よどみに浮かぶ泡沫
私が仕事の関係で地方に行った時の事です。
土日もなく仕事を詰め込まれ、やっと一息ついて社に電話し、無理矢理4日ほど休みに
してもらい、ふらりと立ち寄った町の美しい海岸を散策していました。
日々忙しくしていると、風景の中で見落としてしまうものが結構あるものです。同じ
道も、車や自転車の場合と、徒歩で過ぎたときには見えるものも感じ方もまるで違います。
このときふと目にした建物は、その普段見落としがちなものだったかもしれません。
それは少々くたびれた風情の古い洋館でした。幾重にもペンキを塗り重ねられ、微妙に
窓は傾斜していたりしますが、そこに住人がいるということがはっきり感じられる。そんな
建物のようでした。
坂ばかりのこの町で、集落の中ほどにあります。すこし小高いところに建っていたから
でしょうか、ふと目に留まってしまいました。他の建物の陰になっていなかったという方が
正確かもしれません。
あの洋館から眺めた海はどういう風に見えるのか、そんな想像を掻き立てるたたずまい
です。
そんな事を考えて暫く海岸でその洋館を眺めていました。
「こんにちは」
私にそう声をかけられたとは、すぐにはわかりませんでした。何せここに私の知り合いは
いませんでしたから。
「あの、聞こえていますか?」
その言葉で、私への挨拶だと初めてわかりました。
中学生くらいの子が、私の右横にいました。いや、たぶんこういう地方の事ですから、
高校生くらいなのかもしれません。体になじんだ白のワンピースに、腰の上まで伸びた
黒髪。露出している肩にはうっすらと水着の跡があります。多分この夏休みにずいぶん
泳ぎ回ったのでしょう。
「こんにちは。すみません、私に声をかけられたと思わなかったもので」
「あらそうですか?ここにはあなたと私しかいませんよ?」
「ああ、確かに」
辺りを私が見回して、そう答えます。そういうやり取りのあと、何となく二人で笑い
ました。
笑った顔はとても朗らかな女の子です。こういう地方に来ると澄んだ目の子供たちに
大勢会いますが、彼女はその中でも群を抜いて目が綺麗な子でした。でもたぶん、それは
私の心やその時、その場所の印象もあると思います。
「いい町ですねここは」
「そうですか?ずっと住んでいると、よくわかりません」
「ああ、そういうものですよ。自分の住んでいた場所を離れて一人になったときに、
自分の故郷がどういうものかわかります」
控えめに聞こえて来る潮騒、時折強く吹き抜ける風。好む好まざるに関わらず、この周辺
の町は海との戦いと享受が混在するところです。
私の目の前に現れた少女は、どこかその関わりから一歩外にいる感じがしました。
それは、ちょうど私が眺めていた洋館と同じような感覚です。
「さっきから、どこをご覧になっていたんですか?」
「私がですか?」
「他に、誰かいますか?」
「ああ、いませんよね、確かに」
そこでまた二人でくすくす笑う。
「あの真ん中辺りにある洋館。あそこを見ていたんです。何となく、惹かれるものがあって。
あの見晴らしのよさそうな場所から海を見たら、どうなるんだろうって考えていました」
「そうですか…。では、よろしければご覧になって見ますか?」
「え?」
「そこ、私の家なんですよ?」
彼女はいたずらっぽく笑いながらそう言いました。私が眺めていたものが彼女の家だった
という偶然もあったのでしょうが、その表情の中に、何か誇らしげな感情があったようです。
たぶん、彼女にとってもあの家は誇るべきものなのでしょう。
「でも、近くで見ると幻滅するかもしれませんよ?」
「どうしてですか?」
「だって、とっても古い家ですし、なんだか厚化粧したおばあさんみたいな家ですから」
「いえいえ、化粧の仕方が上手かったら、年をとっても綺麗なもんですよ」
「それでしたら、私のおばあちゃんに会って下さい」
