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追放聖女のスローライフ、まず神様に休暇申請します

作者: 星渡リン
掲載日:2026/02/01

 追放って、もっと重い感じだと思っていた。


「セラ。君は辺境へ行ってくれ」


 神官長は書類の山から顔を上げずに言った。冷たいというより、とにかく忙しそうだった。


「……はい」


 返事をしたあと、自分で驚いた。

 悔しい、というより先に、頭の中に出てきたのは別の言葉だ。


 ――寝たい。


 礼拝堂の外には治療を待つ人が並んでいる。

 戦場から戻った兵士と家族。顔色の悪い子ども。

 回復の祈りは足りない。私の手も足りない。


 それでも私は、ここ数か月、一度も「休みます」と言えなかった。

 言ったら、いろいろ止まりそうで怖かったからだ。


 神官長が続ける。


「罰ではない。今の神殿は戦場向けの体制を整えたい。君は……」


 少し間があって、私は察した。

 つまり「合わない」。


「……分かっています」


「君は良い聖女だ。だからこそ、ここに置いておくと無理が出る」


 その言い方だけ少し優しくて、私は返事が遅れた。


「お世話になりました」


 荷物は少ない。増やす余裕がなかった。

 手帳、羽ペン、替えの服、薬草の本。鞄に入れて神殿を出る。


 外の空気は冷たい。

 でも、気持ちは少しだけ楽だった。


 ――私、安心してる。


 そのとき。


『状況報告。あなた、辺境配属。引き続き勤務』


 頭の中に落ち着いた声が響いた。

 神々しいというより、業務連絡みたいだ。


 私は立ち止まり、空を見上げた。


「……神様?」


『そう。神です』


「追放されたんですけど」


『追放は人間の都合。あなたの職務は継続です』


「いや、待ってください。話が早すぎます」


『要点。明日、辺境の村で治療対応を』


「私の話を聞いてください!」


 声が出て、通りすがりの人が一瞬こちらを見た。

 私は咳払いをして、小声で言い直す。


「……神様。私は休みたいです」


『休みたい。理由は』


「寝不足です。肩が痛いです。手が震えます。あと、考える余裕がありません」


『申請を受領。休暇理由、具体性不足』


「具体性……?」


『数値で』


 数値。


「……睡眠は平均二時間。治療件数は昼が三十以上、夜も臨時。食事は一日一回のときもあります」


『確認。過労』


「確認できたなら休ませてください!」


『休暇は代替要員が必要』


「……いません」


『では休暇は不可』


 不可。

 神様が「不可」って言った。


 私は空を睨んだ。


「……神様って、こういう感じでしたっけ」


『あなたが今まで休暇申請をしなかっただけ』


「そこまで言います!?」


『申請するなら手順に従ってください』


 この神様、手順が好きすぎる。


 私は深く息を吸って吐いた。

 とにかく辺境へ行こう。寝よう。話はそれからだ。



 辺境の村は王都よりずっと静かだった。


 道は土で、家は低く、煙突から細い煙が上がっている。

 空が広い。風が冷たい。

 でも、息がしやすい。


 宿屋の扉を押すと、元気な声が飛んできた。


「いらっしゃい! ……あれ、もしかして聖女さん?」


 出てきたのは、どっしりした体格のおかみさんだった。腕まくり。

 きつそうに見えるのに、目が優しい。


「セラです。王都の神殿から紹介状を――」


「紹介状より先に、飯だね」


「……はい?」


「その顔。絶対まともに食べてない顔だよ。話は後。座りな」


 言い切られて、私は反射で従った。

 机に置かれたスープから湯気が上がる。匂いが温かい。


 一口飲んだだけで、目が熱くなった。


「……おいしい」


「でしょ。村の野菜と骨の出汁。聖女でも胃袋は同じ」


「……聖女、やめてください」


「じゃあセラ。パンも食べな」


 おかみさん――マルタは、娘にするみたいに世話を焼いた。

 私は久しぶりに、ちゃんと食べた。


 夜。部屋に入ってベッドに倒れ込む。


 ……寝られる。


 そう思ったのに。


『業務連絡。明日、村の治療対応を』


 神様の声。

 私は枕に顔を押し付けた。


「……休ませてください」


『申請が必要』


「じゃあ今します! 休みます!」


『休暇理由』


「過労です! 寝不足です! もう無理です!」


『代替要員』


「……いません!」


『不可』


「不可じゃない! 不可にしないでください!」


 私は起き上がって天井を見た。

 怒っているのに、少し笑いそうになる。


 神様相手に、何をしてるんだろう。


 でも決めた。


「……よし。正式に休暇申請します。制度として」


『受付』


 神様が「受付」って言った。


 私は布団に戻りながら言う。


「明日、村の神殿に行って書類……じゃないけど、必要なものを作ります」


『合理的』


 合理的。

 やっぱり神様、事務担当みたいだ。


 それでも、少し落ち着いた。

 休むために手順がいるなら、踏む。


 私は今度こそ目を閉じた。



 朝。

 目が覚めたのは、日が高くなってからだった。


「……え?」


 私、こんなに寝た?


