終わりへの始まり
何故だろう。私が忘れようとすればするほど、恐ろしい瞳をした五人の映像がより濃く、悲痛な叫びを訴えかけるように私の胸に刻み込んだ。もっと深く、もっともっと……
だんだんと気分が悪くなり、頭がカーッと熱くなったかと思えば全身に鳥肌が立つほど恐ろしい気分になる。気持ちが悪くて、頭が痛い。それは日を追うごとに酷くなり、今ではいつもの場所から五人を見ることすら出来なくなっていた。常に視界が定まらない目は、むしり取ってしまいたいほど邪魔で仕方がなかった。
「…ユキコ、大丈夫だ。何も心配することはない。今日も彼等は、いつも通り楽しく活動しているよ」
私をよく気にかけてくれるマイクは、この頃私の代わりに彼等を見て、その様子を体を支えながら報告してくれる。とても優しく、切ない声で。
「ありがとう、マイク……彼等は、泣いて、いないかしら?さっきも……声が聞こえたの」
呼吸も安定しない私は彼にやっとのことで言葉を伝える。あの映像だけではなく、あれから私の胸には、五人の声が聞こえてくる。悲しく切ない、叶えることの出来ない願いが。
「有希姉、戻ってきてよ!」
「ユキ、いつまでそっちにいるつもりの?」
「有希子さん、お願いします。帰ってきて」
「おねえちゃんを。返してよ」
「有希先生、早くこっちに来てよ」
絶対に叶えることの出来ない願い。なのにその声は、今の私の狂った耳に一番リアルに届いている。その声達は私が知っている彼等の声とは違い、ひどく乱れ擦れていた。
久々に気分がいい日だった。私は大はしゃぎでいつもの場所に行き、彼等を見つめていた。人の心配をよそに彼等はいつものように仲良くバンドの練習に励んでいた。なんだか妙に安心して大きな溜息をつくと、微笑んだ。彼等の姿を見ただけで、今までの苦しみが全て吹っ飛んだようだった。
「……あらマイク、今日はどうしたの?私ね、なんだか久しぶりにとても気分がいいの♪ほら、変な映像も見ないし頭痛も吐き気もない。夢のようだわ♪」
私の方へ近づいてきたマイクに声をかけると、マイクはいつもと違って今にも泣きそうな顔をしていた。
もしかしたら昨日までの私が、目がよく見えなかっただけで本当はずっとそんな顔をしていたのかもしれない。それでも今日の私はそんなこと気に止めない位気分が良かった。
「ユキコ、ごめんよユキコ……」
私のそばに座り、マイクは座ったままで私の体を抱き寄せた。ひどく優しく、交わせばすぐにでも外れてしまいそうな腕を見つめたまま、戸惑いながらも優しく彼に言い聞かせるように言った。
「……マイク、あなたが謝ることじゃない。心配してくれるのはありがたいけど、あなたがそこまで気にやむことじゃないわ」
そういって彼の背中に腕を回した。調子が悪いとき、彼はよく私を抱きしめながら元気づけてくれる。そのせいで彼の腕の中に違和感は感じていなかった。それともう一つ、彼の腕には妙な懐かしい、安心感がある。
微笑む私に向って彼は温かい微笑みをくれた。まるで恋人に向けるように愛おしい笑顔。そうして一瞬悲しい顔を見せ、唇を噛締めたマイクは今度はとても強い息が止まりそうな力で私を情熱的に抱きしめた。
「ユキコ、僕と一緒に来てくれ。君が落ち着いたら連れてくるようにと言われたよ。もう……お別れの時間なんだ」
マイクの顔を見ないでもそれは分かった。彼は泣いている。彼の言っていることは少しも分からないのに、私も一緒になって彼の背中をギュッと抱きしめながら静かに泣いた。そうしないでいると、彼が今にも消えてしまいそうな気がした。
「……どこへ行くの?」
「……神様の所だよ。ユキコ、君の居場所はここじゃない」
優しく私を抱きしめたマイクの言葉を聞いた私は、冷静だった。そろそろだろうとは思っていたから。私の肉体だけではなく、魂が消える日は、そろそろだと予想していたから。
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