「ええ、喜んで」
不思議な感覚でした。昼間に旅人の相手をするのは老人か子供と相場が決まっています。
けれど目の前にいるのは、普段関わりのない中高生くらいの少女です。
例え他の旅先でそんな子に会っても、こうやって会話を交わすことはめったにありません。
それはまるで暗黙のルールのようなものです。
けれど私はこの少女と旧知の間柄のように会話をし、少女は少女で見ず知らずの旅人を
家に招こうとしています。
車一台がやっと通れる道から更に狭い路地に入り、急な階段を上がりきると、左手にその
洋館はありました。
「これはまた…」
私は暫く言葉になりませんでした。手入れされた生垣の向こうにはイギリス風の庭園が
広がっています。
「中へどうぞ」
少女は私の袖をちょんちょんと引っ張り、そう言うと先に家の中へ向かいました。
しかし玄関へ向かうのではなく、そのまま家の裏側−つまりは海側−へ歩いて行きました。
不思議に思い後をついて行くと、突然視界を遮る物がなくなり、一面に太平洋が広がって
いました。
そこは崖に面したデッキがありました。下から眺めたときは他の家の陰になっていて
見えなかったようです。
「おかけになってください。紅茶でもお持ちします」
「ありがとう」
それはお茶の用意をしている間、ここで休んでいて欲しいという彼女の心遣いのよう
でした。なるほど、この素晴らしい天気の日にこうやって海と空を眺めて待つというのは、
とても贅沢な時間だと思います。たぶん、彼女もこの眺めを誇りに思っているのでしょう。
私は言われたとおりそこに設えてある英国製と思しきテーブルセットを陣取って、
飽きもせずにその風景に魅入っていました。
八角形に突き出したサンルームの様な所から、彼女がティーセットをトレイに載せて
来ました。
特に言葉を交わす事はありませんでしたが、陶器の触れ合う音すらも心地よく感じる
時間でした。深紅の紅茶がマイセンと思しきカップに並々と注がれると、すぐに良い香り
が辺りに広がります。時間そのものを味わうかのような、とても充実したひと時です。
「ちょうど3時ですよ」
「ああ、そうか…イギリス人は何があっても3時には紅茶を飲むそうですね」
「ですね。もう一杯いかがですか?」
「ぜひとも」
私の言葉に少女も満足したようです。実際その優雅で無駄のない動作は誰かに厳しく
仕込まれたもののようでした。
「ここから、さっきいた海岸も良く見えるんですよ」
「ああ、本当だ。海と空ばかり見ていたから気がつきませんでした」
「そこで、三十分くらいじっと私の家を見ている人がいたんです」
「それが、私ですか」
「ええ、あなたです」
「見られていたとは…失礼しました」
「いえ、悪い意味で言っているのではないんです。ただ、どんな人が見ているのか、
それが気になったんです」
「しかしよく私が見ているのがわかりましたね…」
「私の家にも、双眼鏡くらいありますよ?」
「ああ、これは重ねて失礼」
私は冗談めかしてお辞儀をすると、そこでまた二人は笑ってしまいました。元々彼女は
好奇心が強いのでしょうか?それとも単に気紛れだったのでしょうか?それはわかりません
でした。
「そういえば、どうしてこんな小さな町にいらしたんですか?」
「ああ、最近この近くで仕事があって」
「あら、それでしたらお引止めして悪かったですね」
「いえいえ、休みなしでこき使われていたので、『休みをくれないと辞めてやる』と社長
を半ば脅して有給を取ったんです。でも、観光地に行く気にもなれないので、こうやって
気紛れにぶらついているんですよ」
「他に、どこかにいらっしゃる予定はあるんですか?」
「さあ…」
「さあって、おかしな人ですね」
彼女はそう言うと本当に可笑しそうに笑い出しました。少し不躾な言い方でしたが、
その笑いに帳消しにされてしまったようです。
