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縁の環  作者: 由耀
第1章 『花黄泉』
3/11

EP03

 そこは遊郭へと続く一本道。

 男が笑い、女が泣く……終わりなき生き地獄へ、無垢な少女が行く。

 粗末なべべを着て、僅かな荷物を背負い、花街の男の後を俯きながら。


「はよう歩かんか! 日が暮れてしまう」

「へぇ。……すんません」


 花街の男が振り返り、少女を怒鳴りつけた。

 少女は寂れた村からやってきた。

 目に映る都会の光景に足を止め、初めて訪れた町をぐるりと眺めた。

 行く手には黒い、大きな門。

 あの門を潜ればもう、戻れない。

 少女の足は不安と恐怖に震えたが、花街の男は待ってなどくれない。

 おっかさんのため、家族のため。

 少女は意を決して、また歩き始める。

 地獄の黒門に向かって。


 その時だった。

 向こう側から鈴虫の様な鈴の音が聞こえた。

 それは旅の僧だった。

 白装束を纏い、錫杖をつき、笠を深くかぶっている。

 すれ違った僧はこの世の者とは思えぬほど美しい顔立ちをしていた。

 少女は思わず後ろを振り返り、通り過ぎた僧の姿を眼で追うも……。

 すれ違ったはずの僧の姿はもう見えない。

 ただ黄色と白の水仙の花が一輪、道端に落ちているだけだった。


 少女はこの水仙の花を拾い上げた。

 なぜ拾ったのか少女もわからないまま。


 -※-


 週末、香苗と夫は地元の神社でお祈りをし、お守りも購入した。

 優斗はお守りを身につけることを嫌がったが、夫が丁寧に説得した。

 お守りを首から下げるようになった。


「何かあったら困るから、あなたもお守りを持った方がいいかも」

「そうだな。香苗は?」

「私は家にいるだけだし、神棚もあるから平気よ」


 その言葉に夫は安心した。

 香苗も自分は大丈夫と思って疑わなかった。


 -※-


 その晩、香苗はある少女の夢を見た。

 首筋に、肌に白粉をはたく少女だ。年は若く、まだあどけない顔立ち。

 豪奢な重たい着物を身に纏い、口元に紅を引いた。

 姿見に映る少女は天女のように美しい。


「姐さん、首筋が痛い……」

「何だろうね、後で医者に見て貰いな」


 化粧の乗らない首筋。そこには小さな影が寄り集まっていた。

 香苗にはそれが海底の石に空いた無数のくぼみのように見えた。

 少女は香苗に背を向けたまま、裾を引きずり、手を引かれて去って行った。


 香苗はハッと目を開く。

 微かに漂う水仙の花の匂い。

 それと重なるように、独特の香りが後から香った。

 身体が硬直したように動かない。

 金縛りだ。


 香苗は夜明けまで天井の節を見つめ続けた。

 その節はつぶらな少女の目にとても良く似ていた。

 明け方、ようやく金縛りが解けた後、身体が強制的に意識を奪った。

 夫が出かけたのも、優斗が学校へ行ったのも分からない。

 スマホを見ると、夫からメッセージが入っていた。


『お疲れさま。寝坊は気にするなよ』


 夫の優しい気遣いに、香苗は顔をほころばせる。

 ふと見上げた天井には、以前見た足の長い蜘蛛が大きな巣を張っていた。


「朝蜘蛛は縁起がいいんだっけ。益虫というしね……」


 そう呟いて、香苗は家事を始めた。

 たまたま変な夢を見ただけだと、深く考えないように努めた。

 燃えるごみを出すために庭を通ると、まだ水仙が咲いている。

 しかもすべての水仙が寝室に向かって咲く。


「この家になにか因縁があるんだろうか……」


 香苗はふとそんなことを思った。


 -※-


 香苗は寝苦しさを感じ、夜中に目が覚めた。

 隣で眠る夫は、いびきをかいていた。

 トイレへと向かった後、香苗は優斗が眠る部屋へいく。

 お腹を出して寝ている優斗をみて、香苗はタオルケットを掛けた。


 大丈夫だ、もう安心だ。

 香苗はそう思い直し、寝室へと戻った。


 しかし、何かがおかしい。

 水の滴る音が和室から聞こえる。

 電気をつけて確認すると、中央の畳が湿っている。


「どうして……」


 急いで雑巾をもってきて水分を取る。

 その雑巾は異様な匂いがした。

 磯の匂いではなかった。

 海の底の匂い、もっと暗く、もっと深い……陽光の届かない水のような。

 香苗は突如寒気を感じた。

 その雑巾を手早く洗い、香苗は再び寝室へ戻る。


 翌朝。

 和室の畳を確認すると、和室の畳は濡れてはいなかった。

 潮の香りはすっかり消えている。

 天井を見ると、蜘蛛の巣の大きさが一回り小さくなっていた。

 そんな蛛の糸には、蛾が引っかかっていた。

 蜘蛛の姿はない。

 蛾の翅の模様が、香苗を見つめる眼に見え、香苗は悪寒を感じた。

 




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