表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナスタシス・コード ― 悪役令嬢は理を塗り替える  作者: ふりっぷ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/12

雪原の再生 ― 第二王子エルネストとの邂逅

婚約破棄の夜、私は“真実の光”に嘘を刻まれた。

王家の理紋が私を罪人に仕立て、世界が私を忘れた。

――ならば、世界の記録そのものを、書き換えてみせましょう。

夜が明けきるより早く、馬車は国境を越えた。


王都の灯は遠く、ただ白銀の地平が広がっていた。

吐く息は凍り、風は頰を裂く。


それでもクラリッサは歩いた。

この雪原の果てに、私の“記録”が始まるなら。


雪に何度も足を取られながら、かじかんだ手を擦る。


――生きなければ。


たとえ世界が私を消そうとしても。


王家の理紋が“真実”を定めた。

ならば、彼女の存在は“虚偽”に書き換えられたのだろう。


それでも胸の奥で、《プリムローズ・メモリア》

の囁きが微かに灯っていた。


(……この世界のどこかに、

 私を受け入れてくれる場所がある。)


雪に足を取られながら、彼女は朧な影を見つける。


黒外套が雪を裂き

――いや、裂かれるべきは、背後に迫る獣の影か。


銀青色の髪が闇を裂くように現れ、剣が閃いた。

獣の咆哮が、凍てつく風に溶ける。


血の臭いが雪に染み、獣の巨体が倒れ込む。


姿を現した男の髪は、月を溶かしたような銀青色。

整った顔立ちはあまりに冷ややかで、

まるで人形のようだった。


「国境を越える馬車があったと報告が入った。

まさか、その乗客が君とはな。


通りすがりの亡命者、という顔をしていない。」


クラリッサは息を呑んだ。


その声音には理屈ではない確信があった。

“見抜く者”の声だった。


「私は……追放された者です。クラリッサ・アルベリオン。」


一瞬の沈黙。


だが驚愕でも侮蔑でもなく

――彼はわずかに口角を上げた。


「アルベリオン公爵家の令嬢が、

 こんな雪原に立っているとはな。


私は第二王子、エルネスト・ディ・グラン=アステリオス。」


その名に、クラリッサの胸が高鳴る。

王家随一の学究の君

――“理の学を継ぐ王子”。


「……殿下は、いつから私を追って?」


「昨夜からだ。理紋の欠落と、記録の波形の乱れ。

あれはただの偶然では説明できない。」


彼の背中越しに響く声は静かで、確信を含んでいた。


「だが、王城は“真実”として処理した。

ならば僕は、別の解を追う必要がある。」


クラリッサは唇を震わせた。その言葉はまるで――

「君は間違いではない」と告げられたようで。


うつむく視界の端で、雪粒がほろりと崩れた。


(ああ……涙なんて、ずっと凍っていたのに。)


彼の言葉に、クラリッサの胸が脈打つ。

「理紋が、改竄されたのです。」


風が吹き、雪が二人の間を流れた。


「……なるほど。君は、世界に否定された女か。

だが、理は完璧ではない。


それを観測できる者がいれば、修正もできる。」


「殿下。もし、私が理紋の歪みを“感じた”と言ったら?

形ではなく、意志の波のような……」


エルネストの瞳がわずかに揺れ、深く光る。

「クラリッサ。君を信じよう。」


そう告げると、彼はそっと手を差し出した。

冷たい指先が、クラリッサの手に触れる。


瞬間、淡い青光が二人の理紋を繋いだ。


「……これは――」

クラリッサが息を呑む。


視界の端に、彼女の理紋が浮かび上がり、

文字のように展開していく。


瞬間、《プリムローズ・メモリア》が囁く

【記録の歪み検知: ルート確立。記録改変率:12%解禁】


青光の粒子が雪を溶かすように広がる。


信頼の証に君に力を見せよう。

解析律アナリティカ》だ。


「君の中に何が刻まれているのか、僕には見える。」


言葉は冷ややかだが、その横顔は静かな美しさを放っていた。

瞳の青が光を受け、まるで氷晶の中に流れる水のように揺らめく。


「殿下の瞳……とても綺麗ですわね。」

思わず漏れた言葉に、エルネストがわずかに瞬きをした。


「綺麗、か……。そう言われたのは初めてだ。」

その声音に、ほんの一瞬だけ氷が解ける気配があった。


クラリッサの頰が赤く染まる。


まるで、自分の胸の鼓動まで彼に読まれてしまいそうだった。


「理は、感情に影響を受ける。」

エルネストが言う。


「解析中に心拍数が上がると、理紋が波打つ。

 ……今のように。」


「なっ……そ、そんなの、あなたが急に触れるから……!」

言い返す声が震え、頰が熱を帯びる。


それは、断罪の夜にはなかった“生”の証だった。


「これは失礼。婚約解消と聞いて浮かれてしまったようだ」

エルネストは少しだけ微笑んだ。


それは、彼の冷静さが崩れた最初の瞬間だった。


「まあ、本当に失礼ねっ。」

「ふふっ、興味深い反応だ。」


そう言って、彼は手を離した。


しかし、クラリッサの手のひらには

まだ冷たい感触が残っている。


雪の上に描かれた理紋が青く輝き、

クラリッサの髪が風に舞った。


その光の中心で、エルネストが静かに告げる。


「地方貴族はまだ事態の把握も出来ていないが、


舞踏会の大貴族たちは魔力の強い者ほど

違和感を覚えたはずだ。

君の力、《アナスタシス・コード》の噂は聞いている。


諦めることはない。」


「私は、一人じゃないの――」

クラリッサは返事をしようとして身を震わせた。

(信じたい。けれど、胸の奥が軋む。

 まだ、あの夜の痛みが消えていない。)


「すまない、話し込んでしまったな。

 温かい食事を用意させよう。」

その声音は、凍える空気の中でひどく柔らかかった。


その夜、クラリッサは初めて“味方”を得た。

雪原の静寂に、彼女の記録が小さく芽吹いた。


――世界は、書き換えられ始めていた。

淡い青光が雪を溶かし、春の予感のように広がる。

追放の絶望から雪原の邂逅へ、

エルネストの微笑みがクラリッサの心を溶かす瞬間


明日、第三王子ルシアンが登場します。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