「あ、ごめんなさい、いけないですよね、いきなりこんな笑ったりして」
「別に構いませんよ」
「あの、それで今日はどこかにお泊りになるんですか?」
「ええまあ、これから探そうと思っていました。なければどこかに野宿でもと」
「野宿!」
「昔は良くやりましたから、平気ですよ」
「男の人ってそういう時いいですよね」
「確かに、女性には不向きですね」
そこで彼女は少し考え込んでしまいましたが、面を上げると私にこう言いました。
「それでは、よろしかったら今日家に泊まっていきませんか?この町には旅館もホテルも
ないですし…」
「え?いや、行きずりの旅人ですよ?それに、ご家族の方がうんと言うとは思えないん
ですが?」
「それなら大丈夫です」
「なぜ?」
「この家、私しか住んでいませんから…」
私の質問に、少女は段々と暗い表情になりながらそう答えました。きっとここで一人で
住む何かの事情があるのでしょう。こういう事は、本人が語るまで待つものだと、学生
時代旅のイロハを教えてくれた先輩が言っていました。私も彼女に好奇心を掻き立て
られ、その申し出を受けようかなと思いました。普段ならこういう話には余程の警戒を
するのですが、このときは少しもそう言った感情はなかったのです。
「もし迷惑でないのなら、それではお願いします」
立ち上がって頭を下げると、少女はみっともない位に慌てて頭を下げないでくれと懇願
しました。一体どちらが客人なのか私にはふと判らなくなりました。
*
私はいったんコインロッカーに放り込んでおいた荷物を取りに行き、その間に彼女は
買い物に行くという事で町中に向かいました。
帰り道、通りすがりの人が彼女に挨拶をして行きます。はじめは田舎町の顔見知り
同士だろうと思っていましたが、最初に彼女に感じた町の空気の半歩外にいる感覚と
似たものがあるように思いました。
家に戻ると客用の寝室に通され、夕食になったら呼ぶというのでまたあのデッキで
過ごす事にしました。通された部屋は、重厚な調度が歴史の積み重ねでしっとりと
馴染んだいい部屋でした。
「本当にお好きですね」
相変わらずデッキで海を眺める私に、少し彼女は呆れたように聞きます。
「ここの景色だけで、ずいぶんこの旅行は満足させて貰えました」
「そう言って頂けると、なんだか嬉しいです」
「私も嬉しいですよ。ありがとう」
「いえ…」
彼女は少し俯くと、台所に行きかけましたが、何かを思い出して振り返ります。
「あ、そうだ。お風呂もうできてますので、よろしかったらどうぞ」
「ありがとう…」
すぐにお風呂という気分ではなかったので、私はもう少しここに座ったままでいる事
にしました。
お互いに名乗ることも無く、素性も聞きあうことも無く、お茶を飲み、宿を借りる。
大分冷たくなった風に吹かれ、雲間に太陽が隠れてゆく夕刻の海。
とても詩的な時間です。旅の満足は、確かに高いお金を払っていいホテルの美味しい
食事と楽しい観光地の中にもありますが、こうした偶然の重なりが起こす暖かい時間も
またあるものです。もっとも、そんな出会いが無ければ、私のしているような旅は無味
乾燥で殺伐としたものにもなります。
多分私がこういった出会いを否定し、住んでいる空間に満足してしまえば、そこで
私の旅は終わるのかもしれません。でもそれは随分先の事の様な気がしました。
いい匂いのしてきた台所で一声かけて、私はお風呂を借りることにしました。
脱衣室の中にはバスタオルと髭剃り、歯ブラシがきちんと揃えてあります。多分
ここは元々来客の多い家だったのでしょう。行き届いた気配りは、彼女が教えられた
のか、若しくは見て覚えたもののように感じました。
よく銘柄がわからないと言って一緒にワインセラーから一本抜き出し、彼女にも少し
グラスに注ぎます。
「まだ未成年ですけど、大目に見てください」
「大目に見ましょう」
