アナスタシス・コード ―共鳴の継ぎ手―
クラリッサは《アナスタシス・コード》の再起動試験に挑むが、
何故かエルネストがいないと成功しない。
失われた記録、血の共鳴、そして王家の封印。
それらが再び「理」の頁を揺り動かす。
朝の光が石造りの天蓋を縁どり、
淡い香草の匂いが離宮の食堂に満ちる。
王都から追放されたとは思えない――
クラリッサは、ここで初めて“安全”を感じていた。
エルネストはカップを静かに置き、
探るような眼差しで彼女を見つめる。
「《アナスタシス・コード》は、
もう一人で起動できるようになったか?」
「それが……殿下がいらっしゃる時だけ安定してしまって」
エルネストがわずかに眉を上げる。
「私の理紋が媒介になっている、というわけか」
「はい。再生機構なので……共鳴があると起動しやすいのかど」
「では――私がそばにいるときだけ、君の命が蘇る?」
言われた瞬間、クラリッサの胸が跳ねる。
パンをちぎる指先が震えた。
「クラリッサ、君は照れているのか?」
「てっ、照れてません!」
頬を真っ赤にして否定する彼女に、
エルネストは珍しく声を立てて笑った。
「では午後にもう一度試験だ。
訓練場を解放しよう。補助魔方陣も使える」
「了解しました……殿下」
語尾に小さな笑みが混じる。
――彼が隣にいる時だけ、コードは“命のように脈打つ”。
《アナスタシス・コード》の訓練中、
クラリッサは胸の奥に微かな違和感を覚えた。
――《プリムローズ・メモリア》が囁く。
【記録復元:失われた断片52%復元。
改変率15%活性化。血縁の糸、微弱共振検知】
「血縁の……糸?」
クラリッサの瞳が揺れる。
王都の家族の祈り
――それが遠くから届いたような気がした。
公爵邸の暖炉、母の朝焼けの呟き。
――まだ、繋がっている。
「そうか。」
エルネストは確信を帯びた声で言う。
「君の父上と母上も、今なお戦っておいでなのだ」
「アルトリウス殿下は
……私の家族も断罪されるおつもりかしら?」
呟いた瞬間、背筋が震えた。
「兄の理は“偽りの糸”に絡め取られていた。
だが、君の力でその一部を剥がせた。
改変率の活性化が、それを示している」
訓練を終えたルシアンが、柔らかく言葉を継ぐ。
「アルトリウス兄上は理を信じすぎるあまり、
感情の光に弱かった。
でもクラリッサ、君は違う。
――“理を守る”。
あれは誰でもない、君自身の言葉だよ」
胸の奥が熱くなる。
エルネストの知性、ルシアンの優しさが、
彼女の繭をそっと開いていく。
「ありがとうございます……殿下方。
私はただ、真実を取り戻したいだけなんです。
でも……家族の祈りまで感じるなんて」
エルネストの目がわずかに光を宿す。
「それは、君の血が“理の継ぎ手”として
目覚め始めている証だ。
アルベリオン家は記録の守護者――
王家の理紋と繋がる古い血統。
マリアのシールが、それを狙ったのかもしれない」
ルシアンが一歩近づき、彼女の肩へ手を伸ばす。
「だから、僕たちがいる。君の孤独は、
もう一人じゃない。」
クラリッサの瞳に、二人の王子の姿が映った。
「でも、お二人が優し過ぎると、
甘えてしまいますわ」
三人の手が重なる瞬間、
離宮を覆う霧がかすかに揺れる。
午後の訓練時、離宮には爽やかな風が吹き抜けていた。
エルネストは書板を閉じ、静かに言う。
「《アナスタシス・コード》が一人で起動できないとなると、
軍事行動は難しくなるな」
その声音は厳しくはない。ただ現実を告げる響きだった。
クラリッサは俯き、肩を縮める。
「申し訳ありません……殿下にご迷惑をかけるつもりは」
だがルシアンが剣を置き、柔らかく首を振った。
「理由は説明できます。
クラリッサが扱う力は、元は王家由来。
ならば、僕のリゾナンスでも反応するはずです」
その言葉に、エルネストも眉を上げる。
「試してみる価値はあるな」
促され、クラリッサは両手を胸前で合わせた。
「――《アナスタシス・コード》、起動」
瞬間、胸元に“光の本”が浮かぶ。
ページが開き、溢れた粒子がエルネストを包んだ。
あの――マリアの《ファタリス・シール》に似た光。
「……クラリッサ。今のは何をした?」
エルネストが一歩近づく。
「殿下にかかっていた制限を……解除しました」
「王位継承権の制約を……?」
ルシアンが息を呑む。
エルネストの瞳が驚愕に揺れた。
「王家の封印の解除……いや、それが君の力か」
「はい」
クラリッサは小さく頷く。
王家の力と共鳴できるなら――
アルトリウス殿下とも、きっと。
その一瞬の迷いを、エルネストは見逃さなかった。
「今、兄上のことを考えていたな」
すぐ隣から落ちる低い声。
クラリッサは跳ね上がる。
「ど、どうして……!」
「君が私から目を逸らす時は決まって、
舞踏会の夜を思い出しているからだ」
「す、すみません……!」
なぜ謝るのか、わからなかった。
ただ胸が痛いほど脈打つ。
エルネストは、クラリッサの掲げた両手をそっと包み込む。
「すべてが終わったら――
どうか、私と共に歩む未来を考えてほしい」
その声音は、どの魔術よりも温かかった。
光が二人を包み、揺らめく。
疑心を溶かし、
そして――新しい運命の扉を開く光。
クラリッサは目を伏せ、震える声で答えた。
「……殿下。もし私に、その未来を選ぶ資格があるのなら――」
その瞬間、離宮に吹いた風が、三人の周囲を輪のように巡った。
コードの鼓動が、まるで未来を喜ぶように脈打つ。
読了ありがとうございます。
この章では「平穏の中に潜む再生の兆し」を描きました。
エルネストとクラリッサの間に芽生える“共鳴”が、
やがて王家の理を塗り替える鍵となります。




