追放聖女のスローライフ、まず神様に休暇申請します
追放って、もっと重い感じだと思っていた。
「セラ。君は辺境へ行ってくれ」
神官長は書類の山から顔を上げずに言った。冷たいというより、とにかく忙しそうだった。
「……はい」
返事をしたあと、自分で驚いた。
悔しい、というより先に、頭の中に出てきたのは別の言葉だ。
――寝たい。
礼拝堂の外には治療を待つ人が並んでいる。
戦場から戻った兵士と家族。顔色の悪い子ども。
回復の祈りは足りない。私の手も足りない。
それでも私は、ここ数か月、一度も「休みます」と言えなかった。
言ったら、いろいろ止まりそうで怖かったからだ。
神官長が続ける。
「罰ではない。今の神殿は戦場向けの体制を整えたい。君は……」
少し間があって、私は察した。
つまり「合わない」。
「……分かっています」
「君は良い聖女だ。だからこそ、ここに置いておくと無理が出る」
その言い方だけ少し優しくて、私は返事が遅れた。
「お世話になりました」
荷物は少ない。増やす余裕がなかった。
手帳、羽ペン、替えの服、薬草の本。鞄に入れて神殿を出る。
外の空気は冷たい。
でも、気持ちは少しだけ楽だった。
――私、安心してる。
そのとき。
『状況報告。あなた、辺境配属。引き続き勤務』
頭の中に落ち着いた声が響いた。
神々しいというより、業務連絡みたいだ。
私は立ち止まり、空を見上げた。
「……神様?」
『そう。神です』
「追放されたんですけど」
『追放は人間の都合。あなたの職務は継続です』
「いや、待ってください。話が早すぎます」
『要点。明日、辺境の村で治療対応を』
「私の話を聞いてください!」
声が出て、通りすがりの人が一瞬こちらを見た。
私は咳払いをして、小声で言い直す。
「……神様。私は休みたいです」
『休みたい。理由は』
「寝不足です。肩が痛いです。手が震えます。あと、考える余裕がありません」
『申請を受領。休暇理由、具体性不足』
「具体性……?」
『数値で』
数値。
「……睡眠は平均二時間。治療件数は昼が三十以上、夜も臨時。食事は一日一回のときもあります」
『確認。過労』
「確認できたなら休ませてください!」
『休暇は代替要員が必要』
「……いません」
『では休暇は不可』
不可。
神様が「不可」って言った。
私は空を睨んだ。
「……神様って、こういう感じでしたっけ」
『あなたが今まで休暇申請をしなかっただけ』
「そこまで言います!?」
『申請するなら手順に従ってください』
この神様、手順が好きすぎる。
私は深く息を吸って吐いた。
とにかく辺境へ行こう。寝よう。話はそれからだ。
⸻
辺境の村は王都よりずっと静かだった。
道は土で、家は低く、煙突から細い煙が上がっている。
空が広い。風が冷たい。
でも、息がしやすい。
宿屋の扉を押すと、元気な声が飛んできた。
「いらっしゃい! ……あれ、もしかして聖女さん?」
出てきたのは、どっしりした体格のおかみさんだった。腕まくり。
きつそうに見えるのに、目が優しい。
「セラです。王都の神殿から紹介状を――」
「紹介状より先に、飯だね」
「……はい?」
「その顔。絶対まともに食べてない顔だよ。話は後。座りな」
言い切られて、私は反射で従った。
机に置かれたスープから湯気が上がる。匂いが温かい。
一口飲んだだけで、目が熱くなった。
「……おいしい」
「でしょ。村の野菜と骨の出汁。聖女でも胃袋は同じ」
「……聖女、やめてください」
「じゃあセラ。パンも食べな」
おかみさん――マルタは、娘にするみたいに世話を焼いた。
私は久しぶりに、ちゃんと食べた。
夜。部屋に入ってベッドに倒れ込む。
……寝られる。
そう思ったのに。
『業務連絡。明日、村の治療対応を』
神様の声。
私は枕に顔を押し付けた。
「……休ませてください」
『申請が必要』
「じゃあ今します! 休みます!」
『休暇理由』
「過労です! 寝不足です! もう無理です!」
『代替要員』
「……いません!」
『不可』
「不可じゃない! 不可にしないでください!」
私は起き上がって天井を見た。
怒っているのに、少し笑いそうになる。
神様相手に、何をしてるんだろう。
でも決めた。
「……よし。正式に休暇申請します。制度として」
『受付』
神様が「受付」って言った。
私は布団に戻りながら言う。
「明日、村の神殿に行って書類……じゃないけど、必要なものを作ります」
『合理的』
合理的。
やっぱり神様、事務担当みたいだ。
それでも、少し落ち着いた。
休むために手順がいるなら、踏む。
私は今度こそ目を閉じた。
⸻
朝。
目が覚めたのは、日が高くなってからだった。
「……え?」
私、こんなに寝た?