 焦りかけて、すぐに思い出す。

 遅刻って何。ここは王都じゃない。


 部屋を出ると、廊下でマルタが腕を組んで待っていた。


「起きたね」


「すみません……!」


「謝るな。寝たなら十分」


「十分……」


「顔色が戻った。よし。朝飯」


 私は口を開けかけて、閉じた。

 謝る代わりに言う。


「……ありがとうございます」


「それでいい」


 朝飯のあと、村の小さな神殿へ向かった。

 石造りの立派な神殿じゃない。木の礼拝堂みたいな建物だ。


 中に入ると、若い神官が慌てて出てきた。


「あっ、聖女さ――えっと、セラさま!」


「さま、もやめてください。セラで」


「え、でも……聖女って……」


「今、追放中です」


「追放……!」


 若い神官は顔色を変えた。

 私は慌てて手を振る。


「罰じゃないです。ええと、落ち着いて。あなたは?」


「ルッツです! この村の神殿の小神官です!」


 ルッツは真面目そうなのに、手元の紙束を落とした。

 拾おうとして、さらに落とした。


「……事務が苦手ですか」


「得意です! たぶん!」


 たぶん。

 私は咳払いした。


「ルッツ。休暇申請をしたいんです」


「……きゅ、休暇?」


「はい。神様に」


「神様に!?」


 声が裏返った。


「そんな制度……聞いたことが……!」


「私も昨日知りました」


 私は礼拝堂の前に立ち、手を組む。

 祈るとすぐに声が返ってきた。


『申請受付。休暇理由』


「過労です。睡眠不足です」


『数値』


「睡眠二時間が続いてました。回復件数は一日三十以上、夜もあります」


『確認。過労。代替要員』


「……いません」


『不可』


「待ってください!」


 私は手を下ろして言った。


「追放されたのに勤務続行で、代替要員がいないから休めないって……それは無理です」


『無理。確認』


「確認しないでください。休ませてください!」


『代替要員、または代替手順の提示が必要』


 私はルッツを見る。


「……代替手順って、つまり“聖女がいないときのやり方”ですか」


「はい」


 ルッツは真顔でうなずいた。


「必要です。村でも、すごく必要です」


 私は少しだけ笑った。


「……作ります。休むために」


 ルッツが小声で言う。


「聖女って、制度まで作るんですね……」


「私はただ、寝たいだけです」


 ルッツが力強くうなずいた。


「大事です」



 まず、村の状況を見た。


 治療が必要な人はいる。

 でも王都みたいに、毎日大量に押し寄せるわけじゃない。


 それでも村人は、ちょっとしたことで「聖女を呼ぼう」とする。

 安心だからだ。頼れるからだ。


 でも、その頼り方が全部になると、私がまた無理をする。

 私はマルタに相談した。


「困りごとを全部、私に集めない仕組みを作りたいです」


「いいね。私も言うよ。セラ、無理するとすぐ顔に出る」


「……分かるんですか」


「分かるよ。目がぼんやりする」


「言い方」


「事実だよ」


 マルタは笑った。


 私は村人を集めて話した。


「軽い怪我や熱は、まず皆さんでできることをしてください。湯を沸かす、冷やす、包帯を巻く、薬草を飲ませる。……私が行くのは最後です」


 最初、村人は不安そうだった。


「でも、聖女がいないと……」


「そう思うのは分かります。でも――」


 私は言った。


「皆さんが先に動いてくれたら、私の回復が一回で済みます。一回で済めば、次の人にも対応できます」


 すると、薬草に詳しいおばあさんが手を上げた。


「薬草なら教えられるよ」


 湯たんぽ作りが上手いおじさんも言う。


「湯を沸かすのは任せろ」


 子守が得意な若い母親も言った。


「看病の間、下の子を見ることならできる」


 私はその声を聞いて、背中の力が少し抜けた。


 私が全部やらなくても、村は動ける。

 助け合える。


 ルッツは嬉しそうに言った。


「掲示板を作ります! 当番表も!」


「……できるんですか」


「やります!」


 勢いは十分だ。

 私は心配しつつ任せた。


 掲示板には、こう書かれた。


『まずやること:湯を沸かす/冷やす/止血/薬草』

『次に:当番に連絡』

『最後に:聖女セラへ』


 最後に、が大事だ。


 夜、神様に報告した。


「代替手順を作りました。軽症は村で。重症だけ私が対応します」


『確認。引き継ぎ計画、良好』


「それなら休暇を――」


『審査中』


「審査……?」


『審査中』


 私は頭を抱えた。


「……休むのって、こんなに大変なんですね」


『休暇は重要。手順が必要』


「神様、手順好きすぎません?」


『事実です』


 神様が「事実です」って言った。

 私は笑ってしまった。少しだけ気持ちに余裕が戻っている。



 嵐の夜が来た。


 風が強く、雨が窓を叩く。

 宿でマルタが腕を組む。


「嫌な天気だね」


