さよならマイク
「手違いなんかじゃない。私をここへ呼んだのはマイクなのね?それを神様が叶えたんだわ。それがマイクの願いで心残りだったから。「ごめん」の意味がやっと分かったわ」
最後にマイクを振り向いて確認した。全部、知っておきたいと思った。マイクの本当の全部を受け入れていきたいから。
神様と顔を見合わせたマイクが子供のような無邪気に顔をくしゃくしゃにして笑った。
「その通りだ。有希子、僕は死にたくなんか無かったんだ。生きていたかった。やり残した事もやりたい事も山程あったし何よりあんなにあっけなく終わるはずじゃなかった。……君とこれからの道を歩いていきたかった。有希子、僕は死にたくなんかなかった。君と離れたくなくて、神に君を望んだんだ」
目の前に立っているマイクはがひどく小さく見えた。泣きそうに苦しい顔をして自分の定めを受け入れられずに駄々をこねる子供。そしてそれは私も一緒だ。
「私はマイクがいなくなるなんて嫌よ。信じられないから信じなかった。だって私はこれから先、マイクから離れてあげるつもりなんてなかったんだもの。だから倒れた。だから私も死んだの。マイクと一緒にいたいから」
涙が頬をつたって落ちたけれどそんなこと気にもせずにマイクだけを見つめていた。私はどうしようもない。現実を受け入れずに自らの命まで投げ捨て捻じ曲げようとした。どうしようもなく勝手だ。
お互いに恐る恐る近づいて手を繋ぎ、我慢出来なくてぐちゃぐちゃな顔のまま強く抱き締めあった。
私達はこんなに無力で子供で自分勝手で、だからお互いを求めた。だから必要だった。だから、愛し合っていた。
マイクを愛していた。ずっと一緒にいたかった。一緒にいると信じていたのに、それは叶わない。私達は違う道を歩いていくから。
そっと私の背中に回された腕を緩めたマイクが涙で濡れた顔のままで笑った。
「有希子、いつもここから君を見守っているよ。君が五人を見守っていたように」
私の目を真っ直ぐ見据えながら、優しい顔をするから、私もぐちゃぐちゃの顔のままゆっくりと頷いてマイクを見つめた。
「私も。空を見上げてあなたを想うわ。ずっと、愛している」
もう一度熱い抱擁をし合い、私達は最後のキスを交わした。
私を見て、穏やかに微笑む神様に別れの挨拶をする。
「さようなら神様。もうあなたと会うことはないと思うけど」
それだけ言って、私は雲の上から助走をつけてダッシュした。勢い良く飛び出した私の体を優しい風邪が包み、ゆっくりと私の体がある場所まで運んでくれる。
懐かしい町並み、大きな建物が見えてきた。多分、あれが病院。中には私の眠っている病室があって、きっと彼が私を待っていてくれる。そう信じた私は静かに目を閉じた。
生暖かい風が頬を撫でる。何だか少し、まぶたが重くてだけどとてもいい気持ち。休日の午後って感じかしら?なんて思いながら私は静かに目を閉じて、彼との再会を静かに待っていた。
「来てたんだ。どう?先生」
「いつもと変わらない。だけど、絶対に有希姉は戻ってくる」
うっすらと遠くの方でそんな会話が聞こえた。なんとなく、聞き覚えのあるような懐かしい声。だけど私は眠くて仕方が無い。まぶたが重くて、体中がダルイ。
「帰って来ない訳ないじゃん。今日なんかあったかい快晴で先生が喜びそうだ」
「きっと「いい天気」なんて言って戻ってくるよ」
「少し寝たら?またクマが出来てる。出来る限りそこにいたいのは分かるけど、そろそろ体壊すよ?」
「分かってる。もう少ししたら、一度戻る」
パタンと小さく音がして、それっきり声は聞こえなくなった。あれはやっぱり気のせいなのかなと思い、眠りに引き込まれていく。
その瞬間、手が温かいものに触れた。今度は重たくないまぶたをゆっくりと開いた。
「……陽介君?」
目を開けたら、そこには雲の上から見ていたのと変わらない彼がそこにいた。手を握ってくれた陽介君はなんだか疲れたようななやつれ顔だったけど。
「……ゆき、姉……」
私を見た陽介君は素直に驚いて声が出ないようだった。一方の私は、なんだか昼寝から目覚めたときのように清々しくて気持ちのいい気分だった。ゆっくりと体を起こしてみると、これが私の体だと実感してなんだか嬉しかった。その様子を陽介君はただ呆然と見ていた。
「心配かけちゃってごめんね。ただいま。陽介君♪」
未だに声が出せないでいる陽介君に向って手を振ってみた。次の瞬間私の視線の先に彼はいなくて、温かな手の感触が背中にあった。
「良かった。……おかえり有希姉!」
背中から伝わる息遣いで分かる。昔は泣きべそをかいた陽介君を抱きしめるのが私の日課だったのに、今はもう、陽介君はしっかりと私を抱きしめることが出来る。そう思ったのに、彼は泣いていた。
なんだ、まだ子供なのね。と、完全に変わりきっていない陽介君に少しだけ安心した。
おかしくて笑おうと思ったのに、陽介君につられたのか涙が流れて止まらなかった。陽介君の背中でそっと呟いた。
「さよなら……マイク」
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