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縁の環  作者: 由耀
第1章 『花黄泉』
1/11

EP01

 昔、その町の外れには遊郭があった。

 その遊郭の跡地には、火災で亡くなった多くの遊女たちの墓があった。

 しかし歴史の流れで遊女たちの墓は別の墓地に移動され、今は住宅街。


 時を超え、姿を変え、彼は今もこの地に存在し続けている。

 各地を旅し、ある時は山を越え、ある時は海を越えてたどり着いたこの地。

 何度生まれ変わっても彼の記憶は消えない。

 ただ過去の想いを抱えたまま、何度も何度も繰り返し生き続ける。


「私は生き過ぎました。それでもまだ生きろというのですか」


 彼が信ずる神は答えない。

 何度も踏み続けた神の像は、今なお沈黙を続ける。


 旅することをやめた僧。

 彼はこたえを求め観測を続けていた。


 -※-


『潮満ちて 咲く雪中花 かの人を 想ひて焦がれ 袖ぞ濡れゆく』


 女はまた訪れた朝に涙した。

 愛するあの方の言葉を信じ、ただひたすらに待ち続ける。


 ――いつまで待てば、あなたは来てくださいますか?


 その問いにこたえは無い。

 揺らめく重たい闇の中で、女はただ時を重ね続けた。


 -※-


 雪が解け、待ち望んだ春の陽光に包まれたその日。

 都会からやってきた一台のトラックが、古い高台の平屋の前に止まった。


「奥さん。引っ越しのトラックが来たよ!」

「はあい!」


 この平屋の新しい女主人が、明るい声で応える。

 室内の清掃を手伝ってくれるのは近所の母ちゃんたち。

 皆、陽気で親切だ。

 香苗はエプロンを翻しながらトラックに駆け寄る。

 午後には学校に挨拶を終えた夫と息子が帰ってくる。

 それまでにせめてキッチンと居間だけはと、香苗は掃除を急いだ。


 換気のために開いた大きな窓。

 そこから望む庭には、見事な黄色と白の水仙の花が咲いていた。

 蜜蜂が花の蜜を求めて水仙に向かって飛んでいく。


「いい天気ね」


 遠くには海も見え、海鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。

 トラックの運転手と一緒に大きな家具を和室へと運び入れたその時。

 和室の天井に、足の長い蜘蛛が巣を張っていた。


「奥さん、この荷物、どこさ置く?」


 声をかけられ香苗が振り返ると、手伝いの母ちゃんの一人が小さな段ボールを抱えている。

 息子が愛読する漫画などが入った箱だ。


「奥の部屋でお願いします!」

「あいよ」


 香苗は荷物の中から殺虫剤を取り出し、再び和室の天井をもう一度、見た。

 しかし、先ほど確かに在った蜘蛛の巣はなく、足の長い蜘蛛も消えていた。


「あれ……?」


 使わなくなった殺虫剤を手に持ったまま、呆然と和室の天井の隅を見つめる。

 車のエンジン音が聞こえ、夫と息子が帰ってきた。


 息子は庭で誰かと話していた。

 さっそく友達ができたのかもしれない。

 喜ばしいことだと香苗は気にも留めなかった。






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