ばつが悪そうに彼女がそう断りを入れてきましたが、14歳からお酒を飲んでいた
私に彼女を咎める事なんかできません。その事を彼女に話すと、逆に驚かれてしまい
ました。
夕食はオニオンスープに鰯のマリネ、それにご飯が出てきました。フォークでご飯は
慣れないものです。見かねた彼女は割り箸を出してくれました。
笑いながらグラスを鳴らし、色々な話をしました。彼女は私の旅の話をとても聞き
たがります。自分の知らない旅のスタイルだったからでしょうか、行った事のある同じ
場所の話でも、自分と違う感じ方、考え方、物の見方に大きく頷き、そして相槌を打ち
ます。
話し込んでいるうちに柱時計が十回鳴り、後片付けは一緒にする事にしました。
まだ話し足りないということで、サンルームでもう少し飲むことにしました。夜の
海は殆ど何も見えませんが、所々に夜釣りの舟や灯台の灯、そして街灯の光が見えます。
彼女は風呂に入ると断りを入れたので、窓を開け、私は一人でその景色を眺めて
いました。
この家で歴史を重ねた人々に思いを馳せます。彼女自身は何も言いませんが、多分
ここは地元の名士か何かの家だったのでしょう。建てた当時の意気込み、この家を誇り
に思い使ってきた人々の記憶、町のシンボルとして眺めていた人々の記憶、そんなもの
が込められている気がします。
勿論それは楽しく美しい記憶ばかりではなかったかと思います。ここには様々な軋轢や
争いもあったでしょう。記憶には美しいものが、記録には不幸なものが残るものです。
建て主のイギリス趣味は、たぶんここが船乗りの町だったことと無縁ではないと思い
ます。遠い昔から風に乗って日本はおろかアジア全域にその足を伸ばした勇猛な船乗り
の町。それだけに海運の国イギリスに、かつてこの家の誰かが行っていたとしても何の
不思議もありません。
「あれ、お酒は飲んでいらっしゃらないのですか?」
「ああ、さすがに勝手に取るわけにはいかないですから」
「あ、ごめんなさい…」
「別にいいですよ、飲むのは私だけですし…それとも何か飲んでみますか?」
「いえ、ワイン以外は飲んだことないです…」
「ソーダか何かあればジュースみたいなの作りますよ」
「本当ですか!飲んでみたいです」
「じゃあ、お酒から選びますか…」
「はい」
聞いたこともない銘柄が棚の中に並んでいました。良く解らなかったのですが、取り
敢えず『GIN』と書いてある青い瓶を取り出し、冷蔵庫にあったソーダとライムでジン
トニックを作り、自分はロックで頂くことにしました。勿論未成年の彼女には、ほんの
ちょっとしかジンは入っていませんが。
「本当にジュースみたい…」
「殆どジュースですからね」
「ああ、そうなんですか」
「ええ、でも調子に乗って飲むと明日二日酔いになりますよ?」
「気をつけます」
その言葉の割に、彼女は結構いいペースでグラスを開けてしまいました。風呂上りで
喉が渇いていたのかもしれません。空いたグラスを受け取ると、もう一杯同じものを
作ることにしました。その時ふと彼女が呟きます。
「今日は本当にすみませんでした。なんだか、私の我侭に付き合ってもらってばかりで」
「いえ、謝られると困るんですが。私の方こそここまで至れり尽くせりで歓待しても
らって。本当にいい思い出になります」
「いえ、そんな…」
それから暫く沈黙が続きました。言葉を探り合うような沈黙、しかしあまり重苦しさ
は感じませんでした。彼女は何を話すべきか迷っているのではなく、たぶん何から話す
べきか迷っているのでしょう。
「明日、私はこの家を出ます」
「引越しですか?」
「ええ、千葉に叔父がいるので、そちらでお世話になることになりました」
「では私は、ここでの最後のお客様ですね」
「はい…」
すこし立ち入ったことを聞いてしまったのかもしれません。それから再び沈黙に包まれ、
殆ど会話も無くお互いの寝室に向かいました。
