退院の日
退院の日、良いと言ったのに五人を代表して陽介君と葉流君が迎えに来てくれ、冬真君が車を出してくれと至れり尽くせりだ。空の上から見ていたようにバンドを組んだりはしていないけれど私が眠っている間にだいぶ仲良くなったみたい。
「先生、俺達が本当にバンドを組んだとしたら……上手くやっていけるのかな?」
早くに来てくれた葉流君がベット周りの片付けながら窓の外を見つめた。雲一つない快晴で、暖かな太陽が優しく私達を照らしていた。ふと、葉流君の表情が以前よりずっと優しく見えた。
「葉流君さぁ……大事な人が出来たでしょ?私よりももっと」
驚いて私を振り返った葉流君が真っ赤な顔をしていた。
葉流君は誰もがうらやむような容姿をしているけれど、それがひどくコンンプレックスになっていた。本当はとても優しくて繊細ななのに厚い壁でそれを隠してわざと冷たく突き放す態度をとる。そのせいで彼の理解者は割と少ない。
「良かった。今度ちゃんと聞かせてね」
「……何で分かったの?」
頬を染めたままの葉流君が唇をへの字に曲げながらも重い方の荷物を持って先を歩いた。同室の皆さんとナースステーションに挨拶をして、先に会計などのごたごたを済ませに行ってくれた陽介君と合流する。
「だって、葉流君私が眠る前よりずっと優しい顔してたから」
会計が終わったらしい陽介君を見つけて手を振りながら葉流君にそっと囁いた。
「先生には敵わないね」
ため息をつく葉流君の顔はやっぱりとても穏やかで優しい。
合流した陽介君がさりげなく私の手から荷物を取ると楽しい提案をする。
「今度退院パーティしよう。美咲と沙夜が飯作るって」
「飯作るの?美咲が?先生ん家で?」
不安げに詰め寄る葉流君に慌ててブンブン首を振る陽介君は正直者だ。
「いくら美咲でもそんな嫌がらせしねぇよ!」
二人のやりとりに思わず笑ってしまう。美咲ちゃんの料理音痴ぶりは彼らの中で有名らしい。私はまだ体感したことはないものの、男の料理というか、ともかく味も量もハンパないらしい。
自動扉を潜って久々に直で見た空は清々しいくらい晴れ渡っていて、思わず大きく伸びをした。
「気持ちいい!やっぱり自由って良いわね。太陽の下を歩けるって幸せなことだわ」
嬉しくなって二人に荷物を預けたままスキップをしてみる。息が弾んで体が上気して生きてるって実感が湧いて嬉しくて悲しくて、頬に流れた涙を気付かれないように拭った。
「有希子さん、おかえりなさい」
車でお迎えに来てくれた冬真君にお礼を言って車に乗り込んで家に着く。運転をしている冬真君の横顔は随分大人びて見えて驚いた。
「ありがとう冬真君」
「有希子さんのためなら喜んで♪」
微笑む冬真君が王子様みたいだった。現実では皆のお兄さんだ。軽そうに振舞いながらその大きな優しさで私が眠っている間皆を励まし続けてくれたらしい。
不安で怖くて泣き出す沙夜ちゃんに暗い顔して押し黙る陽介君。感情のやり場が見付らずに当り散らす美咲ちゃん。それから、段々と病院から足が遠のいてしまった葉流君。
皆それぞれが怖くて不安で、時にはむかついて仕方が無かったのに、大人だって扱いに困る思春期真っ只中の四人に最初からずっと、一度も諦めることなく「大丈夫だから。絶対目覚めるから」といい続けてくれたのは冬真君なんだって、陽介君が言ってた。
「本当はさ、冬真だって怖かったしムカついたんだろうなーって今なら思うんだ。でも、あの時は皆それぞれ冬真にすがりついてた。冬真なら笑って許してくれると思ったんだ」
夕焼けを眺めながら長いこと二人で話した日に陽介君が教えてくれたこと。
「本当にありがとうね冬真君」
思い出してしみじみお礼を言うと冬真君は私の大好きな顔で笑ってくれた。
「有希子さんが戻ってきたなら、なんともないよ」
その笑顔に沢山の苦しさや悔しさや苦悩が詰っていることをちゃんと分かりたいと思うのに、冬真君はどこまでも優しい眼差しで「その必要はない」と告げる。
陽介君の前で必死に涙を堪えていた小さなガキ大将がいつの間にか皆をしっかり支えて立たせてくれていた。ここまでの道のりがどれだけ大変だったものかどんなに辛かったものか愚痴も弱音の一つも言ってはくれない背中を見つめながらそっと涙を拭った。
私も前を見なくちゃいけなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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