焦りかけて、すぐに思い出す。
遅刻って何。ここは王都じゃない。
部屋を出ると、廊下でマルタが腕を組んで待っていた。
「起きたね」
「すみません……!」
「謝るな。寝たなら十分」
「十分……」
「顔色が戻った。よし。朝飯」
私は口を開けかけて、閉じた。
謝る代わりに言う。
「……ありがとうございます」
「それでいい」
朝飯のあと、村の小さな神殿へ向かった。
石造りの立派な神殿じゃない。木の礼拝堂みたいな建物だ。
中に入ると、若い神官が慌てて出てきた。
「あっ、聖女さ――えっと、セラさま!」
「さま、もやめてください。セラで」
「え、でも……聖女って……」
「今、追放中です」
「追放……!」
若い神官は顔色を変えた。
私は慌てて手を振る。
「罰じゃないです。ええと、落ち着いて。あなたは?」
「ルッツです! この村の神殿の小神官です!」
ルッツは真面目そうなのに、手元の紙束を落とした。
拾おうとして、さらに落とした。
「……事務が苦手ですか」
「得意です! たぶん!」
たぶん。
私は咳払いした。
「ルッツ。休暇申請をしたいんです」
「……きゅ、休暇?」
「はい。神様に」
「神様に!?」
声が裏返った。
「そんな制度……聞いたことが……!」
「私も昨日知りました」
私は礼拝堂の前に立ち、手を組む。
祈るとすぐに声が返ってきた。
『申請受付。休暇理由』
「過労です。睡眠不足です」
『数値』
「睡眠二時間が続いてました。回復件数は一日三十以上、夜もあります」
『確認。過労。代替要員』
「……いません」
『不可』
「待ってください!」
私は手を下ろして言った。
「追放されたのに勤務続行で、代替要員がいないから休めないって……それは無理です」
『無理。確認』
「確認しないでください。休ませてください!」
『代替要員、または代替手順の提示が必要』
私はルッツを見る。
「……代替手順って、つまり“聖女がいないときのやり方”ですか」
「はい」
ルッツは真顔でうなずいた。
「必要です。村でも、すごく必要です」
私は少しだけ笑った。
「……作ります。休むために」
ルッツが小声で言う。
「聖女って、制度まで作るんですね……」
「私はただ、寝たいだけです」
ルッツが力強くうなずいた。
「大事です」
⸻
まず、村の状況を見た。
治療が必要な人はいる。
でも王都みたいに、毎日大量に押し寄せるわけじゃない。
それでも村人は、ちょっとしたことで「聖女を呼ぼう」とする。
安心だからだ。頼れるからだ。
でも、その頼り方が全部になると、私がまた無理をする。
私はマルタに相談した。
「困りごとを全部、私に集めない仕組みを作りたいです」
「いいね。私も言うよ。セラ、無理するとすぐ顔に出る」
「……分かるんですか」
「分かるよ。目がぼんやりする」
「言い方」
「事実だよ」
マルタは笑った。
私は村人を集めて話した。
「軽い怪我や熱は、まず皆さんでできることをしてください。湯を沸かす、冷やす、包帯を巻く、薬草を飲ませる。……私が行くのは最後です」
最初、村人は不安そうだった。
「でも、聖女がいないと……」
「そう思うのは分かります。でも――」
私は言った。
「皆さんが先に動いてくれたら、私の回復が一回で済みます。一回で済めば、次の人にも対応できます」
すると、薬草に詳しいおばあさんが手を上げた。
「薬草なら教えられるよ」
湯たんぽ作りが上手いおじさんも言う。
「湯を沸かすのは任せろ」
子守が得意な若い母親も言った。
「看病の間、下の子を見ることならできる」
私はその声を聞いて、背中の力が少し抜けた。
私が全部やらなくても、村は動ける。
助け合える。
ルッツは嬉しそうに言った。
「掲示板を作ります! 当番表も!」
「……できるんですか」
「やります!」
勢いは十分だ。
私は心配しつつ任せた。
掲示板には、こう書かれた。
『まずやること:湯を沸かす/冷やす/止血/薬草』
『次に:当番に連絡』
『最後に:聖女へ』
最後に、が大事だ。
夜、神様に報告した。
「代替手順を作りました。軽症は村で。重症だけ私が対応します」
『確認。引き継ぎ計画、良好』
「それなら休暇を――」
『審査中』
「審査……?」
『審査中』
私は頭を抱えた。
「……休むのって、こんなに大変なんですね」
『休暇は重要。手順が必要』
「神様、手順好きすぎません?」
