離宮の朝霧 ~継ぎ手の目覚めと王子の約束
霧の朝、断罪の夜を経た令嬢は“理”と“祈り”の狭間で目を覚ます。
――世界を再編するのは、言葉か、それとも記憶か。
光が、静かに収束していく。
クラリッサの視界に広がっていた“断罪の記録”が、
まるで霧が晴れるように途切れた。
胸の奥で、共鳴の理紋がまだ微かに震えている。
呼吸を整えた彼女の横では、
エルネストが険しい眉で天井を見上げ、
ルシアンが沈痛な面持ちで俯いていた。
「……これが、学園祭から続く“断罪”の全貌か」
エルネストの声は低く鋭く、
ひとつひとつの言葉が冷たい石のようだった。
「アルトリウス殿下は理を見誤った。
理の秩序を“感情”に委ねた瞬間、王の器ではなくなる」
しかし、ルシアンが静かに首を振る。
「兄上――アルトリウス殿下もまた、
“操られた理”の中にいたのです」
クラリッサは息を呑む。
「あの光……マリアの理紋が?」
「ええ」
ルシアンの声は淡々としていたが、そこには確信があった。
「殿下の理は、完全に上書きされていました。
言葉によって現実を固定する《ファタリス・シール》……」
エルネストの青い瞳が細まる。
「王家の“理の記録”そのものが、
マリアという異質な存在の干渉を受けていたということか」
クラリッサは震える指で胸元を押さえた。
「じゃあ……彼女は最初から、
舞踏会で私を追放するつもりだったのかしら?」
「その可能性は高い。だが――」
ルシアンが静かに告げる。
「クラリッサが見た学園の“映像”は、
すでに書かれた物語のようだったはずです」
「……ええ。
痛みも、恐怖も……まるで“読んだ記録”みたいに」
その瞬間――
《プリムローズ・メモリア》が囁く。
【記録復元 改変率30% → 45% 活性化】
エルネストが立ち上がり、
長い外套を払った。
「君は今は休め。
私はこの情報をもとに《ファタリス・シール》の解析に入る」
ルシアンが優しく彼女の手を包む。
「クラリッサ、君は被害者なんかじゃない。
――“理を継ぐ者”だよ」
胸の奥がじん、と熱くなる。
そして、夜明けの空に淡い光が差した。
その光の中で、“再生”という言葉が静かに芽吹く。
雪原の気配を残した冷たい空気が、
レースのカーテンを揺らした。
クラリッサは遅い朝を迎え、
ゆっくりとまぶたを開く。
胸に残る、昨夜の共鳴の温い余韻。
あの断罪の夜。
浮かび上がった黄金の糸。
アルトリウスの家畜を見るような面影。
マリアの瞳に潜んでいた、冷たい固定の光――。
「夢……じゃないわね」
クラリッサは起き上がり、窓に近づく。
霧の向こうに、ぼんやりとした森の輪郭が見える。
指先でガラスをなぞると、
冷たい感触が昨夜のルシアンの掌を思い出させた。
あの温もりは、孤独を溶かすようだった。
扉のノックが響く。
クラリッサは振り返る。
「クラリッサ嬢、朝食の準備ができました。
殿下方がお待ちです。」
メイドの声に、彼女は小さく息を吐く。
長いテーブルの上には、
温かなスープと新鮮な果実が並ぶ。
エルネストは窓辺の椅子に座り、
羊皮紙に何かを書き込んでいた。
ルシアンは暖炉の前に立ち、
穏やかな笑みを浮かべている。
「よく眠れたかい、クラリッサ。」
ルシアンが先に声をかけ、
彼女の椅子を引き出す。
その仕草は自然で、
昨夜の掌の温もりを思い起こさせる。
クラリッサは頰を微かに赤らめ、席に着く。
「ええ……ありがとうございます、殿下。
あなたのおかげで。」
エルネストが羊皮紙を畳み、視線を上げる。
冷徹な青の瞳に、昨夜の解析の疲労がわずかに残る。
「昨夜の共鳴で得た断片を、理紋の観測から分析した。
アルトリウス殿下の“真視の瞳”は、
確かにマリアの《ファタリス・シール》に干渉されていた。
あの学園の光景――すべて、
彼女の言葉が現実を固定した結果だ。」
クラリッサのスプーンを持つ手が止まる。
「つまり……殿下の選択も、
すべて“書かれた”ものだったの?」
「そうだ。だが、解析できなかったこと聞きたい。
《アナスタシス・コード》はわかる。
だが、《プリムローズ・メモリア》とは何だ?」
「私にも詳しくはわかりません。
世界の名前だと言っていました。
《プリムローズ・メモリア》に書き込まれた記憶が、
世界を確定させると……」
「君には声が聞こえるのか?」
「はい、もしかしたらマリアにも。」
エルネストの表情がわずかに曇る。
「何ということだ。
世界の改変など、王家の力を超えている。」
「隠していたわけではないのです。」
瞬間、《プリムローズ・メモリア》が囁く――
【継ぎ手モード解禁準備: 血縁の糸、活性化】。
ルシアンがクラリッサの手をそっと覆う。
「大丈夫です。兄上は聡明なお方。
少し時間を置けば、
貴方の悩みも含め解決策を考えてくれるでしょう。」
「そう、でしょうか。」
「ええ、まずは《アナスタシス・コード》を
必要な時に発動できるよう、訓練をしてください。」
「でも、マリアの力はとても強かった。」
クラリッサは肩を掴まれた痛みと、
マリアのねっとりとした微笑みを思い出した。
「今度は僕たちがいる。
兄上は王国軍事の指揮官だった方。
帯剣貴族とも繋がりが深い。」
「このままでは、
王国は誰も声を上げられない支配体制が確立してしまう。
急がなければならない。」
エルネストが立ち上がり、霧の窓を眺める。
霧の向こうに、黒い影が一瞬閃く。
――王宮からの騎士オリバーが報告に訪れる。
「近衛騎士、親衛隊は第一王子に掌握されました」
「アルベリオン公爵家はどうだ?」
「公爵は国境警備増員の指令を拒否しました。
王妃も事態を憂っている。」
「一戦交えるつもりか、内乱になるぞ。」
ルシアンが静かに言う。
「僕たちをおびき出すつもりかも知れない。」
エルネストの声に、冷たい決意が宿る。
「西門と南門の兵の配置を調べてくれ。
正門と中央広場に分散配置されているようなら、
我々にも勝機はある。」
クラリッサは二人の横顔を見つめ、
胸の糸が震えるのを感じる。
「私も……訓練を始めます。
家族の祈りが、聞こえるんです。」
クラリッサの“再生”はまだ始まったばかりです。
王家の理、そしてマリアの真の目的――
それぞれの思惑が重なり、王都では次の波が迫っています。
続きも丁寧に紡いでいきますので、
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