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みんなの歌  作者: 日和
16/18

成長



 「心配しないで、葉流君はちょっと大げさなの。そりゃあ最初は酷かったけど美咲だって色々と練習もしたし…今は見た目はまぁ…あれだけど、味はなんとか、食べれないこともないと思うし…」




 器用にメレンゲを作りながら沙夜ちゃんは随分と歯切れが悪い。シンプルなエプロンに身を包み長いロングへアーの髪を無造作におだんごでまとめている沙夜ちゃんは自信の無さそうにおどおどしていた昔とは違い、誰の後ろに隠れることもせず堂々としていた。




 「それって、少しは改善したと思っていいの?」

 「お姉ちゃんは最初を知らないから驚くと思うけど、あれでも雲泥の差!」




 同じピアノ教室で仲良くなった私を慕ってくれて今でも変わらず<お姉ちゃん>と呼んでくれることがくすぐったくて嬉しい。私が眠ってしまってから、沙夜ちゃんはただただ泣き崩れるばかりで、大好きなピアノさえ手につかなくなっていた。その沙夜ちゃんに寄り添って同じだけの涙を流したのが陽介君で、半分当り散らすように叱りつけたのが美咲ちゃん。優しく手を握ってくれたのが冬真君だったんだって、教えてくれた。




 「あの時の殺伐とした空気の中でね、それでも皆お姉ちゃんから離れたくはなくて、あの個室に四人でお葬式みたいに毎日座ってた。それで、ずっとただ座ってるのもって美咲が気を使ってカップケーキを作ってくれたのが始まりなんだけど、それが酷くて酷すぎて、思わず笑っちゃったの」





 ふっとメレンゲに視線を落としながら思い出し笑いをした沙夜ちゃんは、本当にきれいになっていた。真っ白なメレンゲがキレイにツノを立てたのを確認してから「なんだか葉流君みたい」と笑った。




 「じゃあそれがきっかけで皆がまとまったの?」

 「今思うとそう。私達があまりにも「酷い」を連発するもんだから美咲はカンカンに怒っちゃって、それを投げつけたんだけど、それがたまたま久しぶりに病室に来た葉流君で…それから、少しずつ話すようになったの。美咲がね、その時すっかり興奮状態で「あんたがそんなとこ突っ立てるから当たったのよ」なんてむちゃくちゃな逆切れして、それには葉流君だって怒ってすごい下らない言い争いになっちゃって」




 聞きながらその姿が容易に想像できて思わず笑った。余熱で温まったオーブンに生地をいれた所で一息つく。




 「その話聞いてたから、沙夜ちゃんは冬真君と付き合ってるのかと思ったわ」



 コーヒーを手に椅子に腰掛けながら笑うと沙夜ちゃんは大きな瞳を一層大きくして驚いてみせた。



 「冬真君と?それはないの。絶対よ!見かけと真逆で変な所真面目過ぎるんだもの冬真君て。それに、冬真君から見たら私は今でも泣き虫のチビな気がするし」



 フフッと微笑んでコーヒーを一口飲んでから、私を見つめて可愛らしく笑った。

 

 「彼はね、器用貧乏な人なのかも。涼しい顔して何でもこなすから、何でも持っているように見えるけど……本当は何かを欲しいって言えない人なの」



 なるほど確かに恋人を語る顔ははっとする程優しい。見間違えのない女の顔をしていた。




 「有希姉―!美咲まだ来てない?」




 大きな音を立てて玄関が開いたと思うと伺うような声でそろそろと陽介君が入ってきた。家にいるのが私と沙夜ちゃんだけなのを確かめると心底ほっとした様子で胸を撫で下ろした。




 「美咲には悪いけど、来る前に大方作っちゃおうと思って私とお姉ちゃんで早く始めてたの。美咲に用だったの?」



 すでに完成真直の料理達を見つけて不思議な顔をする陽介君はしっかりから揚げのつまみ食いをしながら説明を求めるように沙夜ちゃんを見た。



 よく見るとちょっと髪が跳ねている。目が半分眠たそうに閉じているし、ジーパンはともかくTシャツはまるでその辺に落ちてたものを拾ったみたいにしわが寄っている。どうやら陽介君は寝起きらしい。




 「陽介君、集合時間はまだなんだから、先に家に戻ってご飯だけでも食べてきたら?おばさん仕事なら、私何か作ろうか?」



 いつもなら喜んで受入れてくれる私の申し出に何故か怯えたように首をブンブン横に振る。


 「さっき葉流からの電話で起こされて、なんとしても美咲が来る前に飯完成させて来いって。……言いだしっぺなんだから責任取れって」



 早口でそこまで言うと沙夜ちゃんに詰め寄りながら必死な顔をする。


 「それで、何すればいい?買出し?ゴミ捨て?飾りつけ?」


 大慌てな陽介君を見ながら大きくため息をついた沙夜ちゃんは飲みかけのコーヒーを差し出し、お姉さんみたいな口調で諭す。




 「ともかくこれ飲んで目を覚まして。そうしたら、その慌てて着替えたシャツを替えて、それからここに戻って。お姉ちゃんが軽い食事用意してくれるから。お手伝いはそれから」



  沙夜ちゃんのコーヒーを飲み干しながら頷くと陽介君は台風にように家を出て行った。

その様子を見て私達は顔を見合わせて思わずふっと笑ってしまった。



 五人の中で一番変わっていないのは陽介君かもしれない。陽介君はそれは昔より涙の数は減ったものの、今でも昔と変わらず感情豊かに思ったままに表情が出る。それがずっと私を安心させてくれる。



 陽介君は、本当はもう「泣き虫陽介君」とは言えなくなってしまった。無邪気な感情表現の中にもちゃんと大人な部分が見えてくる。



 それは二人になるとそっと皆のことを教えてくれる顔だったり、お姉さんな顔をする沙夜ちゃんに言いくるめられながら見せる優しい瞳だったりする。見落としてしまいそうだけど、可愛い陽介君がカッコいい陽介君になろうとしていることが嬉しくて、寂しい。


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