4-1 甘いものは別腹
◇◆◇◆◇
ーーーそこは地面より僅か高い座があるだけの簡素な部屋だった。
座の中央が暗い室内で一際明るく輝き、存在を主張している。室内の明かりと言えばそれだけであり、消えれば途端に部屋は暗闇で視界不明瞭となるだろう。
その正体は、幾何学的紋様を描く複雑怪奇な陣。その周囲を男が囲み、その中で一人の少女が祈るように舞っていた。
「ーーー天におはす我らの主よ。願わくは、御心の天になる如く地にもなさせたまえ」
祝詞を捧げ、神楽を舞う。
魔力が粒子となって輝き、少女共々幻想的な光景を作っていた。
「ーーー我らを、悪より救い出したまえ」
古来から、神楽と言えば神降ろしの儀と相場は決まっている。
ならば、この者達が神、あるいはそれに近しい者を召喚しようとしていることに他ならない。
では、一体彼らは何を召喚しているというのかーーー?
「ーーーここに魔術師、慎んで英雄召喚を諸神申し奉る」
練り上げられた魔力が密度を上げていく。その光も輝きを増し、室内全員が直視できずにいた。
その最も近くにいた少女も例外ではなく、手で視界を遮った。瞼越しにも光は目を打ってくる。
ーーーそして光は徐々に薄れ、遮られていた部屋の全体像が露わになっていく。
それは先ほどと何ら変わりない祭壇だが、ある一点だけ。
光が飛び交う前とは相違点が存在した。
部屋の照明代わりになっていた光が無くなった祭壇の中央で、一人の少年が立っている。
背は目の前の少女より僅かに高いか同等程度。童顔な顔立ちだが、非常によく整っていた。
「ーーーーー」
何が起きたのか。
そう語る表情をしている少年は、どこか違和感を感じる風貌だ。
黒い髪に黒い瞳。この部屋にいた人物はおよそ二十名と大所帯だが、その全員がそんな稀有な色合いを持ってはいなかった。
服装も、見たことのない素材と形で作られた服を身に纏っていた。
「ッ……!」
その姿に目を輝かせ、口元に満面の笑みを浮かべながら。
少女ーーーイリス・バロテロ・アリアンロッドは、早まる鼓動を抑えて少年へ歩み寄った。
◇◆◇◆◇
村を出て、早三日。
やって来ました、カーストの町。
「おー……」
規則正しく並んだ家々に思わず感嘆を漏らす。
家やお店の壁の色は全部白で統一されていて、素材もうちの村みたいに木じゃなくてコンクリートみたいなので出来てる。
空の青とよく合ってるなー。大っきな建物は無いけどそれが逆にいい感じ。
「綺麗な町だねー」
「うちの村とは大違いだよな」
「えぇー、そんなことないよー」
星が綺麗だし、空気おいしいし。
東京とは大違いだよ。
……ただちょーっと視線を感じるのが気になるなー。
何だろ、北の方から来る人少ないから好奇心かな?
気になり過ぎて、って程じゃないけど……。
んー……まぁいっか。何かあったら話しかけてくるでしょう。
「そいで、これからどうすんのー?」
私もエアルも今は手ぶら。
町入る前に見張りの騎士さん(初めて見たー)に全部渡しちゃった。十人以上いたけど、彼なら何とかしてくれる筈……!
そゆことで、用は済んだからもう帰らなきゃ。
……なんだけど。
もうちょっとここにいたいなーっていうのは、ちょっとだけある。
だってこんな綺麗な街なんだもんっ!
ちょっとだけ観光してもいいと思うんだ。
「ここにいたいよ」オーラ全開の私に気づいてくれたのか、エアルは苦笑しながら、
「帰り用の食料とか買わなきゃなんねぇし、着いてすぐ帰るのも疲れるから、今日はここで一晩休んでかねぇか?」
「……!!」
つまりオッケーってことですか?
やったね! エアル太っ腹ー。
そうと決まれば早速行こうじゃないか。
明日には帰っちゃうからね!!
どんなお店あるんだろ?
美味しいごはんあるかなー?
「……そ、それで、だな、エミ」
んー……ごはんもいいけど、まず雑貨だね!!
