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雲の上、私はひどく興奮していた。彼等の作り出す音は私の手の平にある言葉なんかではい表せないほどに胸を叩いた。
「……先生、新曲が出来たからまた特等席で聞いててよ」
そう言った彼が胸ポケットからわざとらしく一枚の紙切れを取り出したのが数分前のと。それを見てニッコリ微笑むと、小さく投げキッスを飛ばした。
「葉流、何のパフォーマンスだ。んなことしてねぇで早くしろ」
「は~い♪」
彼等は割れ物を扱うようにそれを持ち、妙な程飾り付けられたパイプ椅子にそれを立てかけた。その紙切れ、実は私の写真。
「先生が見てれば気合も入るし、変なところでとちらないだろう」
二年前、私の葬式で知り合った彼等は今、バンドを組み、定期的小さなスタオに集まって、練習に励んでいる。ねぇ、葉流君……あの時の言葉、私絶対に忘れないわ。
「……俺達有希姉を生き返らせてあげることは出来ないけど、俺たち五人で、夢叶えてあげる」
前を向くために、一人では立っていることさえ出来ない五人が始めた音楽が少しずつ目的を持って前に向かっている。
私はとにかく、音楽が好きだった。だから多分皆に言ったと思う。「音楽が大好きで、とても楽しくくて、こんな素晴らしいものだということを一人でも多くの人に伝えたい」ということ。それが漠然とした私の夢だった。
ステキ。冬真君の皆をグイグイ引っ張っていくようなギター。たくましい腕で美咲ちゃんが叩く力強いドラム。まるで一番幸せな瞬間を味わっているような顔で、沙夜ちゃんの細く長い指が奏でるキーボード。独特の雰囲気で、いつもあさっての方向を向いているペース担当の葉流君の目は、このときだけはくらくらしそうになるくらい、熱い視線で私を見てくれる。そうしてその四人の前に立ち、マイクに透明で繊細な声を吹き込むのは陽介君。
この、未だに名もないバンドの一番のファンはこの私。それだけは誰にも譲れないから。
「……君は、本当に彼等が好きなんだな」
振り向くとまた彼がいた。とびきり気分のいい私は笑顔で言った。
「ええ、大好きよ。皆とってもいい子達なんだもん」
そう言うとマイクは何も言わずに微笑んだ。その笑顔がなんだかとても、悲しく見えた。
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