運命の断罪 ― 《ファタリス・シール》
王宮大広間での戴冠式。
しかし、その光は祝福ではなく“記録の終焉”を告げていた――。
書き換えられた真実、凍結する時間、交錯する二つの願い。
クラリッサが辿り着く“正しい理”とは何か。
王宮の大広間は、黄金の燭光に満ちていた。
だが、その光は祝福とはほど遠い。
――まるで、この国の“記録が終わる瞬間”
を照らす焔のようだった。
戴冠式を控えた王都は緊張で凍りつき、
大広間には息を呑むような静寂が張りつめていた。
本来ならば「次の王を迎える」
厳かな時間――そのはずだった。
重い鐘の音が鳴り響き、ゆっくりと扉が開く。
黒の礼装に身を包んだクラリッサ・ド・アルベリオン。
その後ろには、エルネストとルシアンが控えていた。
会場にざわめきが走る。
「……追放されたはずでは?」
「なぜ今、この場に……?」
玉座の隣に立つ王妃セリーヌは、
久しく疎遠だった二人の息子を冷ややかに見下ろした。
宰相カリドンが表情ひとつ変えず告げる。
「――戴冠の儀、再開を。」
しかし、クラリッサが一歩前へ出た。
「その前に、“記録”の確認をお願い致します。」
エルネストが青い光を帯びた理紋石を掲げる。
「王家継承の原記録――開示。」
その一言で、王妃の表情がわずかに揺らいだ。
「封印を……いつ解いたの?」
「母上。あなたの封印も、もうすぐ解放されます。」
エルネストの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
続いてルシアンが両手を広げる。
「《共振リゾナンス》――起動。」
淡い蒼光が大広間に広がり、
壁の紋章、柱の理回路、
天井の魔法陣が次々に共鳴してゆく。
封じられていた“理の記録”が浮かび上がり、
空中に投影された。
映し出されたのは――あの舞踏会の夜。
マリアが階段から落ちる、ほんの直前。
そしてクラリッサの手に残されていた微弱な“改竄痕”。
「これは……お前の罪を示す証拠ではないか!」
アルトリウスが怒声をあげたが、エルネストがすぐに遮った。
「――違います。
これは“誰かによって後から書き換えられた記録”だ。」
再びざわめきが広がる。
クラリッサは静かに前へ出て、指先に光を灯した。
「《アナスタシス・コード》――理の原記録、開示。」
眩い光が奔り、真実の映像が現れる。
そこに映っていたのは――
マリア自身が微笑みながら、
誰もいない空間に向けて“何かを書き込む”姿だった。
「……まさか」
「記録を改変していたのは……彼女……?」
王妃とマリアの声が重なる。
「やめなさい! それ以上は――!」
だが、もう止まらない。
クラリッサの声が澄みわたる。
「――《ファタリス・シール》。
世界固定の禁呪。
あなたが使ったその力が、すべてを歪めた。」
クラリッサの指摘に、マリアが一歩前へ出た。
蒼白な顔に浮かんだのは、どこか壊れたような笑み。
「ええ、その通りよ。
だって私はこの世界の“主人公”。
望まない結末なんて、許さないわ。」
次の瞬間、空気が裂けた。
金色の鎖が天井から降り注ぎ、
世界を固定するように絡みつく。
「《ファタリス・シール》――発動。」
その言葉とともに、大広間全体が凍りついた。
王妃の叫びが空中で止まり、
兵士たちの槍は動きを失ったまま宙に浮かぶ。
時間すらも凍りついた空間で、
ただ一人――クラリッサだけが微かに息をしていた。
鎖の棘が彼女の理紋を狙う。
しかし、《アナスタシス・コード》
の淡いピンクの光が弾き返した。
(……やはり。私だけが、“書き換えられていない”。)
頭に浮かぶのは、かつて聞いた言葉。
――《プリムローズ・メモリア》
【記録改変率:80%解禁 変動20%】
― 記録の花は、再び咲く ―
そのとき。
エルネストの声が、彼女の胸の奥で響く。
(クラリッサ。君の理紋が共鳴している。
《アナスタシス・コード》を――解放しろ!)
クラリッサは静かに目を閉じた。
頬を伝う一粒の涙が、凍った空気に光を落とす。
そして――深く息を吸い、詠唱を始めた。
「我らの分岐を司るものよ。
美しき花を咲かせ、祈りの姿を示せ。
我は理へ辿り着く者。
本よ――開け。
世界を、書き記せ。
《アナスタシス・コード》
――完全解放。」
薔薇の花弁のような光が舞い上がり、
金色の粒子となって大広間を満たす。
黄金の鎖が震え、ひび割れ、砕け散る。
止まっていた時間が、ゆっくりと流れ出した。
「――マリアッ!」
アルトリウスの叫びが戻った瞬間、
光が交錯し、空気が激しく震える。
二人の背後に巨大な光の書物が現れ、
王家の理紋が束となって収束していく。
ウォォォォン……。
重く低い音とともに、光の束は鎖のように絡み合い、
クラリッサとマリアの頭上で火花を散らした。
エルネストが額に汗を浮かべながら解析する。
「力は互角……!
これだけの力場、長時間は保てない。
決着まで……あと数秒か。」
鎖が絡み、きしみ、光を散らしながら、
二人の“記録”と“願い”が膨張していく。
そして――臨界に到達した。
ベクトルは、ただ一つへ。
マリアの《ファタリス・シール》が砕け散り、
頭上の断罪の鎖が光の棘に変わって落下する。
王家の理紋は刃となり、
マリアとアレクシスを同時に貫いた。
マリアの口から血がこぼれ、
その身体が崩れるように倒れ伏した。
震える唇から、かすかな声が漏れる。
「……私、怖かったの。
幸せを……選べない自分が。
あなたは追放されても、ずっと眩しかった……」
クラリッサは膝をつき、血に染まるマリアを抱きしめた。
「私は同じよ。
誰かを傷つけなくても、自分の幸せは見つけられる。
この世界は、もう“あなたの物語”じゃない。
私たちの――物語なんだから。」
その言葉に、マリアは初めて穏やかに微笑んだ。
瞳に安らぎが宿り、その身体は光に包まれ
――静かに消えた。
マリアが光となって消えると、
大広間に残ったのは、ただ静かな余韻だけだった。
呪縛から解き放たれた貴族たちは目の前の
光景に呆然と立ち尽くす。
「ああ…」
王妃セリーヌは倒れたアレクシスに駆け寄ると
震える指で頬をなぞる。
恐怖に歪んだ息子の瞳から棘が抜け、
まるで光が戻るように、ゆっくりと瞼が閉じていった。
エルネストがクラリッサへ手を差し伸べた。
「……終わったな、クラリッサ。」
クラリッサはその目を静かに見返し、
頬の涙をそっと拭った。
「終わったわ。でも……」
彼女は微笑み、ゆっくりと言葉をつなぐ。
「“主役”なんて、最初からいなかったの。」
歪められた記録が正され、
王家の理紋が再び柔らかな光を帯びて輝く。
クラリッサは、まだ手のひらに残る“理の残光”を見つめた。
その肩にエルネストが優しく手を置く。
「ありがとう。君が、世界を救った。」
クラリッサは、かすかに首を横に振る。
「違うわ。
私は――救ったんじゃない。」
その瞳には、強く澄んだ意志が宿っていた。
「ただ、“書き換えた”だけ。
歪められたページを、正しい場所に戻しただけよ。」
大広間の扉がゆっくりと開き、
朝風が差し込み、散らばった光の破片を揺らす。
王国は、再び動き出す。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
明日、エピローグです。