いいのあったらギルさんにお土産買いたいしっ!
これでも女の子ですから。
小物とかかわいい物も興味あるんですよ。
「きょ、今日は二人で、み、店回ったりとか……って、おいエミ!?」
エアルが何か言ってるみたいだけど、今の私を止められると思うな!!
「お、おいエミ! あんま一人でーーー」
後ろで呼ぶエアルを置いて、私は人混みの中へ入っていった。
◇◆◇◆◇
カーストの町は、簡素な石造りの建物が多い。
職人が巨大な石から切り出す独特の製法で建てられているのだ。これは、町の北東の山の崖から切り出した岩石から作られた物で、耐水性に優れた素材であるという。
この町のおよそ建物といえばそれが主流であり、それ以外といえば町の南……ちょうどバロテロ王国王都を向いている木造一戸のみである。
唯一の木造。だけでなく、それはどの建物よりも高いがだけに、より一層注目を浴びる存在となっていた。
何より、それが注目となる一番の理由と言えば、最上階から垂らすように掛けられた大きな布だろう。
赤地の布に縁を金の糸で装飾され、真ん中には大きな鉤十字。
そして、その鉤十字のまるで讃えるかのようにユニコーンの翼を大きく広げていた。
それは、紛れもなく国旗。聖王国バロテロが掲げる誇り。
そして、それを掲げる建物といえばーーー
「ーーーようこそいらっしゃいました。ヴァルサー侯爵」
礼を取り、騎士ダビドリ・アスレティコは一人の男を出迎えた。
線の細い、中世的な印象を与える美青年。腰の辺りまで伸びた癖のない銀髪を首の後ろで一括りにし、口元に絶えず微笑を浮かべている。
ダビドリの簡素な鎧よりも実用性を兼ねた華美な鎧。対象的に、腰には使い古した無骨な長剣を佩刀していた。
それはどう見てもお飾りではなく、有事の際には抜刀されるのだろう。
しかし、見た目優男、しかも話を聞く限り彼は爵位持ちだ。とても前線で戦う騎士のようには見えない。鎧から僅かに除く白い肌は病的とは言わないが力強い印象は受けない。
そんな、益荒男とは程遠い青年は涼しく笑い、
「出迎え、ご苦労様です。面倒をかけてしまい申し訳ない」
「面倒などとは……公爵こそ、数日の遠征でお疲れの中を御足労いただき……」
「これも仕事の内ですから」
言って穏やかに笑って見せるが、顔に浮かぶ疲れを隠せていなかった。
「……先日まではどちらに?」
「北のファースに視察を」
愛美の村だ。察するに、彼女とは行き違いになったのだろう。
「あの獣人の……」
ダビドリは表情を曇らせた。苦いものを吐き出すような表情での言葉は、忌々しいという心理表現が適切だろう。
元より人間と獣人の仲はよろしくない。特に国の有事に関わる人間には、それが顕著に現れる。
ダビドリの表情に、ヴァルサーは肩を竦める。
「それ以外にも色々と重なりましてね、少し草臥れました。
……少し休息を思うのですが、この辺りで甘い物を売っている店はありませんか?」
静かで控えめながら、隠しきれず光るヴァルサーの目に、ダビドリは内心苦い感情を禁じ得ない。
ベルディア・ヴァルサーという男は無類の甘い物好きである。
侯爵でありながら、護衛も付けずにこうして視察をしたり、剣を振るっていたり、およそ庶民が想像するであろう貴族のイメージとはかけ離れた存在だ。
この世界において、貴族の大半は政務の面で活躍し、騎士など戦闘職は庶民が行うもの、という観念がある。勿論例外もいるが、それを煙たがる者がいることは想像に難くない。出る杭は打たれるのが人間社会の根幹であるのだから。
ダビドリもその例に漏れず、貴族は貴族らしくしていろというのが本音であった。
「ーーーでは、幾つか地図に記させた後お渡しいたします。
