い表情を浮かべ、ごめんね? と首を傾げた。


「…………」


 ……ヤバい。

 これはヤバい。今の仕草の破壊力に、エアルの心は深刻なダメージを受けた。

 多分、いや確実に今の愛美は酔っている。

 アルコールを取っていないのに顔を赤くしたエアルは、一度も見たことが無い仕草に激しく悶え、危機感を持った。


「お、お前、酔ってるのか?」

「んー? んー、ちょっとだけ」

「他の奴らは……」


 チラと見た酒豪達は皆愛美に敗れ、倒れ伏していた。


 ーーーあの人数を一人で?


 思わず戦慄の表情を浮かべるエアルの横には、相変わらず笑みを浮かべたままの愛美。

 死屍累々の光景を唖然として見ていたエアルに、


「こらー、あたしがいるってのに他の人を見るのかぁ〜」


 細く白い指がエアルの顔を捉え、視線を逸らされた。


 愛美の拗ねた表情が目と鼻の先に。


「ーーーーーッ!!」


 顔が熱いのは、愛美の火照りだけではない。

 アルコールが微かに香るが、それを上回る愛美の匂いがエアルの理性を刺激する。


「ッ……!!」

「……?」


 言葉も出ず、慌てて顔を離した。

 その動作に首を傾げるが……そこは酔っ払い、頓着せずあくびをしながら突っ伏した。


「くぁ……」

「おいおい、大丈夫かよ?」

「んー、ヘイキヘイキ〜」


 どう見ても平気そうには見えない。


「部屋戻って寝た方がいいんじゃねぇか?」


 こんな時どうすればいいのか分からず、声だけかけてみる。魚屋を経営するエアルの父は酔いが回るほど飲む男ではなかったし、潰れていても放置していた。

 時々近所のおっさん達で潰れるまで飲んでくるが、その時は精々寝室まで力づくで引っ張ていくくらいだ。


 愛美は女性。倫理的にその対応はいいのかエアルには分からなかった。

 よってエアルの取り得る手段は、口交渉による懐柔のみだった。

 エアルは組んだ腕を枕に寝てしまいそうな愛美に頻りに声をかけた。ここで寝ては風を引いてしまう。


「んー、大丈夫だよ」

「いや、そう言うけど、お前結構酔ってるぞ?」


 意識はハッキリしているように見えるのだが、普段よりもスキンシップが多い気がする。顔を赤くしてトロンとした顔はエアルの理性を現在進行形で削っていた。


 エアルがあまりにしつこかったので、愛美は唇を尖らせた。これも、普段あまりしない仕草だ。

 そして、エアルの前に酒瓶を置いて、


「じゃぁ、これ飲んで」

「は?」

「あたしもう飲みきれないから、これ飲んで」


 テーブルをスライドして近づいてくる酒瓶。中身は三分の一とない。日中歩き通したエアルの空きっ腹でも十分入る量だった。


「……分かったよ」


 コップに注ぐでもなく、そのまま瓶口に口をつけて煽った。時間を考えると、チビチビいかないで一気に行ってしまった方が楽だ。

 食道や鼻を通り過ぎるアルコール臭は、普通のそれより大分強かった。


「……ふぅ。結構強いな、これ」

「今の間接チュウだよ?」

「ぶっーーー!?」


 してやったりと笑いながら、愛美がからかうように爆弾を落とした。

 胃に流した筈の酒が逆流しそうになった。


 ……考えてみれば愛美が先ほどからコップを持っている様子が一度も見られなかった。転がっているコップの破片やらはとうの昔に愛美が潰した男達ので、愛美は最初から最後までずっと直飲みだったのだろう。


 愛美は可愛らしくケラケラ笑い、


「やースケベェ」

「ち、違っ……!!」


 エアルも反論しようと試みるが、楽しそうに笑う愛美の無邪気さに心を乱される。


「……何だ?」


 と、手に小さな鉄板を乗せた皿を持ったマスターが、丁度暖簾を潜って戻ってきた。


「二人仲良く飲み会か? 随分楽しそうじゃねぇか」

「ち、違う。ただこいつの残した酒を飲んでただけだ」

「へぇ、まぁ空きっ腹に酒詰めるのは良くねぇぞ。ほれ」


 目の前に出された鉄板の上には、肉とご飯が炒められたガーリックライスのようだった。

 今日の食事が、携帯食料と酷い串焼きだったエアルにはご馳走に見えた。

 他の客が全員酔い潰れ、注文が入らないと踏んだか、マスターは胸ポケットから煙草を取り出した。


「まぁゆっくり食えや。相方はお眠みてぇだからな」


 火の付いた煙草を咥えながら、苦笑を浮かべてエアルの視線を促した。

 隣で愛美は眠そうに瞬きしながら、意識を手放しかけて突っ伏していた。

 ここまで来てしまうと、もう何を言っても起きないだろう。


「………」


 仕方なく愛美を諦め、エアルは目の前のご馳走に手を付けた。肉と共に炒められているようだが、脂が気にならない。味付けに気を遣っているのか、塩気だけではない旨味があった。


 ものの数分で平らげ、礼を言うと愛美を運ぶのに四苦八苦しながら二階へ連れていった。

 マスターは紫煙を燻らせながら、過度に体を触りそうになって慌てるエアルを見て「苦労してるな」と笑った。


 序盤の方で愛美が自称コミュ障とか言ってますが、そんなことはありませんのでご心配なく。

 彼女は旅行先の現地人と一日でホームパーティー開けるだけのコミュ力があります。

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