佐藤有希子、死亡
辺りはやけに湿度が高い、湿った空気が漂っていた。それでいて暗くて、ダニとか微生物が群がりそうな、とにかく嫌な感じ。
シーンと静まり返った空間の中、低くて野太い声が響き渡る。最もその声が何を言っているかなんて分からないんだけど。それでもその周りの大勢の人々はその声の主の、少しばかり青っぽくみえるざらついた後頭部を見ていた。
耳を澄ませてみると鼻をすするような音や、しゃくりあげるような声までも聞こえてくる。人は大勢いるのに、鼻をすするおとやしゃくりあげる声がはっきり聞こえる。そのくらい静か。
けれどそれより不思議なのは、私の知り合いがこれでもかってくらい全員集合しちゃっている所。そんな大勢の人々を懐かしく、嬉しく思いながらも、私は皆の前を通り過ぎた。
途中、小さな声でまるで独り言のように彼等はポツンと、私の名前を呼んだ。その声にさえ、私は答えることが出来なかった。
「…有希姉」
「…ユキ」
「…有希子さん」
「…有希、先生」
「…有希子お姉ちゃん」
六月十三日、水曜日。昨日の大雨も上がりよく晴れた気持ち良い日だった。久々に太陽を拝めて、浮かれ気分で家を出た私、佐藤有希子は通勤途中、スリップした車にはねられ、死亡。
誰にも見つかることの無い姿になった私は、いつものように可愛い幼なじみの傍にいた。彼の流す、止まることのない大粒の涙を見ているととても悲しくなる。
それでも私は、いつものように彼を抱きしめて笑うことは出来なかった。そう、もう二度と。だけど、ねぇ陽介君、私はたしかに死んだけど、それはこれから起こることの、あなた達の始まりだった。そう思っても、いいよね?
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