 そのとき扉が勢いよく開いた。


「セラ! 子どもが熱で……!」


 村人が抱えてきた子どもは顔が赤く、息が荒い。

 母親が泣きそうな声で言う。


「お願い……助けて……」


 私は反射で立ち上がりかけた。

 身体が勝手に動く。いつもの癖だ。


 でも、その瞬間、掲示板の文字が頭に浮かんだ。


『最後に:聖女へ』


 私は深呼吸して言った。


「まず湯を沸かしてください。体を温めて汗を出します。次に布で冷やします。薬草茶――おばあさん、薬草をお願いします」


 村人が驚いた顔をした。


「今すぐ回復じゃないのか?」


「回復は最後です。皆さんが先に動けば、私は一回で済みます」


 私は言い切った。


「お願いします。手順通りに」


 母親が戸惑いながらもうなずく。

 おじさんが走って湯を沸かし、若い母親が布を濡らす。

 薬草に詳しいおばあさんが袋を取り出す。


「これを煎じて」


 村が動く。

 当番表が生きている。


 ルッツが小さな声で言った。


「……回ります。ちゃんと回ります」


「回るよ。大丈夫」


 私は子どもの様子を見る。

 熱は高い。呼吸が浅い。


 ここで一度だけ回復が必要だ。


 私は手を組んで祈った。短く、確実に。


 光がふわっと広がり、子どもの呼吸が少し落ち着く。

 汗が出て、赤みが少し引いた。


「……おかあ……」


 子どもが小さく言う。

 母親が泣きながら笑った。


「よかった……!」


 私は息を吐いた。

 回復は一回で済んだ。村が先に動いてくれたからだ。


 そのとき、神様の声。


『承認』


 短い。


「……え?」


『休暇申請を承認します。代替手順は機能しています』


 私は思わず笑った。


「……審査、通った」


『当然』


「当然って言うなら最初から休ませてください!」


『最初から申請してください』


「ぐっ……!」


 言い返せない。

 私は心の中でつぶやく。


 でも、ありがとう。


 村が回ったのは、私一人の力じゃない。

 みんなが動いたからだ。


 それが嬉しかった。



 翌朝。

 私は自然に目が覚めた。体が軽い。


 階下へ降りると、マルタが鍋をかき回していた。


「おはよう。顔、いいね」


「……寝ました」


「えらい」


「寝るのがえらいって、初めて言われました」


「ここではえらい」


 朝食のパンとスープ。

 私はゆっくり食べた。


 ルッツが宿に飛び込んできて、紙を見せる。


「回ってます! 当番表、ちゃんと!」


「……ルッツ、すごい」


「いや、みんなが……」


 ルッツは照れた。


 そのとき、神様がまた業務連絡みたいに言った。


『休暇中の最優先業務。睡眠、食事、散歩』


 私はスプーンを止めた。


「……それ、業務なんですか」


『あなたの体調は世界の資産』


「急にまともなこと言う……」


『休暇中の業務を怠らないように』


「怠りません。寝ます。食べます。散歩します」


 マルタが笑う。


「散歩なら畑の道がいい。空が広いよ」


 私は外に出た。


 風は冷たいけど、気持ちがいい。

 村の道を歩くと、誰かが手を振ってくれる。


「セラ! 今日は休みだろ!」


「はい! 休みです!」


 ちゃんと言えた。

 堂々と言えた。


 休むことは甘えじゃない。

 休むから、また動ける。


 私は空を見上げた。


「神様、聞こえますか」


『聞こえる』


「休暇、ありがとうございます」


『承認済み』


「言い方」


『……どういたしまして』


 最後だけ、少しだけ柔らかかった。

 私は笑って、歩き出した。


 スローライフは、まず休むところから。

 その最初の一歩は、神様に申請して取るらしい。


 手順が多い世界だけど、

 この村の手順は、少し優しい。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


このお話で描きたかったのは、

「休むのはサボりじゃなくて、次に動くための準備」 ということです。

働きすぎる人ほど「自分だけは後回し」にしがちで、セラもまさにそのタイプでした。


そして神様は……威厳より手順が好きなタイプです。

休暇申請に数値を求めたり、不可を出したり、審査を挟んだり。

でも、村が回る仕組みができた瞬間にちゃんと承認するあたり、意外と真面目です。


それでは、セラの休暇が長引くことを祈りつつ……また次のお話で!

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― 新着の感想 ―
(-_- ;)……う~ん(汗) 申請とか できること、代替 措置を講じれば許可を出さなくもないこと、なんなら こんな やり方 ありますよ~?ってこと……。 最初から教えたげたら、よいのに。  告知 義…
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