……いつ頃、お出になられるので?」
「そうですね……久しぶりの休暇なので、出来れば今日にでも」
既に頭の中は町の菓子へ行っているのか、ヴァルサーはどこか気の抜けた笑みはダビドリをより鬱屈とさせた。
◇◆◇◆◇
「ん?」
お昼前のお散歩で町の商店街を冷やかしていると、ふと目に入った小さなボールが気になった。
「おばちゃーん、これなぁに?」
「ん? そいつぁカラッコって言ってねぇ。
こうして、手の上に乗せて魔力をあげると……」
おばちゃんの手に乗せられたボールに魔力が入って、
「……鳥になった!?」
「中に部品とかが入ってるみたいでね。詳しくは知らないけど色んな種類があるんだよ」
「へー……」
鳥になったそれは魔力を与えられた分だけ動くみたいで、一頻り飛んだらボール戻って落ちてきた。
……面白そうだなー。
「おばちゃん、これ一つ幾ら?」
「5エールだよ。あんま人気ないから、セットで買ってくれたら値引きしたげるよ」
うーん、商売上手……。
少しお手元事情と相談して……
「……じゃあ5個ちょうだい。オマケしてね」
「はいよ、じゃあ全部で20エールだ」
わお、一個無料なんておばちゃん太っ腹だね。
袋にいれず直に受け取ったそれをいそいそポケットに入れる。
……いやぁ、いい買い物した。
これでエアルにでもイタズラしよ。その内飛鳥にしても面白いかな? あ、でも私魔力の使い方他と違うからちゃんと使えるかしら。
まぁいいや、買っちゃったし。
ほくほく顔でありがとー、と手を振っておばちゃんの店を後にする。
なんだかお店が混んできて、そういえばそろそろお昼時なことに気がついた。日が高くなってきたから、日差しが強くなってきた。
そういや結構歩いたからお腹減ったなー。
どっかいいお店無いかな?
こういうのは人に聞くのが一番なので、早速手近なお店に直行する。
入ったお店は……これは鉄板焼き屋さんかな?
「ねぇお兄さん。この辺で美味しい食べ物売ってくれるお店知らない?」
頭にタオルを巻いたちょっと年上のお兄さんが焼きそばっぽいのをガシガシしてる(美味しそうだけどちょっとコゲ臭い)。
お兄さんは、入って注文もせずにオススメのお店を聞いてきた私に苦笑いを浮かべた。
「……嬢ちゃん、飯売ってる俺に繁盛してる店聞くのかい?」
「むしろお兄さんだからこそ、この辺の食通事情詳しいんじゃない?」
あの店が凄いっていうのとか隠れた名店とか。
そういうの知ってるのはやっぱり地元の食べ物屋さんだと思うわけですよ。こういう露店とかやってる場所って競争激しいと思うし。
図星なのか、お兄さんは参った、と苦笑いしながら頭を掻いた。
……コゲちゃいますよー。
「……そうだな。ここ出てちょっと左に行った所の路地裏を入った先に、菓子を売ってるばーさんがいるな。場所が場所なんでほとんど知られちゃいねぇが、あそこはこの街一番つってもいい」
へー……なんだかお昼ごはんの話だったのにお菓子の話してたけど、そこまで言うなら美味しいのかな?
ありがとー、と言って席を立った私をおいおいちょっと待て、と呼び止める。
「……まさかここまで聞いといて何も買わねぇ訳じゃねぇよな」
「……分かってますよ」
正直乗り気じゃなかったけど、
流石にここまで教えて貰ったら買わざるを得ませんでした。
お店を出ると、換気してないで充満してた煙と焦げ臭さから解放されたような気持ちになる。その匂いの元凶の一部が私の手元にあるわけだが。
空気って美味しいなーと鼻歌交じりにその場を後にする。
と、ちょうどその頃から、ちらほら私を見る視線が増えた気がした。
「………?」
何だろこれ……気のせい、じゃないよね?
ひょっとして私が自意識過剰なだけ?
