選んだもの
ねぇ陽介君、あなたの言葉を聞いてから私はずっとここにいます。そうしていつも、あなた達を見ている。私はとても、幸せよ。
私が死んでから月日が流れ、二年がたった。地球は温暖化が進みながらも相変わらず律儀に回っているし、テレビでは当時デビューしたてのバンドがなんとなくどっかりと落ち着いてきて、確実にトップへの階段を上り始めている。
そうして当時十五歳の泣き虫小僧だった陽介君は、十七歳の高校生になっていた。
「トーマ、また遅刻!」
細身のGパンにTシャツ姿でその部屋に駆け込んできた彼は、今日もまたキーンと頭に響く声に怒鳴られた。
「…悪い」
一瞬ムスッとした顔を見せたが、素直に謝罪する。当時は陽介君の今は皆の兄貴分なのに、実は結構ルーズな所がある彼、冬真君。十九歳になった彼は現在大学生でバイト漬けの日々を満喫している。
つい怒る気が無くなっちゃうような冬真君の笑顔を見た彼女はランニングから出たたくましい腕を組む。両方の手に持ったスティックが大きな溜息と共に上下した。留学先で知り合った美咲ちゃんは中学までの十二年間を海外で過ごした帰国子女。今は日本の公立高校に通う十八歳。
「冬真君、おはよう」
「おはよう冬真」
揃って声をかけた二人は、仲良くキーボードの前で何やら話ていた。パイプ椅子に座り、譜面のついた紙を楽しそうに見つめているストレートのロングヘアの彼女は私が昔から通っていたピアノ教室で一緒だった沙夜ちゃん。今年高校に入ったばかりの十五歳。
…え、「その隣は誰なんだ」ですって?いやぁねぇ言うまでもないじゃない。その隣はもちろん、私の大好きな可愛い可愛い陽介君よ。
衝撃の出会いから早二年。彼等はただなんとなく、あの場から離れられなくて、それが自分だけじゃないことに気付いた。皆それぞれに私を想ってくれて、でもどうしたら良いか分からなくて分からない者同士が固まってた。
「……うるさい」
一人、場違いのように文庫本を片手にした恐ろしく綺麗な彼が周りの騒音にポツリと呟く。葉流君は家庭教師のバイトをしていた時の教え子。彼の麗しい外見は良くも悪くも昔から人目を退きつけた。
「ユキコ、君はまた彼等を見ているのかい?」
雲の上。私は両肘をつき、寝そべるような格好で彼等を見ていた。体をしめつけることのないノースリーブの純白ワンピースを着た私に、いつもの男が声をかけた。
「当たり前よ。マイク、いつも言ってるけれど、ここは楽しいカフェテリアじゃないんだから、いい加減私に構わないで頂戴」
だるそうに彼を振り返りそう言っても、いまいち彼は私の迷惑を分かっていないらしく、またいつものようにニッコリ微笑んだ。四十九日を過ぎ、空に上った私は神様に対して申し出たの。
「もう少し、陽介君を見守らせて下さい。そうじゃないと私はそれが心残りで成仏できません」
ってね。そうして私は今も、現世に心残りを残した人たちと一緒にこの場所にいて、再生を見送っている。
「たしかにここはカフェテリアじゃない。しかし、君のような美人を見たら声をかけずにはいられないと思わないかい?」
「思わないわ!」
いつまでもヘラヘラしたマイクにプイッと背を向けると、私は再び彼等を見つめた。ちょうど彼等はそれぞれのポジションに付いて、練習を始める所だった。
なんとなく固まっていた彼等は、前に進むために何かを始めようとした。一人では顔を上げることすら出来ないから、皆で。それが、私が大好きだった音楽。
彼等が選んだもの。楽しむためじゃなくて、前をみるための音楽。今はまだ。