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4-2 甘いものは別腹

 ーーー愛美が裏道へ入ってから程なくして。


 エアルは昼食を求めて大通りに入っていった。

 昼時を迎えた商店街というのは普段には無い盛況がある。エアルの村にも似た店が幾つかあるが、これほど人が一カ所に集まった景色を見ることは無かった。


 子供連れ、仕事の昼休み、恋人と食事。遠目に見ただけで分かるこの街の人口と、人間関係の千差万別さには目を見張るものがあった。

 エアルは溢れる人の波に少し戸惑ったが、比較的空いてる店を見つけ、昼食を取るために入った。


 偶然にも、その店は愛美が入った鉄板屋だった。


「お、らっしゃい」


 気風のいい若い男の声が淋しく店内に響く。

 床は心なしか油が滑り、全体に煙を排気し切れていない淀みがあった。

 少し焦げ臭い店内にエアルは失敗したか、と密かに顔を顰めた。

 人がいない上に、目の前の男以外店員がいる気配が無い。かと言って、その男の手つきはどうかと聞かれれば、素人目にも上手いとは言い難い。

 アタリハズレで言うなら間違いなくハズレだろう。


 とはいえ、ここまで来てしまえば最早手遅れである。既に店員に顔も認識されている為、踵を返すこともできない。


丸鶏(チチコ)の串焼三つ」

「あいよ」


 とりあえず無難な物を、それなりな数頼んだ。一つ返事で、大きめに切った鶏の塊を竹串に刺していく。

 失敗しようのない品目を選んだつもりだが、「今日は客が来るな……」という呟きにエアルの不安を募らせた。


「……なぁおっさん。ここらで評判の店って知らねぇか?」


 『口直し』という意味合いのエアルの質問は、奇しくも愛美と全く同じ質問をしていた。

 逐一タレを肉に付けながら、炭火で焼いていく男は、何処かで聞いたような質問に苦笑を浮かべる。


「……なんだ、最近じゃんな質問が流行ってんのか?」

「?」

「さっきここにな、メシも頼まずにそれ聞いてきた美人な嬢ちゃんがいたんだよ。黒くて綺麗な髪してたからよく覚えてらぁ」

「っ……」


 黒い髪の美少女。

 それだけで誰かなどすぐ特定できる。少なくとも、エアルは彼女以外に黒髪を持った人間を一度として見たことがなかった。


 愛美がここに来ていた、という事実に軽く動揺が走る。もしやまだ近くにいるのでは、と微かに期待してしまうのだ。

 目ざとく、それを見つけた男はニヤリと笑った。


「何だ? ひょっとして彼女さんだったか?」

「な……ち、違うっ!! ただの連れだ、同じ村の出身ってだけだ!!」


 矢継ぎ早にそう口走って、自分で言ったことに少しばかり気落ちする。今の発言は、自分で未だ脈なしと断定していることを認めていることに他ならない。

 それを面白そうに見ていた男は、いつの間にか焼いた焼き鳥三本が乗った皿をエアルの前に置いた。


「まぁ、嬢ちゃんの行き先なら教えてやるからよ。これでも食って落ち着けや。あんまがっつくと逃げられちまうぜ?」



◇◆◇◆◇



 胃の辺りに不快な感覚を得ながら、エアルは外の光を迎えた。


「……ぅぷ」


 昼を過ぎてなお人がごった返す街道の熱気が、今のエアルには解放的にすら感じた。


 胃の奥から吐き気がこみ上げてくる。気持ち悪さから思わず鬱になってしまいそうだ。

 覚悟はしていたが、鶏の焦げと鉄板の煤の香りと甘辛いタレの予想を越えた組み合わせが、エアルの舌を予想外に唸らせた。


「………」


 心的な不快感が拭えない。しかしそれが胃の中に入った劇物だけが原因でないのは分かっていた。


「……エミ」


 口から自然と、名前と名前の持ち主が頭に浮かぶ。エアルが思い起こす彼女の表情は常に笑顔で、屈託がない。

 不思議な少女だった。ふとギルが拾ってきて、簡単に村に馴染んだ少女。

 年は自分より僅かに下ぐらいか、もう少し若いだろうかとエアルは考えている。少なくとも年上か同い年のようには見えないと断じるが、残念ながら同い年である。


 彼女は時折、高度な知識を垣間見せる時がある。

 大人達が紙面を必要とする計算でも頭の中であっさり解いたり、かと思えば紙面に何かよく分からない文字を記すと魚の値段に合わせた出荷数を出したり。