*
お酒で体が温まり、満ち足りたひと時を過ごせば、普通すぐに寝入ってしまうもの
です。しかし、この日は最後の彼女の姿が気になりなかなか寝付けませんでした。
日付が変わった頃に出てきた月が、水面を照らす光景に見とれてしまったのもあるかも
しれません。薄らぼんやりと光る夜の海は、美しさと恐ろしさがない交ぜになった不思議な
風景を作ります。
断りを入れて部屋に持ち込んだ飲みかけのジンをグラスに注ぐと、窓に乾杯を差し出し
一気に呷りました。鋭い刺激が喉を駆け下ります。
そのとき、ドアをノックする音がしたのでそちらを見ると、返事も聞かないうちにドアが
開きました。
枕を抱えた彼女は、シルエットになって表情は見えませんが、多分何か思いつめた
ような顔をしているのだとは想像できました。
「眠れないんですか?」
「はい…あの、少しお話付き合っていただけますか?」
「喜んで」
実を言うと、少し邪な期待も抱いていました。けれどもベッドの横に座った彼女の頬を
涙が伝っているのを見ると、そんな気持ちは消し飛んでしまいました。
座ってすぐ私の右腕にすがりつくあたり、彼女もずいぶんと無警戒です。
何となく、怖い夢を見て親の寝室に来る子供はこんな感じだなと思いました。彼女が
欲しかったのは最後の夜を共にする恋人ではなく、一緒に分かち合う家族ではないかとも
思いました。
やがて腕越しにしゃくりあげる感覚が伝わり、それはすぐに泣き声になりました。
私は何も聞きませんでした。腕をほどいて肩を抱いてやると、素直に胸に顔を埋めて泣き
続けました。
時々呟く「おとうさん」と「おかあさん」という言葉、やがてすすり上げる音も間延び
して、彼女はそのまま寝入ってしまいました。
どうしたものか考えましたが、これくらいの役得はあってもいいだろうかと思い、彼女を
腕枕で抱えベッドにもぐりこみました。
眠くなるまで眺め続けた窓の外には、綺麗な半月が浮かんでいました。
*
「お散歩、付き合ってもらえませんか?」
朝目を覚ますと、彼女はいませんでした。時計を見ればまだ六時半です。
着替えを済ませて顔を洗いに洗面室に向かい、出てきた所で彼女に挨拶と共にそう
言われました。
断る理由もその気も無く、私は一緒に朝の散歩を楽しむことにしました。
昨日登ってきた路地を抜け、狭い車道を下りきるとそこはもう海です。砂浜に下りる
と、彼女はポツリポツリと話しはじめました。
両親と祖父、彼らに囲まれた楽しい毎日。
その両親が、夫婦水入らずで出かけた旅行で、テロに巻き込まれて亡くなった事。
取り残された彼女は、親族の反対を押し切りショックで寝たきりになった祖父の看護を
名目にして家に残った事。
祖父が先月亡くなり、とうとうここを離れなければならなくなった事。
そしてその最後の日に、私が居合わせた事。
またいつか戻ってくると、彼女は繰り返し言いました。私はただ、相槌を打ちました。
彼女が一番求めているのが、答えではなく聞いてくれる誰かだと思ったからです。
海岸の端から端まで行って帰ってくると、彼女は少し吹っ切れた風でした。
「ですから、あなたに付き合って貰えたのはとても嬉しかったんです」
「また冬になれば、学校の休みにここに来れるのではないですか?」
「そのつもりです。けど、私が不甲斐なかったら、ここも売らなければならないかも
しれません」
昨日までのただの少女の顔から、この一晩で少し彼女は変わったようです。境遇が
そうさせたのか、彼女の血筋のなせる業なのか、よくわかりませんでした。
ただ、私の目の前で一人の人間が大きく変化する様を見ることができた。その場面に
立ち会っていることを嬉しく思いました。
その日、門前で別れた彼女を何度も振り返りながら見納めました。
そしてこの冬にも、私はこの洋館に足を運びました。そこに彼女がいることを
確信して…。
完