『事実です』
神様が「事実です」って言った。
私は笑ってしまった。少しだけ気持ちに余裕が戻っている。
⸻
嵐の夜が来た。
風が強く、雨が窓を叩く。
宿でマルタが腕を組む。
「嫌な天気だね」
そのとき扉が勢いよく開いた。
「セラ! 子どもが熱で……!」
村人が抱えてきた子どもは顔が赤く、息が荒い。
母親が泣きそうな声で言う。
「お願い……助けて……」
私は反射で立ち上がりかけた。
身体が勝手に動く。いつもの癖だ。
でも、その瞬間、掲示板の文字が頭に浮かんだ。
『最後に:聖女へ』
私は深呼吸して言った。
「まず湯を沸かしてください。体を温めて汗を出します。次に布で冷やします。薬草茶――おばあさん、薬草をお願いします」
村人が驚いた顔をした。
「今すぐ回復じゃないのか?」
「回復は最後です。皆さんが先に動けば、私は一回で済みます」
私は言い切った。
「お願いします。手順通りに」
母親が戸惑いながらもうなずく。
おじさんが走って湯を沸かし、若い母親が布を濡らす。
薬草に詳しいおばあさんが袋を取り出す。
「これを煎じて」
村が動く。
当番表が生きている。
ルッツが小さな声で言った。
「……回ります。ちゃんと回ります」
「回るよ。大丈夫」
私は子どもの様子を見る。
熱は高い。呼吸が浅い。
ここで一度だけ回復が必要だ。
私は手を組んで祈った。短く、確実に。
光がふわっと広がり、子どもの呼吸が少し落ち着く。
汗が出て、赤みが少し引いた。
「……おかあ……」
子どもが小さく言う。
母親が泣きながら笑った。
「よかった……!」
私は息を吐いた。
回復は一回で済んだ。村が先に動いてくれたからだ。
そのとき、神様の声。
『承認』
短い。
「……え?」
『休暇申請を承認します。代替手順は機能しています』
私は思わず笑った。
「……審査、通った」
『当然』
「当然って言うなら最初から休ませてください!」
『最初から申請してください』
「ぐっ……!」
言い返せない。
私は心の中でつぶやく。
でも、ありがとう。
村が回ったのは、私一人の力じゃない。
みんなが動いたからだ。
それが嬉しかった。
⸻
翌朝。
私は自然に目が覚めた。体が軽い。
階下へ降りると、マルタが鍋をかき回していた。
「おはよう。顔、いいね」
「……寝ました」
「えらい」
「寝るのがえらいって、初めて言われました」
「ここではえらい」
朝食のパンとスープ。
私はゆっくり食べた。
ルッツが宿に飛び込んできて、紙を見せる。
「回ってます! 当番表、ちゃんと!」
「……ルッツ、すごい」
「いや、みんなが……」
ルッツは照れた。
そのとき、神様がまた業務連絡みたいに言った。
『休暇中の最優先業務。睡眠、食事、散歩』
私はスプーンを止めた。
「……それ、業務なんですか」
『あなたの体調は世界の資産』
「急にまともなこと言う……」
『休暇中の業務を怠らないように』
「怠りません。寝ます。食べます。散歩します」
マルタが笑う。
「散歩なら畑の道がいい。空が広いよ」
私は外に出た。
風は冷たいけど、気持ちがいい。
村の道を歩くと、誰かが手を振ってくれる。
「セラ! 今日は休みだろ!」
「はい! 休みです!」
ちゃんと言えた。
堂々と言えた。
休むことは甘えじゃない。
休むから、また動ける。
私は空を見上げた。
「神様、聞こえますか」
『聞こえる』
「休暇、ありがとうございます」
『承認済み』
「言い方」
『……どういたしまして』
最後だけ、少しだけ柔らかかった。
私は笑って、歩き出した。
スローライフは、まず休むところから。
その最初の一歩は、神様に申請して取るらしい。
手順が多い世界だけど、
この村の手順は、少し優しい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
このお話で描きたかったのは、
「休むのはサボりじゃなくて、次に動くための準備」 ということです。
働きすぎる人ほど「自分だけは後回し」にしがちで、セラもまさにそのタイプでした。
そして神様は……威厳より手順が好きなタイプです。
休暇申請に数値を求めたり、不可を出したり、審査を挟んだり。
でも、村が回る仕組みができた瞬間にちゃんと承認するあたり、意外と真面目です。
それでは、セラの休暇が長引くことを祈りつつ……また次のお話で!