 かと思えば、エアルの店に並ぶ魚を一匹も名を分からなかったり、ここが南端の国バロテロの国境付近であったりという驚くほど基本的なことを知らない。


 かつてその件についてエアルはギルと話し合ったが、果たして記憶喪失かただの世間知らずなのかで決めあぐねていた。

 見たところ生活に支障は出ていない様子だったので、好きにやらせようという結論には至った。分からないことがあるならば、その都度教えていけばいい。



 そんな彼女のお目付役ーーーストッパー的役割を担うのがエアルだった。


 彼女の目には全てが新鮮に映るのだろう。青くクリアな目を輝かせ、光の反射によっては薄く青色に光る美しい髪を靡かせてあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 彼女は否応無く他人を巻き込む所があるが、振り回されることは別に苦ではなかった。むしろそれ自体がエアルにとって心地良くもなっていく。


「…………」


 いつの間にここまで絆されたのだろうと考え、最初からだろうかと苦笑した。

 今になって思えば、一目惚れではあったのかもしれない。


 初めて出会った時は実家に並んだ魚に目を輝かせていた。

 初めて魔術をエアルに披露した時は自慢げに笑っていた。

 嘘のない、心からの賞賛で嬉しそうに笑った時の愛らしさに、エアルは内心悶絶していた。

 一度漁に連れて行った際に見せられた電気ショック漁法は今でも覚えている。


 彼女の自由な姿は、こちらも見ていて楽しい。楽しそうに笑う心根のやさしい少女だ。

 不思議と放っておけなくて、思わず手を貸したくなって、その笑顔が絶やすことの無いように。

 その為に、近所の男連中を愛美にちょっかいを出す前にシメたりと、中々過激なことをしていることは愛美は知らない。



 ーーー人を探しに行きたい。



 ふと、愛美はそう呟いたのはいつだったか。この話題の時だけ、愛美の表情に陰りを帯びたのが印象的だった


「…………」


 ーーー男だろうか? 女だろうか?


 邪推してしまうのは、片想い故だろう。

 そして、推測を立てながらも、何となくそれが男のような気がしてならなかった。

 村にも若い女子はいるが、女性間での付き合いにて使う言葉にしては、気安さが多分に含まれた人物評であるから。


 それに嫉妬を覚える辺り、真性だと証明されるのか。

 女性経験の薄い少年特有の勘違いなんかじゃなく、本物の好意。

 ただそれを周りに聞かれて認めるかというと、ムキになって否定してしまうのが少し情けない。


「……はぁ」


 重い、というより切ない溜息を漏らし、



「……あれ?」



 ふと、周りを見回した。

 人、人、人。

 昼などとっくに過ぎた筈だが、この人波は一体どういうことなのだろう。


 しかし、エアルが気にしているのはそんなことではなく、


「ーーーここ、何処だっけ?」




◇◆◇◆◇



「うまー!」


 何これ美味すぎ! 前のガトーショコラみたいな奴も美味かったけどこれもちょー美味い!


 夢中になって皿いっぱいのレアチーズみたいなお菓子を頬張る。

 その様子を、目の前で縫い物をしている気難しそうなお婆ちゃんが呆れながら見ていた。


「やれやれ、こんな場末知ってる余所者の娘なんてアンタが初めてだよ」


 そりゃ地元民に聞いてきたからね、と答えることもなく、ハグハグと無心に頬張る。

 レモンの効いたサッパリチーズと、底に敷いてある薄いスポンジの甘さが絶妙なのよ。軽いアクセントに甘酸っぱいイチゴジャム掛けるともう神様級だね!

 これなら幾らでも入りそう、あのお兄さん許してやれる。

 甘いものは別腹とは言い得て妙ですな。コゲコゲの焼きそばの味なんてとっくに忘れちゃったよ。


「……ま、久方振りの客だ。材料なら腐る程あるから食えるだけ食っていきな」

「はぁーい」


 淹れてもらった紅茶を飲みながら返事をする。

 つってもここまででもう三種類くらい食べちゃってるなー。結構お腹にきてて、もう満腹近いかもしれない。


 どうしよっかなー、と悩んでいると、背中越しにチャリィンとドアに付いた鈴の音が店内に響いた。

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