一人一人
「だからって、有希子まで慌てて作り始めることないでしょう。私の腕前だって前よりだいぶ確かなものになったんだし」
仁王立ちで憤慨する美咲ちゃんの言葉に正直者の陽介君は信じられないという顔をして、いつもは冷静なはずの葉流君まで必死で冬真君に助けを求めてすがり付く。二人の行動がつまり、美咲ちゃんの実力を正直に表現していた。
「相変わらずすげーな。俺が作ったほうがまだマシかもしれない」
「本当?じゃあ私も一度食べてみないと♪」
頼みの綱の冬真君までが偽りのない感想を述べるのでつい好奇心で美咲ちゃんの力作だという料理に手を伸ばした。
「ねぇ有希子、美味しいでしょう?この分からず屋たち達にはっきり言ってやってよ」
美咲ちゃんの声を遠くに感じながら黙り込んでしまった。私のために作ってくれたはずのケーキは渋みとえぐみがタックを組んで迫ってくる。逃げようとすれば待ち構えていた辛味と酸味にたちまち捕まって口内は戦争状態だ。
「先生!」
葉流君から差し出された水を一気に飲み干すとようやく逃げ道が見えた。「分かってる」という顔ですかさずお代わりを注いでもらった水を何度か椀子そばを食べる勢いで飲み干した。
「…壮絶ね」
「当たり前よ。料理はインパクトだもの」
……聞いたことがなかった。全員が言葉を失って固まる中勇気を振り絞った陽介君がやっとのことで口を開く。
「…アメリカでは、流行ってるんだろう?この味」
「本当に楽しかったわね」
台所で洗い物をする陽介君を見ると痛々しく後が残っている赤い頬を擦りながら不機嫌にこちらを見た。
「こっちは殴られたんだぞ。有希姉だって、あんなの食ってひどい目にあっただろ?」
ブツブツ言いながら洗い物をする手を止めない陽介君の姿が可愛くてつい笑った。
「名誉の負傷になるんじゃない?好きな子に殴られた後なんて」
真っ赤にした顔で目を見開いた陽介君が私を見る。
「なん、いつから、知ってたの?」
「なんとなく。陽介君って昔から気のつよい女の子好きだったじゃない?」
赤く染まった耳を隠せないままで洗い物を進めながら口を尖らせる。
「例えば、有希姉とか?」
「そう。私とか」
微笑んで陽介君を見つめるとまた不機嫌な顔をする。その顔が可愛らしくてまた笑う。
「美咲ちゃんはあの強さに壊れそうな弱さがる。そこに惹かれたのね?」
そこまで言ってしまうと陽介君は観念したように私に向き直った。
「美咲はいつも突っ張って強がるけど本当は傷つきやすくて繊細なんだ」
一回り大きくなった陽介君は美咲ちゃんの強さの中の弱さをしっかりと見つめて守ろうとしている。可愛い男の子じゃなくて、男性の陽介君がそこにはいた。
「ってゆーか有希姉、葉流の彼女も見破ったんだって?」
「年の功をなめないでよ。何年か寝てたってそ~ゆ~のは分かるんだから」
テーブルを片付けながらまだお姉さんでいたい私は得意気に言って見せた。
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