でも、すれ違いざまに目が合ったりするんだよなー。すぐ逸らされるけど。
「………」
うーん、と唸りながら焼きそばをパクパク。
……うーん。
コゲてるし、具が少ないし、しょっぱいし。手抜きでも飛鳥の方が断然美味しいなぁ……。
文化、というか世界の違いって奴なのか、どうもこの世界の料理は私の口に合わない。味が豪快というか、単調というか……まるで調味料塩しか使ってないような料理ばっかり。
素材は良いんだけどね。栽培や養殖に余計な物を使ってない所為か、日本の野菜やお肉より明らかにおいしい。
……はぁ、久しぶりに飛鳥の料理食べたいな。食材の質が良いから、すごくおいしく作ってくれそう。
今どこにいるんだろ。飛鳥なら大丈夫だと思うけど……あいつってば自分のことになるとすっごい鈍感だからちょっと心配。
なんだかんだで顔はイイから(少なくとも私はそう思う)、結構女子から人気あるだろうに気づかないし。そりゃあ、あいつの知り合いも保護者関係で物騒なのが多いから、敬遠されぎみなのは仕方ないだろうけど。
……ま、今は飛鳥よりお菓子だよね、お菓子!
ぼんやりと頭に浮かんだ、心なしか呆れた表情の飛鳥を追い払った。
少しコゲてる焼きそばをいそいそと食べながら、お兄さんの言うとおり少し左に行くと、大通りを左に抜けるような細い道があった。
「おー………」
なんか、ワクワクするこういうの……!!
ちょっと町の裏を冒険、みたいな……。
人三人分くらいの広さしかない道を少し歩けば、大通りの喧騒は遠くなってくる。
僅かに差してくる木洩れ陽みたいな日差しだけの一本道を歩いていると、表の喧騒が消えて、雰囲気がガラリと一変した気がした。
薄汚れた路地に座る人や、朝っぱらから酒を飲んでいる人。何をしているかは個々それぞれだけど、皆いい雰囲気ではない。つか完全チンピラの巣窟だよここ。
だからなるべく早く抜けてしまおう、と早歩きになっても、このチンピラ共にとって、小綺麗なカッコした私は絶好のカモなわけで……。
「よぉ、嬢ちゃん可愛いね。この先に用事?」
「俺達ヒマだから付き合ってあげるよ。終わったら一緒に遊ばない?」
……ほら、寄ってきた。
歩いていて既に何度か受けていた視線が集中してきたのを感じて、盛大な溜息を心の中で吐いた。
チンピラ達の視線は私の顔や体に向いていて、欲望がだだ漏れだった。自分に正直過ぎるよアンタ達。
まぁ、仮にも女子一人がこんな日の当たらない路地裏歩いてたら、こうなるのは何となく予想出来てたけど。
私みたいな小娘に絡むんなら風俗とかにでも行きゃ良いのに。そうすりゃこんなことしなくても簡単に……ってこの世界にあるのかな?
「ーーーなぁ、おい、聞いてんのかよ」
「………」
オマケに気も短い。私が一瞥もしないで歩いていると、横を並走していたチンピラの一人が声にドスを聞かせ始めた。
はぁ、ウザいウザい。何でこんな奥にお菓子屋なんて建てたのかねそのお婆ちゃんは。
私は羽織っていたパーカーのフードを目深に被り、更に歩く速度を早めた。
「おい、てめえ何無視してんだ!」
見なくても分かるほどにイライラし始めていたチンピラの一人が、遂に声を張り上げる。ダダダ、と靴が地面を叩く音が近づいてきた。
振り返る頃には、拳を振り上げた男が目の前まで迫っていた。
鬱陶しいなぁ、とばかりに払う仕草を見せて、私との間に見えない壁を作った。
ガツリ、と音を立てて拳が止まった。うわぁ、痛そー。
「ぁが……ッ!?」
ゲスい笑みを浮かべていた顔が一瞬にして驚きと痛みの顰め面に変わる。いろんな感情が混ざってて少し面白い顔になっていた。
スゴいな、特番のドッキリでもあんな顔しないよ。
男越しに見えたチンピラその他も、こいつに倣おうとして、目の前の光景に驚いているような姿勢になっていて、こっちはこっちで滑稽だった。
壁を解除して、振り上げた身体強化した足をお腹に突き入れた。
声を上げる間もなく、後ろのチンピラごとボウリングのピンみたいに吹っ飛んだ。
使ってないけど、手の汚れを落とすように叩いて、
「ふぅ……さて、と。お菓子お菓子♪」
こんなめんどくさい目に遭わせてくれたんだから、半端な味じゃ赦さないからね♫
※二月二日、大幅改稿しました