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アナスタシス・コード ― 悪役令嬢は理を塗り替える  作者: ふりっぷ


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7/12

王宮内政編:王妃セリーヌと宰相カリドンの密談

王宮の夜は静かに動き続けます。


この短編は、本編の裏側で交わされた

王妃セリーヌと宰相カリドンによる“内政密談”の記録です。

夜の王宮は、まるで眠らぬ迷宮のように静まり返っていた。


政庁塔の最上階、王妃セリーヌの私室。


窓辺に灯る燭台の光が、風で揺らめく度に

壁の金刺繍が赤く瞬く。


宰相カリドン・ル=ヴェルシアは、深紅の文書袋を片手に、

王妃の前で跪いた。


「……王命は既に執行されました。

クラリッサ・ド・アルベリオンは正式に追放、

名簿からも記録削除済みです。」


王妃は薄く唇を結び、しばらく沈黙した。


その視線の先、窓の外には冬の星々が瞬いている。


「削除“済み”、ですって。……カリドン。

あなた、本当に“消えた”と思っているの?」


「記録局の書式に異常はありません。

魔法的封印も完全。証跡の上書きは確認されず。」


「それこそが、異常なのよ。」


王妃は机に置かれた書簡を指先で叩く。


「けれど、あなたも見たでしょう?

“理紋”が歪んだのは、彼女ではなく――」


「――アルトリウス第一王子の側。」


カリドンが言葉を継ぐ。


「ええ。陛下は“理紋の汚染”を恐れ、

殿下の判断を追認されたわ。」


セリーヌ王妃は、紅い唇でワインの縁をなぞりながら答えた。


「王妃殿下、あの理紋は明らかに“操作”されていた。

マリア嬢の紋章が干渉していたのです。」


セリーヌの視線が細くなる。


「やはり、あなたもそう見るのね。

でも、今の王宮でそれを口にしたら“反逆”扱いよ。」


「ええ、存じております。」


カリドンは小さく笑った。


「陛下も……既に?」


「王は“真視”の影響を受けやすい。

真実を見抜くほど、偽りを信じる体質――

あの子を断罪させるように仕組まれていたのよ。」


「……それでは、今回の婚約破棄そのものが――」


「記録の罠。

マリア嬢の持つ《ファタリス・シール》は、

あらゆる“真実”を固定する。

あの女の声が届いた瞬間、真実の形が変わるのよ」


「それを、誰が……?」


「私にも聞こえるのよ。

 このままだといつまで正気を保っていられるか…」


「陛下の御病状が進み、アルトリウスが実権を握り始めた。

その背後に“異質な理”があることに、

気づかぬ者だけが、いまや宮廷に残っている。」


セリーヌはグラスを置き、指先で薔薇の花弁を撫でた。


「クラリッサ嬢は――まだ生きているかしら。」


「おそらく、第二王子の庇護下に。

エルネスト殿下は冷静なお方だが、理紋の異常には敏感です。

彼が動くならば、この“歪み”を正すためでしょう。」


王妃はゆっくりと息を吐いた。


「皮肉ね。理を守る者が、王家を変えようとしている。」


「……陛下が崩御された後、

継承権はどうなさるおつもりですか?」


「第二王子が立てば、国は安定するでしょう。

でも――彼は“感情”を持たぬ王になるわ。」


王妃が第一王子を飛ばしたことでカリドンは一瞬目を伏せる。


「そして、第三王子ルシアンは

 ……感情に溺れる王になる。


理と情、そのどちらも極端。

――この国は、重大な岐路に立たされておりますな。」


セリーヌはゆるやかに立ち上がった。


「ならば、私たちは選ばねばならないわ。

“理を繋ぐ者”か、“理を壊す者”か。」


カリドンの瞳に一瞬だけ影が走る。


「……あなたはどちらを望まれますか、王妃殿下。」


セリーヌは薔薇を一輪摘み取り、

その花弁を指で潰した。


滴る紅が、まるで血のように床に落ちる。


「それを決めるのは私ではない。

クラリッサ……私の妹の娘よ。


あなたが選んだ筆が、王国を救うのか、

それとも滅ぼすのか――見届けさせてもらうわ。」


その声は、静かで、美しかった。

だが、そこには確かに“反逆の種”が宿っていた。


「第二王子エルネストの動きを監視しなさい。

そう遠くはない未来。行動を起こすでしょう。」


「……承知しました。しかし、もしも彼が……」


「あの子は兄とは違う。理を疑うことを知っている。」


王妃の声には、ほんのわずかな安堵と憂いが混じる。


「もしかすると、あの子の“書き換え”を受け止められるのは、

彼だけかもしれない。」


王妃は、紅茶の香を静かに吸い込んだ。


その表情は穏やかだが、瞳の奥に冷たい光が宿っている。


「カリドン。あなたには、もう一つの任務を託します。」


「仰せのままに。」


「エルネストが王都に来たら警備を緩めなさい。

すでに入り込んでいるであろう間者と接触を持つのです。」


カリドンは口元に微かな笑みを浮かべたが、

よく見るとその指は震えていた。


やがて深く頭を垂れ、影のように静かに部屋を出た。


扉が閉まると同時に、王妃は独り呟く。


「どちらにしても私は息子を一人失う……」


外の空が淡く白む。


王宮の塔に朝日が差し込み、誰にも知られぬまま――


外では季節外れの雪が降り始めていた。


その雪片は、まるで白い頁が空から舞い降りるように。

お読みいただきありがとうございました。


王妃と宰相の視点を描くことで、

断罪事件の背後に潜む“理の歪み”を

より立体的に感じていただければ幸いです。

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