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みんなの歌  作者: 日和
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私の記憶



 マイクの後ろを歩く私は、驚くほど冷静だった。大きく深呼吸して、背筋をシャンと伸ばしマイクの広い背中を見つめながら「マイクって、意外といい男だわ」なんてのん気なことを考える余裕さえある。

  



 もうすぐ私の魂も、肉体に遅れをとりながら消滅するというのに。私はもう、どこにもいなくなるというのに。 




 「ユキコ、君にどうしても話さなくてはいけないことがあるんだ」





 大きな扉の目の前でマイクは私を振り返り、肩に手を置いた。彼の大きな青い瞳をまっすぐ見つめてゆっくりと頷いた。なんだかマイクの方がひどく動揺しているように見える。




 「……大丈夫よマイク。私ならもう、大丈夫だから」




 そう言った私を頼りなげに見たマイクは、やがてその重い口を開いた。




 「……ユキコ、僕の肉体は二年前の六月十三日。水曜日に滅びたんだ」



 ゆっくりと念押しするようにそう言って一呼吸置いたマイクの顔を私は驚きの隠せない表情で見た。だってその日は、今の私にとっても印象深い日。私の命日だったんだから。

 驚きのあまり、上手く呼吸が出来ないでいる私の目を見据えて更にマイクは続ける。




 「……交通事故だったんだ。前の日は大雨でね、スリップした車に撥ねられて僕は死んだんだ。一瞬の出来事だったよ」




 彼が、一体何を言いたいのか分からなかった。ただ一つ分かったことは……私とマイクは命日も死因も、同じだったということ。こんな偶然って、あるものなんだと本気で思った。





 「君とのデートに行く途中だった。嬉しそうに手を振る君の姿を見つけてね、つい気がせってしまったんだ」




 落ち着いた様子のマイクはよく見ると小さく震えていて、そっと手を取ると大きな手は驚くほど冷たかった。それでも話を止めないマイクの声は私の耳に上手く届いていないのかもしれない。





 その言葉を聞いた私は、こんな場所であるにも関わらずマイクはまた冗談を言っているんじゃないかと一瞬思った。でもよく考えてみれば、こんな場所ではさすがのマイクもそんな冗談なんて言えるはずがなかった。第一真っ直ぐに私を見つめるマイクの目は、冗談を言っているようには見えなかった。



 と、言うコトは、それはすなわち真実で、私とマイクは恋人同士だったということになる。しかし今の私には、マイクと恋人同士だったということはおろか、マイクという知り合いがいた記憶すらない。



 事態がうまく飲み込めないでいる私にマイクは優しい微笑みを浮かべ、しゃがみ込み、私に隣に来るようにと手で合図した。その穏やかな顔が「大丈夫、全て分かっている」と言ってくれている気がした。隣にしゃがみ込むと穏やかな表情のまま私の髪を撫でた。




 「僕たちはある売れないアマチュアバンドのコンサートで知り合ったんだ。その中には僕の友人もいたんだけど、お世辞にも上手いとはいえなくてね。会場はそのバンドの曲を聞く雰囲気なんかまるで無かった」




 マイクは遠くを見ながら話始めた。とても懐かしそうなのに、少し悲しい顔をして。




 「マイク、あなたはその会場にいたの?」

 「そうだよ。だけど正直辛かった。そのバンドももう、解散寸前だったのかもしれない。僕はずっと後ろにいって、その曲を聴くことにしたんだ。そこで、君をみつけた」




 マイクの話を聞きながら私は何か、小さな違和感を感じていた。忘れているだけかもしれないけど、私にはその映像やエピソードなんかを思い出すことが出来ない。




 「その会場の一番後ろで、君は真剣な目で曲を聴いていた。とても悲しそうな顔をしてね」

 「……私が、悲しそうに曲を聴いていたの?」

「そうだよ。僕が声をかけると、君は妙なことを言ったんだ。「この歌はとてもステキなのに、全員が諦めてしまっているから、歌が上手く伝わらない」ってね」




 一つ一つ、オウム返しで確認した。思いふける表情をするマイクに、私は何故か一人置いていかれたみたいな気分になった。




 「その言葉が面白くてね、会場を出た僕達はたくさんのことを語り合った。そうしていつの日か、お互いが特別な存在になっていったんだよ」




 それからもマイクは色々な話をしてくれた。二人で映画を見た話や、素人バンドのライブを見にライブハウスをはしごした話。マイクの両親に会いにいった話や、キスをした時の話。それから、私達が始めて一つになった話。

 



 何かがおかしかった。マイクは沢山の思い出を持っていて、それはきっと真実で二人で共有した記憶じゃなきゃいけないのに、私にはその記憶が全てキレイさっぱりない。





 まるで、マイクが私と誰か違うユキコを勘違いしているみたいに。しかしそのユキコは紛れも無く私であることが彼の次の言葉で明らかになった。




 「有希子、君はやはり……忘れてしまったんだね?」



 悲しそうに呟いた彼に思わず振り向いた。彼は本当は知っていたんだ。私の名前も、私が私と彼との全ての記憶を、持っていないことも。本当は全部。


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

ご指摘など頂けたら幸いです。

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